第19話:愛の断片

 監視係を一時的に編集さんにお願いして、僕はスタジオミヤコを出た。駅ナカのコンビニで多めにお金を下ろし、電車で乗換駅へと移動する。目的地はべらぼうに遠いわけではないが、新幹線を使うことにした。到着があまりに遅くなってしまうと帰りの電車がなくなってしまうし、あの人たちが寝てしまうかもしれない。


 そういえば今日は一度も食事をとっていなかったことを思い出し、駅のホームで弁当を買ってから新幹線に乗り込んだ。


 目的地は、藤城ありすの家だ。


 編集さんが住所を控えているか心配だったが、さすがに仕事として誘拐しているだけのことはあった。念のため家の電話番号もメモにしてもらった。


 僕が藤城ありすの家に行くと伝えると、ミヤコさんは当然その理由を尋ねてきた。誘拐犯がさらった子の家に行くなど言語道断だ。


 それでも「この誘拐を事件として成立させるためです」と答えると、それ以上は質問を重ねようとはしなかった。ミヤコさんも少なからずあの両親に違和感を持っている。そして僕は違和感の正体を知っている。



 ただ、信じることができなかった。


 一時期、僕の能力はただの被害妄想なんじゃないかと考えたことがある。相手の発言と本心が異なるのは、単に僕が他人を信用せず、悪い方向に捉えてしまうのだと。積み重なった妄想と、実際に聞こえる声との区別がつかなくなってしまったのだと。僕の頭がおかしくなっただけだと思いたかった。




 小学三年生の時、僕の所属するクラスで初めて「いじめ」というものに遭遇した。クラスメートの上履きが隠されたのだ。それはいたずらと呼べる程度のものだったのかもしれない。


 四時間目の体育が終わってからそれは発覚した。午後の授業を潰して皆で学校中を探したが、結局上履きは見つからなかった。


 クラスの誰もが見つかるなんて思っておらず、捜索開始から十分もする頃にはトイレの前や下駄箱で各々おしゃべりを始めていた。その中で、たまたま目に留まった三島みしまという男子から、二種類の声が届いた。


学校の外に捨てられたんじゃないの?すなばのなかにすてたんだから、みつからないよ


 僕は靴に履き替え、グラウンドの隅にある砂場へと向かった。一か所だけ不自然に砂が盛られている場所があり、それをほぐすと、中からマジックで落書きをされた上履きが現れた。


 帰りのホームルームで、若い女の担任は犯人に名乗り出るよう懇願した。ここで言い出せなければ放課後に先生に教えてください、と、涙交じりに訴えた。誰もがかったるそうな顔をしていた。


 それからというもの、三島は僕を見つけると真っ青な顔をして避けるようになった。




 弁当を胃に収め、ペットボトルのお茶を一口含んだ。窓の外はまだ明るいが、ほんのり空が橙に色づいている。出発した時は建物はオフィスビルばかりだったが、今は一戸建ての民家ばかりだ。田んぼはまだ泥水の色が目立っていて、黄色い穂をつけるのはまだまだ先のことだろう。


 ぼんやりと眺めているうちに、目的地に到着した。手書きの地図を頼りに十五分ほど歩いていると、とある民家の前でたむろしている人たちが目に入った。彼らの足元にはごちゃごちゃとした黒いケーブル。根元を辿るとうちのスタジオとはけた違いのごついカメラが三脚にでんと鎮座していた。さらにそのテレビ関係者を囲うようにして、近所の住人らしきラフな格好の中年男女が輪を作っている。皆そわそわと、きたる何かを待ち望んでいるようだ。


 その二重のサークルの内側、つまりマスコミの中に、見知った顔を発見する。声をかけるべきか逡巡したが、人の群れを突き破ってグレーのスーツ姿の女性の肩を叩いた。



「あら、あなた」

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