第14話 男

「山田……君……?」


 僕は思わず衝撃を受けた。

 いろんな意味で衝撃を受けてしまったのだ。雷に打たれたといってもかごんではないほどに強い衝撃だ。いいや、雷雲の中に入り込んでしまったぐらいの衝撃といった方が適格かもしれない。


「はい……」


 妹の陰から出てきた男の子……女の子というべきかもしれない。ともかく、その子は妹よりも美少女だった。

 僕は思わず妹を引っ張って行って物陰で耳打ちする。


「おい、男じゃなかったのか?」

「何言っているの?」


 僕の問いかけの意味をまるで理解していない様子の妹は、おかしなものでも見る目で僕に問い返してきた。

 確かに、僕の問いには色々と欠落しているものがあることは確かだが、今の僕と同じ状況下では、誰であっても同じ問いをすることだろう。それほどに、山田君と呼ばれた男の子は魅力的な女の子だった。


「山田君って言っていただろう?」


 僕は言葉を変えて質問する。あまり具体的に聞くのだって、本人を目の前にしたら失礼だろう。僕だって、自分が女の子かどうかなんてことを突然知らない人から尋ねられたら、その人物に対する第一印象はあまりよくない。

 万が一、僕が聞いていた山田君とやらが、女の子だった場合も同じだ。見た目はどう見ても女の子なのだから失礼だ。

 しかし、妹はやはり質問の意味が分からないと僕に問い返す。


「だから、何を言っているの……?」


 こうなったら、あまり言いたくはないが、はっきりと聞いた方が後腐れはないだろう。

 僕は唾を飲んで、3度目の質問をする。


「いや、どう見ても女の子じゃないか?」


 仏の顔も三つまでとはよく言ったものだ。そのことわざを作った人にはほとほと感心させられる。僕がいくら寛容だからといって、もう一度聞き返されたら、我慢の限界に達するだろう。しかし、これほど具体的に質問して、問い返されるようであれば、それは逆に妹の頭を心配しなければならないのだろう。

 だが、妹はちゃんと理解してくれたようだ。


「山田君は山田君よ……男の子に決まっているじゃない」

「……は?」


 しばらくの間、妹が言った言葉の意味が理解できずに僕は思考が停止してしまった。だがそれは、妹が嘘をついているからだとか、そんなネガティブな理由からではない。

 妹の言っている言葉がどうしようもない事実だからこそ、僕は困惑してしまったのだ。

 俺の妹の男友達がこんなに可愛いわけがない。

 

「お兄ちゃんにはわかるでしょう?」


 妹からの返答に対して、僕があまりにも黙り続けたからか、妹が心配したように僕に問いかける。

 もちろん、妹が嘘をついていないことなど、最初からわかっていた。わかってはいたが、僕は今初めて人を疑うということができたのだ。もちろん、人というのは自分のことだ。人の嘘を見抜ける能力を持った自分を疑ったわけだ。

 そんな能力を持っているとは知らない山田君は、自分が悪いという風に申し訳なさそうにつぶやく。


「僕がこんな見た目だから仕方ないよ……皐月ちゃん」


 ほんとにそうだとしか言いようがない。だが、人というのは何らかの他者とは違うものを持って生まれてくるわけで、そこに対して文句があるわけではない。そんなところに文句をつけられても面倒くさいだろう。

 僕だって、先輩だって、能力を持って生まれたかったわけではない。ただ持ってしまっただけなのである。それを新人類だとか、魔女だとか、ファンタジー生物だとか、気持ちが悪いだとか言われても不快になるだけだ。

 生まれた時から持っていることや、持たなかったことはもちろんのこと、容姿を責めたてたところで何か変わるものでもないし、大体はほかの力で均等化されるというのがこの世の摂理である。

 だから、愚かな質問を三度もしてしまった僕は、彼に申し訳なく思う。


「いや、大丈夫だ。君が男だっていうことはわかったから」


 そう告げた僕に、彼は大げさに驚く。


「そうなんですか? 僕はいつも男だってことを証明するのに膨大な時間を使うので、今回もそうなるかと思ったんですが……」

「山田君も苦労しているんだね」


 過去の自分を重ねるように、僕は彼に同情した。そして羨ましくも思った。

 皆に説明して回る努力を怠ったのは僕自身であるから、僕は彼を妬むだけの権利がない。そんなことは理解できているつもりだった。


「……そうなんですよ」


 彼はそこはかとなく嬉しそうにそう呟いた。僕が少なからず、彼に理解を持ったことがうれしかったのかもしれない。

 しかし、妹は非常に手厳しく彼を叱咤激励する。


「山田君が内気なのが悪いんでしょう!? わかってほしければもっとほかの人と関わりなさい! まだクラスにどれだけ山田君のことを女の子だと思っているクラスメートがいることか……」

「いや、それはおかしいだろう。普通に体育の着替えとかで……ってマジなの?」


 残念ながら妹は嘘をついていないようだ。一体どんな生活を送ってくればそんなことになるんだろう。ある意味ではみんな無関心なのだろうか……いや、女の子だと認識されている時点で、ある意味ではみんなから関心を持たれているのかもしれない。

 妹が通っている小学校はどんなところなのだろうか、少しだけ興味がわいている僕がいる。

 山田君は否定したいようだが、事実であるがゆえに否定できないといった感じだろうか、妹の方を見てひたすら首を横に振っている。しかし、妹はそれを無視して、僕に山田君の実情を話す。


「うん、山田君の友達って私と……あと数人ぐらいしかいないし」


 まるで友達がいない僕からしてみれば、それは十分立派なことだと思う。

 

――――――――――――――


 僕たちが話をしている間にも下校する生徒たちの姿がちらほら見えたが、もうそれもほとんどいない。 まだまだ、日が高いところから見下ろしている時間だとはいえ、面会時間のことも考えると少しだけ心配だ。

 いくら調査のための準備をしているとはいえ、先輩たちが遅すぎないかと僕が思い始めたのとほぼ同時に、ゆっくりと歩いてくる二つの人影が見えた。先輩と先生だ。


「お待たせしました……あなたが皐月君の妹さんですね?」


 先輩はいつにもなく礼儀正しく尋ねる。だが、その相手は妹よりもはるかにかわいくてきれいな女の子……ではなく、男の娘に向けられた。

 礼儀正しくも失礼な先輩に対して意識を改めてもらう必要がありそうだと、僕は思う。それはなぜかって、それは見ていればわかることだろう。


「いいえ、それは山田の弟です」

「冗談ですよ。三人の会話が聞こえていたからつい悪乗りをしてしまって」


 もちろん、僕たちが会話をしていたタイミングで先輩はまだ来ていなかった。僕の心を読んで知っていたというだけのことなのだ。知っていて、冗談を言うんだから達が悪い。


「おいおい、男に対して女の子だなんて言ってやるもんじゃないぞ。そういうことからいじめが始まったりするもんだ。教師としては見逃せないな」


 先生は先生で、普通に教師らしいことを言っていってはいるものの、ある意味ではかなりずれたことを言っていることにはまるで気がついていない。

 確かに、先生の言うことはごもっともだが、山田君に対してはあまり意味のない言葉なのだ。

 ここは、僕が適当に茶化してやろう。


「また、めんどうくさい教師見たいなこと言って……先生は僕に対していじめみたいなことをしているでしょう?」

「お前な……大した事情があるわけでもないのに、不登校気味な奴を放置するわけにはいかないだろう?」

「いやいや……僕は一人暮らしで起きるが大変なんですよ?」


 まずい墓穴を掘ってしまった。このままでは、この先の未来がどうなるかは僕には簡単に予想できる。今のうちに言い訳を考えなければ……


「じゃあ、私が毎日おこしに行ってあげるよ」


 妹が僕の目覚ましを名乗り出ることは、容易に想像できた。なのに、僕はなんてことを言ってしまったのだろう。これじゃあ、まるで僕が起きられないから学校にいけないみたいじゃないか……僕はただ学校に行きたくないだけなのだ。

 とにかくいい感じの言い訳を思いついた。

「妹よ。そこはもっと空気を読んでくれ。……いや、お前を目覚まし代わりに使うなんて僕にできるはずがないだろう」

「なるほど、言い訳の理由がなくなるということですか?」

「先輩!?」

「いちいち心なんて読まなくてもわかっているよ。こいつの思惑な。たくっ、ろくな大人になれないぞ」


 簡単に僕の思惑をばらした先輩もひどいが、何一つ僕の言葉を信用していない先生もひどい。だが、極めつけは、ここまでの状況を誘導した妹だ。彼女は時折、僕よりもあくどいやり方で、僕を追い詰める。

 そこまでして、妹は僕に学校に行ってほしいというのだろう。

 そんな僕らの中で、一人だけ話題に入っていけない美少女がいた。


「えっと……」


 もちろん、それは山田君だ。

 そんな山田君に妹が当たり前のごとく話したのは僕の秘密だ。


「ああ、説明してなかったっけ? お兄ちゃんはFAなんだよ」


 一応、僕がFAだということは学校でもトップシークレットなのだ。こんな場所でそう易々と離さないでほしい、誰かに聞かれるとまた面倒なことになることだろう。

 

「ついでにいうと、先輩もそうだ」


 僕の秘密だけばれちゃったのは何となく納得がいかないから、ついでに先輩の秘密もばらしておいた。


「そうなんですね。じゃあ僕の兄さんと一緒ですね……」


 こいつは突然何をいいだすんだ。そう思った僕を誰が責められるだろうか……いいや誰も責められまい。おそらく、唯一その秘密を知っていたはずの先生もあまり芳しくない表情だ。おそらく、先生たちの間でも限られた人にしか知られていない、いうなればトップシークレットというやつなのだろう。


「は?」

「はい?」


 思わずあっけにとられた僕と、先輩はそれぞれの口調で聞き返した。


「……そうだな」


 先輩がその事実に気がついていなかったのは驚きだが、先生が簡単に認めたのはもっと驚きだ。そして、さらに驚きなのは、先生がそのことを先輩から隠し通し続けたことだ。


「え……先生はご存じだったんですか?」


 先生の言葉に反応して、先輩がそう訊ねた。

 

「まあな……だが、そんなことはいいだろう……こんな目立つ場所で話すようなことでもないし、早いところ山田の病室に行くぞ」

「確かに、校庭で大声を出して話すようなことじゃないですね」

 確かに、先生がどうしてその事実を先輩から隠し通せたのかは僕も気になるが、今はそれよりももっと重要なことを知らなければならない。

 それは、ストーカーに関する情報だ。

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