誘拐編
第12話:ハートの死
「この中から好きなカードを一枚選べ」
打ち合わせ用のデスクでミヤコさんと向かい合い、左から右へ流すように裏向きで並べられたトランプの波から一枚を抜き取る。手元に手繰り寄せ、僕だけが中身を確認。ハートの四だ。
「君らしいといえば君らしい選択だな」
透視でもしているかのようなしたり顔で僕を見据え、唇の端を少しだけ吊り上げる。
僕が種類を確認しているうちに、ミヤコさんは両手で器用に残りのトランプで二つの山札を作っていた。抜き取ったカードを片方の山札の上に置き、さらにそこにもう一つの山札を被せる。
「君がどのカードを選んだのか、ただ単に当てても面白くないだろう。それに私はマジシャンでもなければ妖術使いでもなく、しがないただの公務員だ。こんなくだらん子ども遊びで面食らった相手の顔を楽しむ趣味はない」
空いた手で銀髪の毛先をいじりながら言う。自分から誘っておいて。
せっかくのゴールデンウィークなのに、こんなところで僕は何をやっているのだろう。特に遊ぶ予定もなかったけれど。クラスメートは遊園地に行くだの、北海道で海鮮三昧だの自慢し合っていた。
今から五分前のこと。
スタジオミヤコで僕はいつものようにアルバイトに励んでいた。
映像制作会社の下請けの下請け。テレビの仕事にもデザイナーにも興味のない僕がなぜそんなところで働いているのかといえば、ここの局長に「スカウト」されたからだ。僕の、人間の心を読める異能を買われて。実際は人質を取られて勤務を強いられているだけなのだが。
でも一応アルバイト代は出る。ここは国営だから、おそらく税金からまかなわれているのだろう。
その局長であるミヤコさんは、簿記三級の僕に会計処理を押しつけて今日も読書ばかりしていた。まるで嫌がらせのごとく、至近距離で、だ。どうせならもっとちゃんとした事務を雇えよ。僕は受験を控えた高校三年生だぞ。
切れ長の瞳で読み込まれた本の登場人物たちは、もれなく中で斬殺されているに違いない。そのくせ服装は水玉模様の、薄紫色のふわふわパジャマで、同色のナイトキャップまで装着しているのだからギャップが甚だしい。編集さんは例によって外出中だ。
たまには文句の一つでも言ってやろうかと思い打ち合わせ用デスクを立つと、目が合った。
すると、無言のままミヤコさんはすたすたと僕の元へ寄ってきて向かいに腰かけた。そしておもむろに一組のトランプを取り出したのだ。
今日は漫画ではなく、マジックの本を読み漁っていたらしい。
そして僕らはこうして国民の血税を無駄にしながら向かい合っているのである。
「こういった子どもじみた遊びは道化にでもやらせておけば充分だ」
親指と人差し指で、ぱちんと鳴らす。
山札をひっくり返し表向きにして、少しずつスライドしていく。その真ん中辺りで、二枚のジョーカーに挟まれたカードがある。
それは僕が選んだ、ハートの四であった。
「……すごいですねー」
「棒読みにもほどがあるだろう」
ハートの死。
「いや、昔だったらもっと驚いているのかもしれませんが」
「せっかく昨日から一生懸命練習していたというのに」
合点がいった。だから仕事をしている僕の傍ら、これ見よがしに読書アピールしていたのか。ミヤコさんが読んでいた本の表紙には『チンパンジーでもできる! 初心者マジック集』とあった。
ミヤコさんに取られた人質は、僕自身。
僕の心は、このヒトにさらわれた。
驚きも感動も奪われた。
返却の条件は、このスタジオミヤコで働くこと。僕の、人間の心を読む力を情操教育のために、お国のために役立てる。下請けの下請けとして、犯罪を起こす。
そんなことがなぜ許されるのかと言えば、理由は二つある。一つはこのスタジオミヤコを造ったのはこの国であるということ。そしてもう一つは、彼女には国民、あるいは外国人を想定したこの国の法律が適用されないからだ。
僕にはこのヒトの心が読めない。
無感動に、無感情に、今日も働いている。
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