第4話 悪の幹部が現れた!

「――フラグはキレイに回収されました」

「は? 何を言っているのかしらこの少年は」

「僕、趣味でプログラミングとかするんです」

「へー、そうなの」

 大絶賛、悪の組織、幹部怪人に十字架磔中です。

 ちゃんと足を置くところがあるから、案外痛くない親切設計だね。

 僕の前に居るのは、金髪縦ロールのドリル髪、エナメル質の黒のレオタードに軍服と、剥き出しのガーターベルトと網タイツ、古典的な悪のお姉さんです。いかにも勝ち気で嗜虐的な古風な厚化粧――もっと自然なメイクを心掛けた方がいいんじゃないかな?

 鋭い獣のような表情に、そのSM風な衣装なら合ってるけどお肌も荒れるよ?

 まだババアとか呼ばれたくないでしょ? 見た目二十代が三十路四十路にまで見えるよ?

「なに、その褪めた視線は」

「僕ってほら、お姉さん属性なんですけどさすがにちょっと守備範囲外っていうか」

「ボク? 命が要らないようね?」

「あと十年僕が早く生まれていたらアリだったと思います」

「クソ餓鬼、それじゃあたしは年下だよ」

 ……えっと、想定以上に老け顔でいらっしゃる? 

 ともかく、

「ところで何故僕はこんなことに?」

「お前、最近プリンセス・ナデシコと仲がいいだろ、だから人質にして奴を屈服させてやるんだよ」

「ああ、プリンセス・ナデ――誰?」

「知らなかったの? アンタが仲いいほら、あの変な髪色の」

「……へえ、そうだったんだぁ……」

 そんなコッテコテの芸名一体誰が付けたんだろう、けどどうやらそれがお姉さんの魔法少女としての名前のようだ。

 多分別の人が付けたんだよね? 変身しても名乗らないあたり、きっと本人も物凄い恥かしいんだと思うけどヤバイ、色々とヤバイ、どうしてそんな名前にしたのさ。

 そんな風に十字架に磔にされながらぼやっと考えていたら幹部さんが半眼で、

「……アンタ、さっきから怖くないの?」

「唐突すぎて逆に冷静になっちゃうよ、ポカーンだよ」

 いきなりズタ袋被せられて、睡魔に襲われフッと眠ってふわっと起きたら――

 こうだもん。全身タイツの戦闘員がわさわさ出て来た時は何事かと思ったけどすぐに笑いが込み上げて来たよ、周りもしっかり造成地だし様式美に拘るのはいいけど……もう少しこう、何とかして欲しい。

 人質にされながら、命の危険も何も感じていないそんな僕の様子に、幹部さんは乾いた嘆息を漏らし、空を見上げた。

「まったく、最近のガキらしく可愛くないねえ、まあそういう態度が取れるのも今の内だよ?」

 そのとき、

「――どうやらゲストのお出ましのようだ」

 造成地に光が舞い降りる。


「――お姉さん!」

「……その子を、返しなさい」

 自慢の衣装と、幻想的な長い髪を華麗に揺らし、光の中からシャンと現れる。

 造成地を踵で均し、一般市民のピンチに魔法少女が到着した。

 風が凛とした表情と共に佇む。

 それにしても、いつになく低音が効いた怨霊のような声を発している。

 そして、冷え冷えとしたその声とは真逆の、炎のようなどす黒い怒気が爛々とその瞳に満ちていた。

 こわい、普段のお姉さんは怒る時ですら優しを失わない。戦う時も、怪物相手に慈悲を掛け慈愛を手向けている。

 まるで憎悪に身を焦がした、お姉さんのそのあるまじき姿を見て、

「……あっはっは、いいねえ、いつもお澄まし顔のあんたにそんな顔をして貰えて私も嬉しいよぉ、ふっふっふ、ハッハッハッ、あ~っはっはっはっ!」

 悪の幹部さんは嗤った、大分ストレスを溜めていたのだろうお酒ではっちゃけるOLみたいだ、もしかしたら私生活でも辛い思いをしているのかも知れない。

 それを無視してお姉さんは、

「――返しなさい」

「動くな! ……この子がどうなってもいいのかい?」

「修くん!」

 一歩踏み出した瞬間、その足を留めさせられた。

 同時に僕は悪の幹部さんに短い剣スティレットを突き付けられている、うわ、割とマジでシャレにならなくなってきたな、どうしよう、怖い筈なのに状況がベタ過ぎて次はどんなネタが来るのかってワクワクしちゃいそうなんだけど。

 お姉さんは今にも飛び掛かろうとしていた空気そのままに歯止めをかけられている、今にも爆発寸前――だけどそのまま汗だけが流れ焦燥が募っている様子だ。

「ふふふ、そう、いい子ね? まずは武装を解除しなさい」

 僕を取り戻そうとするお姉さんを悪の幹部さんは脅し始める。真面目に、確かにこのままだとまずいかもしれない、別に僕一人なら死んでもかまわないんだけど、お姉さんまで巻き沿いにするのは絶対にダメだ。

 でもお姉さんは、表情を変えることなく逡巡し、

「……分かったわ」

 あまりにもあっけなく、降伏してしまった。

 僕は必死に枷を解こうとするけど、お姉さんは魔法の杖を消してしまう。

 それを見て幹部さんは、愉悦を浮かべ懐から油性マジックを取り出し、キュポッ、と蓋を取って無防備なお姉さんに近づいていく。

「やめろ! お姉さんに何をするつもりだ!」

「ふふふ、これは世にも不思議なペンでね、水性も真っ青――書いた事が決して消えない地獄の油性ペンさ」

 それ、ただの油性ペンじゃないの? と思ったけど幹部さんは自信満々に華麗にペン回しを決めお姉さんの衣装にその真っ黒な先端を向ける。

 そして、

「――まずは絶壁、とその胸に刻んでやろうかしら」

「やめろ――っ!?」

 僕は叫んだ、お姉さんはむしろ本当は標高が高いんだぞ? そんなの世の一部の女性大半に向けての嫌味でしかない! そのことを全く知らない幹部さんは、更には、

「そしてその堅物っぷり、将来お局様確定、年齢=彼氏無し、永久彼氏募集中もセットでどうだい?」

「止めろ! そんなことしたら大変なことになる!」

「あっはっは、何が大変なんだい?」

 それは見るからに仕事に情熱的で私生活二の次っぽい幹部さんに必ず盛大なブーメランがぶっ刺さるからだよ!? 

 おまけになまじ色気と女っ気があるから、逆に女性として悪い処は何もないのにこれ以上どうにもならない感が醸し出されるはず。

 ブサイクでも無能でもない、それなのに愛として必要とされない女――

 その絶望たるや、想像するだけでも猛吹雪が吹き荒れてしまうよ。

 そんな僕の余計なお世話な心配をよそに、幹部さんは逆ギレ気味に憤慨する。

「男なんて大人も子供も胸胸胸尻尻尻――大概猿じゃないか! おまけに理想の相手は真面目で性格が良い子、なんて言いながら、実際には自分に都合よく転がせるバカ女の方が好みなんだよ! それか女に転がされて喜ぶようなクソ野郎さ!」

「そんなことないわ! 少なくともそこに居る子は、そんな風に女の子を見たりしないもの……いつだって、女の子を支えようとする、立派な男の子よ……」

「お姉さん……」

 お姉さんは戦う力を奪われたまま毅然と語ってくれた。

 胸熱だね、でもそのいかにもな正義の味方って雰囲気に幹部さんはうげえと眉を顰めて即座に笑みを作る。

 あー、うん、こんな状況でそんなこと言ったら、

「……ふうん、あんた、ずいぶんこの子のことをお気に入りみたいだねえ……それなら、こういうのはどうだい?」

 ほらねー、幹部さんはお姉さんから離れて十字架に磔の僕に向かってくる。

 そして真っ黒なペン先でそこに書くと予告するように、ぺちぺちと僕の頬を叩き、

「――おっぱいフェチ」

「っ?! 止めなさい!」

「尻ソムリエ、鎖骨仙人、脇マスター……もうド直球で体目当てかしら? それともリアルに顔重視? さあどれかしらねえ……」

「いや、止めて! 修くんをそんなダメ男にしちゃだめ――っ!」

いや、女の子のそんなところなんて恥かしくて見れないからね! 

 っていうか、

「……油性ペンで書くだけだよね?」

「うふ、じゃあそのただの油性ペンで……」

 ただの文房具だと認めた幹部さんは、しかし手をワキワキとしならせながら僕のズボンに手を懸けた。

 え、なにをするんだろう、と思った瞬間、それは一気にずり降ろされた。

 僕はあわや一緒に落ちそうになった子供用のボクサーパンツを敏感に察知し、ケツを上げ危く股で挟んでギリギリで止めると、さっと幹部さんは腰までパンツを直してくれる。何その優しさ。

 でも下半身の風通しが凄く良くなった、そして幹部さんは恥ずかしそうに小学生のパンツに眼を向けちょっと気を取り直しつつ、

「――よねんせい、びーぐみ、まさきしゅう」

「やめろ――――――ッ!」

 油性ペンを向け、エア書きした。まさか下着に名前!? しかも平仮名で!? そんなことされたらもう体育の授業で着替えられないよ、なんて酷いことを考える奴なんだ!

「あっはっは、アンタはいまだお母さんのお世話になってる男の子になるんだよ! あまつさえ『With お母さん』も付け加えてやろうかい!?」

「やめろ、やめてくれ! そんなことされたら明日から生きていけない!」

 油性ペン、なんて恐ろしい凶器なんだ! こんなアホみたいなことで子供の尊厳にかかわるなんて! これから僕は男子からいじられ女子からクスクス笑いものにされること請け合いの挙句、マザコンとかボクちゃんとか言われてしまうに違いない!

「そ、そんなの絶対ダメよ!? 学校に通っていたなら分かるでしょう!? あなたには常識が無いの?!」

「あっはっはっ! 知ったことじゃないよ、どうだいナデシコ! この子が大切なら私に跪き軍門に下りなさい!」

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