第6話 覚醒したお姉さんと僕。

 幹部さんは僕に気を取られ、その手をお姉さんから離していた。

 気付くと僕は宙を飛んでいた。

 眩しさからゆっくりと目を開けてみれば、そこにはお姉さんがいた。

 光が結晶化し、優美なドレスは外部装甲として展開され、インナーの純白のレオタードが露出するとそこに更なる白銀のドレスが新調された。

 腰から裾に掛けて膨らんだ優美なそれと同様、グローブとブーツが展開し、白と銀が四肢を二重に彩る。大きく、厚い、まるで壮麗なウエディングドレスのようだ。だけどそれはお姉さんが戦う為の立派な鎧だった。

 そして天使の輪と花冠のような髪飾りが二重に盛られ、色濃き戦化粧が完成する。

 綺麗だった、それは少女、というより立派な女性の出で立ちである。

 ついつい見惚れちゃうほどその姿は神秘的で、壮麗な女神様みたいだった。そんなお姉さんにお姫様抱っこで助けられてるのは、ちょっと恥かしいけど、

「この手が、私を守ってくれたの……いつも私に、力をくれるの……」

「……お姉さん……」

 お姉さんは僕の手を取る、あのとき強引に手枷を外した所為でモザイク必至な僕のそれを、ひどく愛おし気に頬に当て、

「修くん……大好き……」

 ……これ告白だよね、告白だよね?!

 まあ絶対に男の人としてじゃなく人としてだけど、どうしよう――僕今めちゃくちゃ乙女になりそう!? 感極まった感が伝播しちゃったよ、ううう、お姉さんめ……とんだ男誑しだよ。

 素のお姉さんじゃなく魔法少女のお姉さんだけど、それからお姉さんは地上に舞い降りゆっくり地に足を着ける。

 と、僕を降ろして、お姉さんは笑顔で、

「……下がっていて? すぐに、終わらせるから」

「――う、うん」

 言ってくれた。

 そして視線の剣だけで幹部さんを竦ませる。まあ、どう見ても紅白ラスボス仕様なお姉さんに敵う訳がないから仕方ないよね?

 お姉さんは無言で魔法の杖を召喚し、それをスッと幹部さんに向ける。

 本当にすぐ終わらせる気だよ。

 風が巻き起こる、お姉さんが魔法を使う時の不可視の力の奔流だ、これまでにないほど桁違いの力だ。問答無用だ、啖呵を切って論破するでもなくここまでの鬱憤を晴らすでもなく問答無用で銃口を突き付けぶっ放そうとしている。

 けど不思議と怖いって感じはしない、敵意とか悪意とか人の負の感情ではない。いつものお姉さん以上に、優しく温かな気持ちが感じられる。

 でもそれは僕だけみたいで、

「はわわ、はわわわわわ!?」

 幹部さんはキャラが崩壊する位、めちゃくちゃ怯んでいた。

 眩しさが増し、そこら中から光の翼と花吹雪を巻き上げ嵐を起こす。

 そこでお姉さんは必殺モーションに入り、

燃える心パッショネートハート聖なる愛ホーリーラブ!」


 ――恥ずかしい名前をぶっ放した。



 

 結局、幹部さんは横に居た戦闘員Aの頭を思い切り鷲掴みして放り投げ、身代わりにして瞬間移動で逃げた。

 まあ幹部だし、強化形態とはいえ一回は逃げるよね。

 それからお姉さんは通常形態のドレスに戻り、僕を連れて不思議な造成地から御馴染のご町内に帰った。

 僕達以外誰も来ない、いつもの公園で、

「……ごめんなさい」

「謝らないで、お姉さん、今回の事は僕が言い出したことから始まったんだよ?」

「ううん、私が気付かなければいけない事だったわ……」

 古今東西、正義の味方は孤独に悩まされる、それは大概彼らの大切な人が戦いに巻き込まれるか人質に取られてしまうからだ。

 それから逃れるためには、彼らは全てを失うしかない。

 もしくは――護るべき対象が、彼らと対等に肩を並べ戦えるようになるしかない。

 あのとき、僕は確かに限界を超えて手枷を外した。

 だけどそれは特別な力が手に入ったわけじゃない、単純に手首を壊して無理矢理ぐにゃぐにゃのぐちゃぐちゃにして抜いただけだ。

 その所為で酷い怪我をした。お姉さんが魔法を掛けてくれたお陰で表面上に傷跡こそ残っていないけど、内側はまだ完全には治っていない。

 あと一、二週間は掛るらしい、骨も筋肉も神経もズタズタだったからそれで後遺症もないんだからすごいけど、それまで安静にしないといけない。

 そのことで、お姉さんは責任を感じていた。

 今回の事は、僕が迂闊にお姉さんに近づき過ぎたことから始まったことなのに。

 僕はお姉さんの力に成れたのかも知れない、けど――僕は足手まといなままだ。

「……じゃあ、今度こそ……何もない日が来たら……だね?」

「修くん……」

 さっきからサイレンが鳴っている――この街のどこかで、また何かが起きているのかも知れない。

「大丈夫だよ、案外すぐ来るかもしれないよ?」

「……そうね、きっとすぐ来るかもしれないわね」

「偶然会っちゃうかもしれないし」

「……そうね、そうかもしれない」

 でも、きっとこれからはこの公園には来ないだろうことは、お互い分かっていた。

「それじゃあ、またね? お姉さん」

「ええ、またね? ……」

 僕はお姉さんに背中を見せず、お姉さんが飛び去るのを見送ろうとする。

 そうじゃないと、お姉さんが最後に一人になってしまうから。

 お姉さんはふわりと浮き上がり、それを知ってか知らずか、一度だけ、真っ赤な空と紫色の間で僕に振り返ってから、またすっと飛んで行った。

 僕は、その背中に追いつくことは出来ない――

「……僕も帰ろ」

 誰も居ない家へ、僕は、足を速めた。

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