雪解け願ったアーカイブ

第20話 あの日

 嫌にうるさい放課後が続く。この耳障りな喧騒が始まったのは、一体いつからだろう。

 廊下を歩いているだけなのに、パチンコ屋の前でも通った気分だ。

 今年も残すところ一ヶ月を切った。師は走りはじめたばかりだというのに、外は薄く化粧をして俺を出迎える準備をしている。

 それを甘んじて受け入れようと校舎を出て、帰路に就く。

 門を抜け、坂を下る。シェイク状に融けた雪を踏みつけ、お世辞にも気持ちのいい音とは言えない足音を鳴らしながらしばらく進むと、薄雲の裏で怠けていた日が傾き始めた。

 コンビニ裏を抜ければ、街の賑やかさは息をひそめる。住宅街に入るとすぐ、数日前からイルミネーションの準備をしていた民家が見えた。木のてっぺんに据えられている星飾りは昨日までなかったので、どうやら一通りの装飾が完了したようだ。

 さすがに気が早いだろうと思っていたが、お天道様は都合を合わせてくれたらしい。雰囲気を演出するぞと意気込んで旅立った結晶たちは、降り立つと同時に力なく解けてゆく。なんと可哀想なことか。降る雪が全部、某製菓だったらいいのに。

(ちょっと待つか……)

 動画のコメントで知った、新しい占いを試してみよう。

 俺はしゃがんで、手のひらで弱い痛みを感じながら雪玉を二つ作った。水分を多く含んだそれを重ねると、強固になりすぎた鎧の雪だるまが出来上がる。形も歪で、出来損ないというほかない。

「雪占いだ」

 道路隅に据えて呟くと同時に、鎧は淡く光を散らした。日没に合わせてイルミネーションが起動したらしい。

 振り向いて顔を上げると、雪も蛍光色に姿を変えていた。低気圧は勢いを増したのか、その光を吹き飛ばすような突風が俺の横を駆け抜ける。

 はっとする。

 そうか、これだ。

 放課後に嫌な喧騒を感じるようになったのは、きっとあの日から。

 あんなに強靭そうだった雪だるまは弱く倒れ、頭とも半身とも定義できる球体は力なく転がっていく。

 雪だるまが破壊された場合、結果はどれに該当するのだろう。

「結果がいつも選択肢にあるとは限らない、か」

 お告げの得られない占いほど意味のないものはない。ついたため息は白いだろうか。もう視認できないくらいに、あたりは夜になっていた。

 そうか。

 こういうときに、あの擬音を使うのだ。「しとしと」でも「ひらひら」でもない。雪やあられにしか与えられない、特別な音。

 深い無音に思いを馳せていると、言葉がひとつ、口をついて出た。

「どんなに定められた幸せを求めたって、この氷解が叶うことはないのだろう」

 六月の文化祭以降、俺は部活に行っていない。


 *   *   *


 そこはまるで別世界だった。ひとたびドアを潜ると、声にならないような恐怖があたしを襲った。

 シルバーの貝殻を握りしめる。お姉ちゃんがあたしにくれた、お揃いのキーホルダーだ。

 ああ、本当に怖い。どうしてこんなことができるのだろう。

 その場から逃げ出したくなる。気づけば顔は涙でくしゃくしゃだった。

 耐えられない。

 余裕を失ったあたしは、醜いくらいにひた走った。

 長い、長い道を駆け抜ける。どれくらい逃げただろう。くらくらした頭をやっとの思いで持ち上げると、ようやく光が差しているのが見えた。

 それからの記憶は曖昧だ。

 気づけば、涙目のあたしは声をかすめて言っていた。

「ごめん千夏ちなつちゃん。もう、帰ろう……」

 心配する友人に、見せたこともないような顔を隠す気力もなかった。

【A=day】

 入り口に書いてあった文字を見て、唇を噛みしめる。あたしには無理だよ、お姉ちゃん。

 焼き付いた光景は、今だって脳裏から離れることはない。

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