第20話:真意
意志の強そうな瞳は、真相究明のためにあるかのようだ。つりあがった眉もあわせると一見攻撃的な雰囲気だが、年下の僕相手にも物腰は丁寧だ。
刊野日美。「伊佐神女子高生殺害事件」で知り合ったジャーナリストだ。
「どうしてこんなところに?」
「ゴールデンウィークで祖母の家に来ていたんですよ。この近くなんです。それで今朝からこの騒ぎじゃないですか。僕も人並みに野次馬心があるので」
刊野さんは目を細め、警戒の色を漂わせた。
そりゃそうだ。あまりに都合が良すぎる。
しかしすぐにふっと猜疑心をほどき、ため息をつく。振り返り、藤城家を肩越しに見やる。
「もうすぐご両親がテレビ局から帰ってくるのよ。……って言っても、かれこれ一時間以上待ってるんだけどね。いい加減、立ちっぱなしで足がくたくたよ」
もう今日は僕を追及する体力は残っていないらしい。きっとこの人も昨日からほとんど休んでいないのだろう。
せめてものお詫びに眠気防止のガムを差し出すと、弱弱しく受け取って口に放り込んだ。
「おい、来たぞっ!」
誰かが向こう側の道路の曲がり角を指す。タクシーがこちらの様子を窺うようにゆっくりと現れる。すぐさまシャッターを切る音が湧き上がる。
人ごみのやや手前でタクシーは停車し、現れたのは先ほどまでテレビ出演をしていた藤城家の両親だった。二人とも疲労の色を懸命に隠そうとしているが、姿勢が前かがみだ。
逆転サヨナラホームランを決めた選手を迎え入れるように、わっとマスコミが駆け寄っていく。刊野さんもそこに加わった。野次馬はそれを含めての見世物であるかのように、遠巻きで彼らを眺めていた。その隙に僕は門をくぐり、庭へ忍び込む。
マスコミを吸収して大きな塊となった父母は、矢継ぎ早に浴びせられる質問に一言ずつ返していく。この一日でずいぶん対応に慣れてきたたらしい。まるで卓球のラリーのようだ。
マスコミと野次馬を私有地というボーダーで切り離した父母は、玄関前まで不法侵入している僕を見つけて、目つきを険しくする。
「オマエ、勝手に入ってんじゃねえよ」
答えたのは父親の方だ。テレビの雰囲気とは正反対で、攻撃的な鋭く低い声だった。外壁に囲われ外からここの様子は見えなくなっているはずだ。
「質問をしたらすぐに帰ります」
ここに来た目的は、この二人にある質問をするためだ。どちらに訊こうか考えていなかったが、せっかくだから話しかけてくれた父親にしよう。僕は一歩進んで、真正面で対峙する。頭を少し上げて顔を捉え、ただ一言。
「ありすちゃんのこと、助けてくれますよね?」
父親が驚いたように目を見開く。いや、実際驚いているのだろう。隣の母親もびくんと体を震わせた。
「な、何を言って……」
「見捨てたりなんか、しませんよね?」
他人の心が透けて聞こえるのは、相手の顔を見ている場合に限る。マスクやサングラスを装着していても変わらない。対象が生身でなくとも、とにかく顔さえ視認できればいい。テレビ電話も可。ドラマや映画を観ると、俳優の「セリフを間違えてはいけない」という撮影当時の、緊迫した気持ちが言葉として伝わってくる。
つまり僕が心を読めなくなる条件は、相手の顔を見ないこと。たとえばテレビのインタビューでしゃべっている人の顔にモザイク加工がされていれば、真意はわからなくなる。
だから、気づけなかった。
「答えてください」
「あ……当たり前だろ」
「せっかくだから殺してもらおう、とか」
父親の瞳が大きく揺れる。僕から視線を逸らし、呼吸が乱れる。
「テレビ出演で小遣い稼ぎしよう、とか」
みるみる顔が青ざめていく。両手を膝につけ、中腰になる。
「落ち込んだフリをしてしばらく仕事を休みたい、とか」
「やめろ……!」
「娘が死んだら会社から見舞金が出るかもしれないとか!」
「黙れ!」
父親の咆哮が響く。そして僕の頬に鈍い音がした。
体勢がぐらつく。両足が地面から離れている。景色が斜めになる。ここでようやく殴られたのだということに気がついた。庭の外でマスコミが何事かと覗いている。
頬が熱い。鉄の味がする。まずはどうするべきだ? このままだと転んでしまう。だが足はもう宙に放り出されている。完全に不意打ちだったから受け身の体勢に間に合わない。頭からぶつかるんじゃないのか? 意識を失ってしまうかもしれない。大事になってしまったら、ミヤコさんに迷惑がかかってしまう。
頭部にふんわりとした感触がした。
頭上に刊野さんの顔があった。ものすごい眼力で父親を睨みつけていた。位置的に僕の頭が女性の特にやわらかい部分に当たっているのは想像に難くない。刊野さんは着やせするタイプらしい。
父親はばつが悪そうに、逃げるようにして母親と逃げていった。
二人は家の中へと消え、施錠の音がした。
「今の暴力事件を四ページの特集記事にしてあげようか?」
「見返りは?」
「伊佐神の事件について、ちょこっとお話を訊かせてもらえば」
「じゃあ結構です」
「だったら、あなたのおばあちゃんの家でお茶の一杯でも出してくれればいいわよ」
「祖母は先ほど引っ越しました。残念です」
「でも、これ、貸しだからね」
「倒れそうになったのを支えたくらいで、ずいぶん押しつけがましいですね」
「あたしのおっぱいを堪能した分の料金よ」
「だったら仕方がないですね」
せっかくなので、もう少しだけキャリアウーマンのバストを味わっておくことにした。
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