第12話 掃除

――あの後、妹は僕に16時頃に学校の校門に来るだとか勝手な約束と、『よろしく!』なんていう言葉を残して早々に帰って行った。

 それのおかげで、僕は無事に午後からの授業は遅刻し、結局拳骨はもらうことになった。もらえるものは何でももらっておけ、なんて言うやつがいるが、何でももらおうとするやつの気がしれない。

 僕は自分が必要のない物なんて、タダでもいらない。

 ともかく、授業がすべて終了したいま、僕は昨日の約束を果たさなければならない。

 もちろん、幼馴染との約束のことだ。僕は彼女のことを何かと気にかけているのだが、どうやら僕は彼女に嫌われてしまっているらしく、高校に入ってからはまともに会話したのすら、昨日が久しぶりだ。

 だからこそ、これもいい機会だろう。

 掃除当番だなんて、くだらないことをやっている場合ではないが、ともかく、長馴染みとの会話を広げるという点ではまあやる気も出てくるもんだ。


「ふーん、約束はちゃんと守ってくれるんだ?」

「当たり前だろう、幼馴染との約束は守るよ。先生との約束はあまり守らないけどね」


どうして僕が幼馴染なんかに気を使わなければならないんだ。なんてことは思っても言ってはいけない。僕のことを嫌っている節はあれ、ちゃんと話しかけてくれる数少ないクラスメートなのだから。

 とにもかくにも、敵に回したくないという意味では約束を破るべきではない。


「ほとんど腐れ縁みたいだけどね」


 沙知はどうでもよさそうにつぶやいた。

 僕にしてみれば、腐れ縁という言葉すらも当てはまらないと思うほどに疎遠だと感じているのだが、それでも話しかけてくるだけマシなのかもしれない。

 それでも、彼女はたまに話す程度のクラスメートとなんら変わりがない。僕がどれほど大切に思うと、その事実は変わりようがないのだ。いいや、変わったのは僕なのだろう。だとしたら、嘘がわかる力なんてほしくなかった。

 僕は少しだけ言葉を詰まらせたが、なんとか言葉を出すことができた。


「とりあえず、早く掃除を終わらせよう」


 昔のことなど思い出してもしょうがないことだ。変わってしまった過去を変えることは出来ない。そういった能力があればべつだろうが、僕はそんな力に頼るつもりもない。誰かほかのFAの力を頼りにするなんてことは絶対にしたくない。

 望まない力を使わされることのつらさを身に染みて理解している僕だからこそ常々そう思っている。

 先輩の前では口が裂けても言えないけどね。

 ともかく、本日も部活で忙しくなりそうだ。もちろん、そこには授業に遅刻したことを先生に愚痴られることも含まれているのだが、それよりも重要なこともある。

 もしかしたら、僕が持ってきた重要な案件を提示すれば、先生に叱られることも避けられるのではないかと、淡い期待を抱きながら掃除を続けた。


 結局のところ、幼馴染と話せたのは最初のほんの数分間のことだった。

 いつにもなくまじめに掃除をした僕に対して、幼馴染はねぎらいの言葉もなく帰って行った。といっても、普通に先日サボろうとしたつけが回ってきただけだから、期待も何もないし、掃除をまじめにするのだってほかのやつらもやっていたことだ。

 映画のように不良がちょっとまじめにしたからといって、それだけですべてが許されるなんていう展開は現実には存在しない。


「努力って、つくづく救われませんね」

「それは、面白い冗談だと思ってもいいのか?」


 僕の話に適当に相槌を打っていた先生が、苦笑いで僕に問いかけた。

 いかにも僕が努力を怠っていると言いたげに聞いてきたのだが、僕はそれに反論できるだけの努力すらしてこなかったこの数ヶ月……言われっぱなしも仕方ないだろう。

 だけど、少しでも努力をした生徒をほめてくれるのも先生の仕事じゃないのだろうか。


「お前のそれは努力とは言わないんだよ」


 先生は僕の不満げな表情を見て、言いたいことが何となくわかったようで、僕が言葉にする前に反論した。


「先生はわかっていませんね……当たり前のことを当たり前にすることの素晴らしさが……」

「その言葉を言えるのは、当たり前のことを毎日やってきた奴だけだ。昼からの授業にすらほとんど出ず、たまたま今日だけ掃除をまじめにやったやつが言うようなことじゃない。まあ、俺に褒めてほしいというのなら、そうだな……これから毎日遅刻もせず、掃除も部活もきちんとすることだな」


 先生の言っていることはごもっともだ。でも、ちょっとくらいはほめてくれてもいいんじゃないだろうか、僕はきょう一日で妹と幼馴染二人の相手をした上に、あったこともない山田とやらの相手もしなければならないというのに。

 それにしても、珍しく先輩が遅い。

 先輩が早く来ていれば、先生の相手なんてしなくて済んだだろうに。一体どうしたのだろう。

 勝ち誇ったように僕を見つめている先生の意見はどうでもいいが、ともかく僕よりも先輩の事情をよく知っているだろう先生に僕は訊ねなければならない。


「それで、先輩はどうしたんですか?」

「ああ、クラス委員の仕事がどうだとか言っていたはずだが……それにしても遅いな」


 先生がそうつぶやいた後は、時計の音が鮮明に聞こえるほどに部室は静まり返っていた。とっくに始まっているグラウンドの野球部の練習も、これほど遠くては掛け声すらほとんど届かない。いや、むしろここまで届くほどの声が出ていないからこそ、万年初戦敗退なのかもしれないが、それこそ僕にとってはどうでもいいことだ。

 だが、こんな陽気な天気の下でよくスポーツなんてできるものだ。僕なら練習なんてそっちのけで、昼寝でもしたいと思うこと間違いなしだ。

 と、ようやく気持ち良い眠りにつけそうなタイミングで、部室のドアが勢いよく開いた。

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