第15話 兄弟
僕たちは、他愛のない話をしながら、山田君のお兄さんが入院するとされる病院に向かった。
「確か……兄さんの部屋は三○二号室だったはずだけど……」
病院についてからも、予想外なことで時間はとられた。
当たり前のことではあるが、入院患者と面会することが出来るのは家族や親しい者に限られるということを受付で説明された。
弟君の説得で何とかなったが、それもまた奇妙な話だ。小学生の男の子に言いくるめられる看護師っていうのもどうなのだろう。
常識的に考えて、5人も6人もの人が一気に部屋に訪れたら迷惑に決まっている。
特に面会したい患者が精神病の患者ともなれば、それなりに気を使って治療にあたっているはずだ。それをどこの馬の骨とも知れないやつらに狂わされたのなら医者にとってはたまったものではないだろう。
まあ、そんなことを僕が考えても仕方がない。入れたのだからそれもういいだろう。とはいっても、先生が付き添っているにも関わらず断られたことには多少驚いたが、それも保護者の了承を得ているというわけではないから仕方ないということにしておいてやろう。
そんなことを考えているときに、僕の目に山田の表札が映った。
「ああ、そこに名前があるな……でも僕たちは家族でも友達でもないけど、本当に入ってもいいのか?」
一応看護師からの許可はもらったのだから、おそらく医者から許可をもらったということなのだろうが、まだ山田君のお兄さん本人や、その両親から許可をもらったというわけではない。僕が同じ立場だったとしても、入院中に知らないやつらに根ほり葉ほり聞かれるのは相当なストレスになると思う。
しかし、もともとの依頼を出した本人がそれを嫌がるということもないだろうが、一応聞いておくことにしたというわけだ。
「学校の先生と同級生なんだから、いいじゃないですか?」
「そういうことじゃなくて……」
山田君はそういってくれるが、なんか不安で仕方がない。だけど、僕の脳ではうまい感じに言葉が出てこない。
僕が言葉に迷っていると、先輩が助け船を出してくれた。
「誠君が心配しているのは、精神病の相手のもとに大勢で知らない人が押し寄せると病状を悪化させるんじゃないか、ってことですね?」
ズバリ、僕はそう言いたかった。僕は先輩に感謝するとともに、自分の語彙力のなさに少し落ち込みそうになる。
「はい、精神上あまりよろしくないのではないかと思いまして……」
「大丈夫です。兄さんはあまり気にしないと思うので」
山田君はどこまで、自分の兄のことを信頼しているのだろう。いや、ある意味では馬鹿にしているともとれる。
しかし、そう簡単に結論を出すことは出来ないだろう。
「まあ、そうだな……一応俺だけ入って確認してからってことにするか? 一応精神科の先生は大丈夫だとおっしゃられたらしいけど、様子は見るべきだしな」
先生がそう提案する。
流石、大人なだけあって先生はこういったとき頼もしい。僕たちだけで来ていたら、どうにもならなかったかもしれない。……なんて、そんなわけがない。どうせ、先輩がどうにか問題を解決したことだろう。
だが、今回ばかりは先生に華を持たせるのもありだろう。
「はい、先生に任せます」
実のところどうでもいいと思っている僕は、その感情を表に出さないように適当に返事をした。先生が病室に入っていくのを見送るとともに、僕はまた待たないといけないのか、なんてことを考えつつもあたりにベンチでもないかと見渡した。
病室の前ということもあってイスなんてものは設置されていない。先ほどとおってきた休憩スペースにはあったが、さすがに意味のないところに椅子を置くほど病院も景気がよくないということだろう。病院が繁盛していないというのはいいことだ。
といっても、先生は病室に入るとすぐに病室から出てきたから、椅子を探す意味もなかったわけだ。
先生の答えはいたって簡単だった。しかし、その表情はあまりよろしくない。中で一悶着あったのかもしれないが、それにしては出てくるまでの時間が早かったようにも感じられる。
「大丈夫だ。問題ない」
何ともあっさりとした一言だ。いいや、ここは味気ないというべきだろう。こういう場合、ゲームとかならもう少し何等かの障害があって、病室に入るまでにいろいろとアイテムを集めたり、誰かから話を聞いたりするのが普通なはずだ。
それに比べると、何とも普通で面白みに欠ける。
もちろん、僕が面白さなんてものを求めていないのは周知の事実であるが、先生が苦々しい顔つきをしているのだから、もう少しだけ何かあってもいいと思うのが人の常だ。
本当に問題がなかったのか、そこのところを詳しく聞きたかったが、先輩もちょっとだけ険しい表情をしていたのでやっぱりやめた。
どうせろくなことではないのだろう。
先生の表情を見てというわけではないだろうが、妹はいつにもなく遠慮している様子だ。
「私は力になれそうにないし……ここで待ってるよ!」
そんな妹を見てか、山田君まで同じように遠慮している。
「じゃあ、僕も待ってますね」
確かに妹はついてきてもというか、ここまでついてきた意味だってあまりわからないのだが、何となく妹らしからぬ発言に面喰った僕だが、それとは別に山田君がついてこないというのは少し変だ。
兄弟なのだから、面会するのは当たり前のことじゃないのか……それなのにどうして外で待っているのだろう。
そんな疑問は浮かんだが、他人の問題ごと、それも家族間に関するものに関わるのはどうにも面倒くさい。
「わかった。どれぐらいかかるかわからないけど、待っていてくれ」
「ダメ男が婚約者のために努力しようとしているみたいだね」
妹は、意味のわからないたとえで僕を見送ろうとする。意味は本当にわからないが、とりあえず僕を馬鹿にしているということは何となく理解できた。
「……茶化すな」
僕は意味がわかないなりに気恥ずかしかった。何がって、妹がわけのわからないことを言い出したのが恥ずかしかったのだ。
妹に変な目が向けられていないかと、僕は先輩と山田君の方をちらりとみた。まるで僕たちのやり取りなどなかったかのように先輩は通常運転で、依頼主である山田君に心配をかけまいと軽く声をかけているところだった。
「ともかく山田君の弟さん。私たちでできる限りのことはしてみます」
「ありがとうございます」
二人はお互いがお互いに丁寧で、姉妹とはかけ離れた口調でもあるにも関わらず、何となく姉妹っぽく感じたのは僕だけではないだろう。
それに対して、山田君の兄は本当に山田君と兄弟なのか怪しいぐらいだ。
まず、病室に入って目に映ったのは、ベッドに横たわる金髪の目つきの悪い男だ。まずその男は山田君とはかかわりないだろうと、僕はほかのベッドを探すもほかにベッドはない。当たり前だ。なぜなら、ここは個室で、山田君の兄以外は誰もいないからだ。
それにしても、本当に信じがたい。これが本当にあの山田君の兄なのだろうか……もしかしたら、腹違い、もしくは種違いというやつなのではないだろうかと思ってしまうぐらいに、二人の印象は違う。
よく見てみると、彼も端正な顔立ちをしており、どことなく山田君の雰囲気をかんじられるが、それでも二人が兄弟であることを信じられない僕がいるのも仕方のないことだろう。僕は何となく、山田兄を直視するのが嫌で首を横に向けた。
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