第13話 性別

「ごめんなさい! 山田さんが入院している病院にアポを取ろうとおもったんだけど、代理人の人と電話がつながらなくて……」


 姿を現したのは先輩で、それもかなりあわてた様子だ。

 しかし、それはちょうどよかったといえるかもしれない。二重でアポなんてとってみろ、迷惑極まりないことこの上ない。

 僕はとりあえず先輩にお茶を入れて落ち着かせる。


「とりあえずお茶でも飲んでください」

「ありがとうございます」


 先輩はここまで走ってきたのだろう、息は少しだけ上がっている様子だ。もともと、先輩は体力にそれほど自信のないタイプのFAだから、教室からここまで走ってきたというのなら、それも仕方のないことだろう。

 ようやく息を落ち着かせた先輩が、湯呑みからお湯を口に流し込む。


「ってこれ、白湯じゃないですか!」


 ようやく気付いたか。先輩もまだまだ甘いな。


「まあいいじゃないですか」

「いいですけど……」


 ちょっとした茶目っ気ってやつだ。ともかくこれで先輩も落ち着いただろう。

 ようやく話を前に進めることができる。


「そんなことより、実はもうアポイントメントはとれているんです」

「どういうことです?」

「山田君さんの病室に入る許可はもうもらっているんです」

「いや、君は名前じゃないですから……」


 妹のせいで君づけが癖になって、つい言ってしまっただけだ。というよりも、そんなことはどうでもよくて、一番重要なのは、今から重要な人物に会ってもらうということだ。

 先生が何かを察したようだ。


「なるほど、察するにお前の妹伝いで、山田の弟から依頼でも入ったということか……」


 まるでそのとおりなのだが、いくらなんでも察しがよすぎないだろうか……まるですべてを知っていたかのようなぐらいの説明口調だ。


「まあそういうことなんですけど……知っていました?」

「そりゃ、葉月が来る前にお前がそれっぽいことを言っていたから、そうじゃないかと予想するのは簡単だろう?」

「あっ……妹の話をしたときの?」

「妹から何か頼みごとをされたとか、言っていたあれだよ」


 そういえば自慢したくて、先生にそんなことを話したような気もする。

 

「なるほど、そういうことですか……わかりました。では、とにかく妹さんを迎えに行きましょう」


 今回は意外に心を読まれるのが早かった。もしかして、それだけ先輩と僕との親密度が上がっているということなのだろうか。

 そうだとしたら、少しだけうれしいような気もするが、心が丸裸になって恥ずかしいような気もする。


「まあ、そうですね。妹もそろそろ校門のところに来る予定ですし、早めに準備してもらえると助かります」


 小さな妹を一人で待たすわけにはいかないからな。

 まあ、準備といっても大した準備があるわけではないだろう。それも先輩の場合はという話だ。今回は先生がついてくるとのことだから、もしかしたら時間がかかるかもと、妹には若干遅めの時間を伝えはした。だが僕の予想は大幅に外れ、先輩も一緒に遅刻したというわけだ。

 だから、妹との約束の時間まではあまり時間が残されていない。

 何よりも、妹は僕とくらべかなり几帳面で、時間に送れることを嫌う節がある。だから、時間よりも早めに到着しているだろう。もしかしたら、もうついているかもしれない。ああ、妹が心配だ。


「そんなに心配なら先に行ってくればどうですか?」

「へっ!? いや僕は妹の心配なんかしてないですよ!」


 そうだ……先輩は心を読めるのだった。このままじゃ、僕が重度のシスコンだってことがばれてしまう。ひかれたら嫌だな……。

 そんな僕に追い打ちをかけるかのように先輩はいう。


「誰も妹のことだなんて言ってないですけどね? 依頼者を待たせるのが心配なのでしょう?」


 いや、追い打ちじゃない!? 助け船を出してくれたんだ。やっぱり先輩は優しいな。

 そうと決まれば、僕は急ぎ足で教室のドアの前まで駆け寄る。


「依頼主の安全は僕が守っておきます」


 僕はそれだけ告げると、すぐに妹のもとへとダッシュした。



 卵が先か、鶏が先か、子供が先か、大人がさきか、僕は鶏が先だと信じている。でなければ、僕はあんな親の元に生まれることなどなかっただろう。

 親とは、誰にとっても、安息を与えてくれる存在なのだろう。

 でも、僕にとっての親とはしがらみでしかない……他人と僕とを分けるただの柵でしかない。いつまでたっても、僕を振り回す柵。鶏が柵の中でしか生きられないように、卵だって殻の中でしか生きられない。卵は産後二十日前後で殻をやぶることで、ようやく卵は雛となる。

 しかし、厄介なことに、人間は卵ではない。

 殻を破るまでの時間なんて、自分の意志でどうとでも曲げられる。

 親という殻を破るまでに、僕はたった十五年しかかからなかった。 


「妹は僕とは違う」


 妹は普通の人間だ。母の言う不気味な力なんてものを持っていない、なんというか、いたって普通の女の子だ。

 他人から見れば、そのあたりに無数にいる普通の女の子でしかない。

 だが、僕にとっては違う。彼女は唯一僕が守ってやらなければならない家族だ。僕を唯一家族と呼んでくれた存在だ。

 僕は一目散に階段を駆け下りる。

 この高校には、少なからず能力者がいる。中には極めて悪質なものもいるだろう。今思えば、妹をこの高校に呼ぶべきではなかったかもしれない。なんとなくだが、そんなことを思ってしまう。

 そう思いながら、妹が待つ校門へと足早に移動した。

 妹はまだ来ていないようだ。

 まだ予定よりも、十分早いぐらいだ。もしかしたら、妹がさらわれたのではないかと、一抹の不安がよぎる。

 僕はあまり走りなれていないため、息を切らしながらも、妹を懸命に探す。


「お兄ちゃん?」


 背後から声が聞こえた気がした。妹の声だ。

 僕は安堵のため息をこぼすとともに、後ろを大きく振り返った。


「おう、お前か」

「いや、なんでそんなに焦っているの?」


 僕の背後をとっていた妹は、何事かと僕に問いかけた。

 もちろん、『お前を心配していた』なんてことは口が裂けても言えるはずもない。一体『何』を心配していたかを言えないからだ。


「ちょっとな……」


 少し意味深そうな表情で、そう呟くと、これ以上は何も菊菜的なニュアンスになって、なおかつ、お前を巻き込みたくない的なオーラを発することができる。

 しかし、妹に対しては使い古した手で、そろそろ別の手段を考えておかなければ、そろそろ突っ込まれても不思議じゃない。


「ふぅーん……まあいいけどさ。とにかく、山田君を連れてきたよ」


 そういえばそんな約束をしていたことを思い出した。それにしても、紹介してもらったはいいが、どこにも山田君の気配は見えない。

 そう思った時に、妹の背後から小さな声が聞こえた。


「ちょっと待って、皐月ちゃんのお兄さんに会うなんて恥ずかしいよ……」

「……お兄さんのこと相談するんでしょ?」


 妹とひそひそ何かを話している。その声は、僕が思っていたような男らしい声とは程遠い、どちらかといえば女性的な、だがあえて言うのであれば中性的な声だ。男となれば、小学六年生ぐらいには声変わりしていてもおかしくはないが、まあ、中学何年生かまで声変わりしなかったやつもいたから別におかしくはないだろう。

 うん……おかしくはないのだが、妹よりも女の子らしい声に少しだけ動揺している僕がいる。

 流石に僕にはそっちの気はない。


「とにかく出てきてよ……顔が見えないとなんかやりづらいし」


 僕はいまだに顔を出さないかわいらしい声の主に、出来るだけフレンドリーな感じで声をかけた。


「わかりました」


 返ってきた声は明らかに震えている。

 フレンドリーといっても、友達がいない僕のフレンドリーという勝手な妄想が作り上げたフレンドリーだ。もしかすると余計に怖がらせてしまったかもしれない。


「お兄ちゃんは怖い人じゃないから大丈夫だってば!」

「わかっているよ。でも知らない人は怖いんだ……」


 そういいながらも、山田君は妹の背後から姿を見せる。

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