第3話 いつものお姉さんと。
こちらとも毎朝顔を合わせている筈なんだけど、なんだか久しぶりな気がする。
日本人形のように長い黒髪は、腰に届くそこで綺麗に切り揃えられ、静々と背中に広がっているそれは、清楚、という以上に尖った潔癖さと同時に、吸い込まれるような優しさを感じる艶やかな黒色だ。
嫋やかな知性を感じるそれに反し、眼は鷹や虎のように凛々しく
深緑に青のリボンの制服姿は学校帰りだ。
魔法のファンタジーな髪色や衣装もいいけど、こちらのほうが目に馴染んでいる。
そして、
「こんにちは」
「こんにちはお姉さん。……」
僕は、お姉さんの胸を見て思った。
ある、ストーンとしてない。
……どういうことかな?
お姉さんのお胸は標高が高い、でも、魔法少女のお姉さんは標高が低い。
ていうか無い、海抜0メートルだ、衣装で盛られている気配すらない。
魔法少女って変身すると胸が小さくなるの? お姉さん普段から自分の胸をあまりいい事はないって言ってたけど、それと関係あるかな?
それとも僕の見間違いで、実はお姉さんは魔法少女のお姉さんじゃなかったのか――
もしかして今部分的に胸だけ変身してる……? つまり変身するとパットが消え――それはないか。
前に一緒にお風呂に入ったとき、地肌で大きかったもん、女の人の裸を見ちゃいけないって知ってるから僕は気を遣ってその間ずっと目を閉じていたけど。
そしたら『優しいのは善いことだけど、それじゃああぶないわよ?』って、お風呂の中で抱き締めて来るんだもん……むにゅうって、五歳でもものすごく恥ずかしかったよ。
「ん? ……なあに?」
「――ううん、別に?」
……今思い出しても、猛烈に恥ずかしい。
僕は、今横の頭の上あたりにあるお姉さんの胸を気にして明後日の方を向いた。
すると、
「……そう、ついにこの時が来たのね……」
「え? な、なにが?」
その様子を見て、お姉さんが何やら深刻気に呟いた。
思わせぶりに俯いて、視線を隠してさえいる。
厨二病に目覚めたのかな? ハッ、いやまさか、僕が胸の大きさでお姉さんの正体に気付いたって気付いた? そしてまさかの正体暴露タイム? ダメだよそんなの……お姉さんが女子高生になってもまだ変身願望を抱えてるなんて言わなくていいよ!
何か誤魔化す手段を考えなくちゃ! って思ってたら、
「……修くんも、そういうことに興味が出て来たんでしょう? でも、だめよ? あんまり女の子の胸をじっと見ちゃ」
そのときお姉さんは、年上の余裕を醸し出し頭を優しく撫でて来ました。ああうん、そっちか。よかった、お姉さんが常識人且つ微妙に鈍感で本当によかった。
でもおっぱいが我慢できないくらい大好きだなんて思われたくないよ!
「――ち、ちがうよ! その……お姉さんそっくりな人に会って、それで、その人すごくかっこよかったから、つい似てるとこ探しちゃって――それにお姉さんそうじゃなくても普段からすごく綺麗だし!」
「……そ、そうなんだ……」
お姉さんは、耳をじわりと赤くしながら僕を見たり、あらぬ方向を見たり、なんだかとてもいけないものを見てしまったように目を逸らした。
あれ? 僕今何か口走った? なに言ったっけ?
お姉さんはなんだか余裕がない――そしてなんだか凄く勇気を振り絞った様子で、
「……それで……そのそっくりな人の事が、好きなの?」
「ち、違うよ! その、魔法少女のお姉さんのことは、カッコいいし、綺麗だし、素敵な女の人だと思うよ? ――だけど僕はだいぶ前から、好きな人いるし……」
お姉さんは、顔を真っ赤にして恥ずかしがった。
少年の恋バナに、そんなマジに女子高生の心を打たれないでほしい――耳まで真っ赤なその純情な反応にこっちの方が恥ずかしくなるよ。
「……そう、なんだ……修くん、もう大人なのね?」
その上、大人ぶって平静を装い笑いながら、微妙に悲し気に先に行かれちゃった感を醸し出して。
全く気付いてないよ。
――僕が好きなのはお姉さんだよ!
お姉さんは優しい、真面目で、それなのにときどき冗談めいて温かくて、父親のいない家族を支えようとしていて、それなのに親が家にいない僕の面倒まで毎日気に掛けてくれて、ものすごく心が強い――でも我慢強過ぎて倒れるまで休まないような人だから――
逆にこっちがお姉さんの世話しないといけない気分になってたんだよ。
よろよろのゴールデンレトリバーを見てるとこんな感じかな、ドキドキしちゃうよ。
だから、お姉さんの元気になるようにって毎日笑顔で挨拶している。正直、そんなことしてたら他の人から見たら結構モロばれの筈なんだけどね……当人は近所のすごくいい子程度にしか思ってないんだよなあ……。
大分前から、もうずっと初恋してるんだよ。
なんで分からないかなぁ……。
そのとき、
「……お姉さんは? 好きな人いる?」
「ん? ……ええっと?」
僕にちょっとした悪魔が囁きました。お姉さんは、ちょっと戸惑いながら頬を赤くして、どうしてそんなこと聞くの? と、言いたげに眉を上げています。
恥かしそうです、でも、その悪魔は続けてこう呟きました。
「――お姉さんは、初恋まだなの?」
僕は有耶無耶にごまかしたりしません。
初恋って、毎日が楽しくて、キラキラして、それでいてワクワクする様な、もっと甘酸っぱいものだと思ってたんだよ。だけど日頃感じるこの切ない気持ちは……そう。
――この人の人生の介護をしてる気分。
お昼のワイドショーで主婦のおばちゃんが旦那に対しそんなことを言っていたまさにそれ、どうしてくれるんだ、この気持ち――これはもはや愛なんだ!
多分間違えてない。
そんな悟りと天啓に日々悶々と悩まされる日々さ、そんな日々の復讐よ今ここに。
僕の初恋をこんなモヤッとさせて、なんて酷い人なんだお姉さんは――
絶対お姉さんを困らせて見せる、日々微妙にガックリする僕の心はせめてお姉さんの嬉し恥かし初恋話を聞くまでは引き下がれない――
だけどお姉さんは、
「……うーん、まだ……かなあ?」
憧憬、っていうのかな、どこか遠くを見るような、近くのそれを探すような眼で、僕に返事をした。
真面目な話、お姉さんはまだ魔法少女として戦う事しか考えられないんだと思った。きっといつか誰かに恋をする瞬間を――想像する位しか自分に許せないのかな?
揶揄おうとしてごめんなさい、その相手は僕じゃなくてもいいから、お姉さんがちゃんと幸せになって欲しいよ? 僕はお姉さんの隣を歩きながらそう思った。
普通の幸せが、早くお姉さんの所に来るといいな……。
「……そうそう修くん、最近なにかと物騒だから、なるべく早くお家に帰ってね?」
お姉さんも、どうやら僕の普通の幸せを願っている様だった、うん、恋愛じゃないけど、僕達両想いだね?
今は、それでいいよ。
「気を付けるよ――お姉さんも気を付けてね?」
「あら、心配してくれるの?」
「当然だよ」
お姉さんは、その物騒に飛び込んでいく人だからね。
まあ僕は怪物になるほど闇もストレスも抱え込んでいないし、悪の組織に狙われるようなことは全然してないから、全然平気だろうけどね――?
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