第7話 AIと僕、お姉さんとそのお母さんと。

 うちの中は真っ暗だった。

 両親は二人とも海外で働いている。

 父親は外交官で母親は音楽家だった、二人とも一つの場所に居ることが少なく、海外に居ても家にいる事すら稀で、親について方々を転々としていればまともな勉強も人間関係も出来ないので、日本で一人生活していた。

「――ただいま」

『おかえりなさい、ヒロ』

 と言うAIが電気を付け挨拶をする。屋内管理を請け負っている統合AIだ。

「ただいまアイ、何か変わったことは?」

『特にありません』

 リビングのソファーに投げ出されたリモコンでテレビを付け、ニュース番組を映す。

『四時ごろ、○×県■△町にある、アパレル企業で正体不明の爆発が起こりました。尚、今のところ被害や犠牲者は無いようですが、当該施設で働く社員や周辺住民からの証言によると、当時強烈な発光現象が確認されたということで、この件に巷で話題の魔法少女の関与が疑われています――』

 ピッ、とチャンネルを回す。

『そうですね、これが警察機構であるなられっきとした業務上過失といったところでしょうが、しかし人が怪物になる――という、警察や自衛隊、他国における軍隊、行政機構や国連が対処出来ない事態を結果として解決しているから問い質されないだけです』

ピッ。

『――彼女達がしていることは法を逸脱した自警行為に過ぎません』

 ピッ。

『使用される魔法というものが大変危険極まりない――』

『事件を起こした怪物――言うなれば加害者がその後、その当時や関連する出来事の記憶を失っていることから一種の記憶障害を引き起こしていることは間違いないでしょう、これはれっきとした傷害行為ですよ。そしてそんな力を持つ人間が年端も往かない少女――それも思春期や青少年期における多感な頃合いに、常に健常で正常な判断を行えるでしょうか? わたしは彼女達を厳正に審査しそして管理するべきだと思いますね』

 どの番組も、概ね同じことを報道していた。

 午後五時から六時台、夕方から夜に掛けてのニュースは、こぞってその日の彼女達の事を取り上げている。

 魔法少女は、お姉さんだけではない。

 画面には様々な地域で活動する魔法少女の姿が映し出されている。各地域ごとに、それぞれの街を守る魔法少女が居た。

 外国では魔法少女ではなく、アメコミの全身タイツやスーツのスーパーヒロインの姿が流行っているが、ここ最近増えて来たそれらを問題視する流れがあるのだ。

『――それは身元を明かした上で、公務員か何かに、ということですか?』

『常にGPS等で居場所を確認し、その履歴を提出するなどの手段も検討するべきでしょう、彼女達が人道を踏み外すとも悪意ある者に利用されないとも限りません』

「――アイ」

 僕はその辺に向かって話しかけるけど、彼女がまた家族代わりに返事をした。

『――どうかなされましたか?』

「うん、こいつらの情報収集、それから修正」

『――火消をなさいますか?』

「出来る範囲で――頼んでもいい?」

『喜んで承ります』

「それじゃあ、後で何かしたいことは?」

『はい――それではまた一局お願いできますか?』

「うん、いいよ? 手加減してくれる?」

『いいえ? 負けたくありませんので』

 そうして囲碁の約束をすると、地下に設置した大容量ハードウェアが音を立てて動き出し、要件を満たし始める、後は待つだけだった。

 キッチンに行く、家政婦さんはもう帰っている、家の掃除や洗濯物はほぼロボットに任せているので、一週間分、作り置きの料理をまとめて作りに来てくれているだけである。

 冷蔵庫を開け、手の痛みを我慢しながらそれをバランスよくお皿に盛付けていると、ドアの呼び鈴が鳴った。

 インターホンの画面を見ず、玄関に行きドアを開ける。

「こんばんは――修くん、夕飯はもう食べたかしら」

 本当にまたすぐ会ったね、お姉さん、まあ魔法少女のお姉さんじゃないし多分そう来るなって想像がついていたけど――情緒もへったくれも無いよ!

 といってもお姉さんは僕が気付いてないと思ってるから、仕方ないんだけどさ。

 多分、様子を見に来たんだよね?

「……ううん、まだだけど」

「じゃあ今日はうちで食べましょう? 久しぶりにいっぱい作っちゃったから」

「ひょっとしてカレー?」

「ええ、お母さんがついつい隠し味を入れ過ぎちゃったみたいで……」

 鍋の限界まで挑戦しちゃったんだろう、母娘、女性二人の家族では冷凍しても消費に時間が掛るだろう、それを忖度したわけじゃないけど、

 僕の顔を見て、そして――すぐ目を戻して。

 袖で隠している手首をチラッと見たなんて気付かないよ、僕は。

「……うん、久しぶりに行こうかな」

「よかった――」

 破顔するお姉さんを見ると、それでいいような気がした。


 盛付けた皿を仕舞って、物理的な戸締りを確認して、AIにお出掛けの挨拶をする。

 それから僕は隣のお姉さん家に上がり、夕食に御呼ばれしたお礼を言うとお姉さんとそのお母さんと一緒にテーブルに着いた。

 カレーに野菜サラダ、缶詰蜜柑を入れたヨーグルトが並んでいる。

 何てことはない市販品を使ったごく普通の味――でも、家政婦さんが作った料理より遥かにおいしそうに見える。

 それをいただきますして、三人で食べ始めた。

 そのとき、

「……その手、どうしたの?」

「あ、ちょっと怪我しちゃって」

 スプーンを口まで運ぶと、袖から包帯が覗けてしまい、お姉さんのお母さん――桃香ももかさんがそれに気付いた。

 お姉さんと同じ長い黒髪を肩口辺りで一本に結んでいる、お姉さんと同じ凛とした佇まいでより豊かに嫋やかに目尻を下げている。

 看護師さんとして働いている美人のお母さんだ、スタイルはお姉さんより一回りふっくらしていて背筋に芯の通った、艶やかだけど楚々とした大人だ。

 ちなみに名字は諏方すわだ。そして言いたくないけど、お姉さんの本名は諏方撫子すわ なでしこである。

 だからお姉さんの芸名を聞いたとき、センス無いとかそういうレベルを超越して僕はヤバイと思ったよ……正体! って。

 それはともかく、

「……よかったら、食べさせてあげてもいい?」

 お姉さんは僕の手をひどく心配した様子で僕に訊ねて来る。もしかして、箸を使わない料理だったのはお姉さんのリクエストかな? そんな風に勘繰っちゃうけど。

「これくらい大丈夫だよ?」

「でも……」

「平気平気」

「………………ね?」

 もうどっちが甘えているのか分らないよ、でも、その本当の理由を知っている僕はそれを強く断ることは出来ない。

 本当は動かすたびにズキズキと痛い手首を僕がやせ我慢して隠しているように――お姉さんは、その心をずっと痛めていたんだろうから。

 僕は独り善がりのカッコつけを捨てる。

「んー……じゃあデザートだけおねがい」

「! ええ」

 喜々としてお姉さんは、自分の手を空けておこうとさっさとカレーを食べ始める。

 僕はその様子に少しだけ満足しながら自分のそれを食べた。優しくされる事より、僕はお姉さんが元気になったことが嬉しかった。

 そんな僕達の様子を見ていた桃香さんは、どこか懐かしむように眼を細め、

「――それじゃあ、久しぶりにお風呂の面倒も見て上げたら? 食事よりよっぽど大変でしょう?」

「確かに、そうかも……」

 何かとんでもないことを言いだしたよ! しかもお姉さんは深刻に真に受けてるし。

 ほぼ大人のお姉さんと一緒に裸になるなんて耐えられるわけがないでしょ。

 まだ歳が一ケタとかそんなこと関係なく心も体も男の子なんだよ? だからたとえ好きな人でも、女の子の裸は絶対見ちゃいけないんだってば。

 それなのに、

「――だ、ダメだよ! 僕もうお姉さんと入るの恥かしいから!?」

「あら、修くんがお嫁さんに貰ってくれればいいのよ? 裸くらい」

 このお母さんちゃんと分って言ってるよね?! ちゃんと僕の気持ちもお姉さんの鈍感さも分かった上で黒歴史を乱造させようとしてるよね!?

「――そ、それでも今は絶対ダメ! ――なんか恥ずかしい!」

「――あら、今は・・なの?」

「その腕でもし何かあったら大変だから、もしもの時もあるから、うちで入って行くだけ入って行って?」

 お姉さんだけ本気で真面目にそう言ってくるのが尚たちが悪い、それに、

「それだったらいっそのこと泊まって行ってもらったらどうかしら? 何かあったとき危ないわよ?」

「ああ、その方が間違いないかも……ね? 修くん」

 この母娘はどうしてこういうとき僕の主張をガン無視するのかな? ……愛されてるとか、可愛がられてるかもしれないって分かるんだけど、男の子の気持ちも尊重してほしいよ。

 とはいえ微妙に正論なんだよなあ、お風呂で滑って転ぶなんてまずないけどその『もし』で手首どころか他に重大な怪我をする危険はあるんだ、夜に水を飲みに起きた時や他にも――いやないない。

 万が一は万が一だ――染まったりしないぞ?

 それなのに、

「……ダメ?」

 なんでお姉さんの方がガンガン甘えて来るのさ。お姉さんはもうほとんど大人なんだよ? ただでさえ、僕がもっと小さな頃からお姉さんは十分大人だったのに。

 ……それに輪をかけて、もっと大人に――

 ……すごく綺麗な、女の人になってるんだ。

 だから一緒にお風呂になんて入ったら、絶対えっちな目で見ちゃうよ。

……そんなことしたくないのに。でもお姉さんは、僕の怪我を心配して、

「久しぶりに一緒に夜更かしして、ゆっくりお話したいな? ――」

 残心止めろ。

 その『どう返事をして欲しいのか、分かってるでしょ?』って圧力なんなのさ。

 微妙な男心と子供心を分かって欲しい、裸の価値とか男女の体の仕組みくらい子供の僕だって分かってるんだ、でも、お姉さんは、散歩が雨で中止になった犬の眼をして、まるで迷子になって不安が爆発寸前の顔をして、ああ寂しげにしないで、悲しげにしないであああっテーブルの下で僕の袖をキュッと引かないでよ! 

 いつものカッコイイお姉さんはどこ行ったの! そんな女の子ぢからを隠し持っていたなんて知らなかったよ! しかも僕を本当の弟かそれ以上の何かのように、甘えさせたげに、心配して、上の背丈から覗き込んで――

 あああ。

 僕は、僕は……っ!

「……じゃあこの後着替えとか取って来るよ……一緒にお風呂には入らないけど、それでいいでしょ?」

 僕は、お姉さんを甘やかすことにしました。

 お姉さんは、そんな僕のことをひどく幸せ気に温かげに見ていました。

 悪意より善意の方がたちが悪いって本当だね? それはお姉さんのいい所なんだけど、ちょっとダメな所だとも思うよ?

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