第938話 終わった事とこれからの事

 イエル卿の両親がらみの一件は、割と簡単に片が付いた。というか、何であんな程度の事にぐだぐだしてたんだか。




「イエルって、陛下の事が大好きなのよ」


 イエル卿の問題が片付いた頃、コーニーが王都邸に遊びに来た。


 で、その際に今回の事を話題に出してみたんだけど、返答がこれ。


「……大好き? そんな風には見えないかったなー」


 何度か陛下と一緒にいるところを見た事あるけれど、いつもひょうひょうとした感じだったよ?


 そう言ったら、コーニーが綺麗に笑う。


「知られたくなかったみたい。でも学院生の頃から、大好きなのよ?」


 ええと、それは禁断の……とかじゃないよね? イエル卿は女性が大好きだったし、陛下もロア様にベタ惚れだ。


 私の態度で考えている事がわかったのか、コーニーがくすりと笑う。


「恋愛的な『好き』じゃないわ。人間的な『好き』なの」

「人間的……」

「で、イエルってば大好きな人には自分の弱みを見せたくない人なのよ。それが、好きって態度に表さない事にも繋がっているのね」


 イエル卿は陛下が好き。イエル卿は好きな人には弱みを見せたくない。だから、陛下に弱みを見せたくなかった?


 私が口にした内容に、コーニーが軽く頷く。


「そういう事。本当はあの異議申し立て書も、自分一人の力で解決したかったのよ。もっとも、ユーイン様とヴィル兄様に『何か隠している』って気づかれるあたり、イエルは詰めが甘いんだけど」


 奥様の評価は辛いねえ。イエル卿が聞いたら泣いちゃうんじゃない?


「前も言ったけれど、この程度の事では泣かないわよ」

「ああ、別の事で泣かすんだっけ。それはそうと、好きな人には弱みを見せたくないのなら、コーニーにも見せないの?」

「私の場合はそういうのを超越しているからいいの」


 さいでございますか。




 極西の様子が気になるところだけれど、カストルからの報告はまだない。調査に時間が掛かるのはわかっているので、任せておく。


 もう一つ任せっぱなしの案件がエキトークス。あちらはズーインとレネートに任せているので、きっとうまく行っているだろう。


 そう思っていたのに。


『人手が足りない!』


 通信の画面に映ったズーインは、目の下を真っ黒にしている。いやいやいや、人材は国内から求めなさいよ。


「恩赦が出された人達がいるでしょ? 使える人材、多いって聞いてるよ?」

『そうなんだが、そうじゃない。領主のなり手がいないんだ』

「領主?」


 詳しく聞くと、私が潰した西側の領主のなり手がいないらしい。


「でも、恩赦が出された人の中には元領主もいたよね?」

『……彼等は、もう領主などやりたくないと拒否しているんだ』


 何だそりゃ。よく聞いたら、領主の下で働くのはいいけれど、二度と責任者である領主という立場には立ちたくないそうだ。


 まあ、領主でいたからこそ投獄されていた人達だもんなあ。そう思っても、おかしくはないのか。


 でも、そうなると余所から領主を連れてくるって事になるんだけど。


「南や東、北の領主の身内に、西を任せられそうな人はいないの?」

『彼等にはあまり頼りたくないのが正直なところだ。血縁で繋がると、裏で結託される可能性が出てくる』


 そうなったらそうなったで、大本の家ごと潰すからいいんだけど。ズーインは心配性だなあ。


 とはいえ、それならネレイデスでも仮の領主として立たせるか?


『あまりいい手とは言えない。帝国内は今のところそれで落ち着いているが、人間味がないと言って薄気味悪く思っている連中も多いそうだ』


 失礼な話だな。人間味が薄かろうと、いい領政治をするのならそれでいいだろうが。


 だが、西の領民はこれまで虐げられてきたからか、少しの事でも気になるそうだ。そうなの?


『あまり言いたくないが、島に保護した事も大きいようだ』

「はあ?」

『あそこでの生活がよかったらしく、故郷とはいえいい思い出のない場所に戻ったのが苦痛らしくてな……』


 そういや、保護した人達は誰も元いた場所に戻りたがらなかったって話、報告されてたね。


 でも、島で働いていた連中なら、上の指示に背くとどうなるか、身に染みてわかってると思うんだけど。


 とはいえ、デュバル関連の場所が人手不足なのはいつもの事だ。これに関しては、ちょっと本腰入れて考えないとな。


「という訳で、もう少しだけ耐えて」

『……わかった。なるべく早く、対処してくれ』


 ズーインも疲れてるなあ。今度、疲労にいい食材でも差し入れするか。




 さて、人手不足である。デュバルも大々的に募集しているけれど、どうしてか応募してくる連中の九割は使えないと判断されるんだよなあ。


 いや、付き合いのある家から推薦されてくる人も後を絶たないんだけど、やはりどこも優秀な人材は外に出したくないらしい。


 どうでもいい人材や使えなさそうな人材ばかり押しつけようとしてくるんだよなあ。


 そして、そういう家に限って付き合いが薄いっていうね。


「そりゃあ、付き合いが長かったり濃かったりする家は、あんたの性格をよく知っているからでしょうよ」


 王都邸の執務室で愚痴ったら、リラに返された。反論出来ん。


「下手な人材を送ってあんたの怒りを買ったりしたら、家としてもたまったもんじゃないでしょ? だから、それがわかっているところは人材を出さないか、出してもいい人材しかよこさないのよ」


 ラビゼイ侯爵家しかり、ゾクバル侯爵家しかり。王家もそうだな。アスプザットやペイロンは近すぎて人材を出せないらしい。


 下手に出すと、外からデュバルを取り込もうとしていると陰口たたかれるんだって。


 いや、取り込むも何も、がっつり手を組んでいる家なんですが。


「何にしても、エキトークスの件もあるから、また人材募集をしないとね」


 リラも現状を把握しているからか、溜息交じりに呟いた。本当だよ、もう。


 うちだって、手をこまねいているばかりじゃない。ちゃんと領内での教育も施しているんだけど。


「早くうちの領民が使えるようになってほしい……」

「余所の領ならいざしらず、デュバルだと覚える事が多すぎて大変なのよ」


 それについては、何も言えない。面倒なシステムにしたの、私だから。


 でも! 覚えてしまえば効率的なはずなんだよ! 頑張って覚えてくれ!




 人手不足も問題だが、問題が起こったもう一つの方は何とか解決に向かっているようだ。


 エゲリア社の紀行新人賞である。


 大賞は、王都の近くに住んでいる人物が受賞し、他にも何人か受賞者が出た。例の放火犯も特別賞を受賞した。


 彼はポルックスの思考誘導がうまくいって、キュマードン子爵家長女の事はすっかり忘れたそうだ。


 彼女への想いは全て、創作への意欲に振り返られたらしい。いいのか? それで。いいのか……


 当然だが、どこだかのスパイは落選である。どうやら、ゴーストライターを使っていたらしい。


 どちらかというと、そのゴーストライターの方をスカウトしたいんだが。


「探しますか?」


 王都邸執務室で、ヘレネがにこやかに聞いてくる。


「探すって、何を?」


 リラに問いただされたヘレネは、焦っていた。


「え? あの、主様の捜しものを……」

「探し物? あんた、何かなくしたの?」


 リラの問いに、私は無言のままで首を横に振る。それだけで察するリラって、凄いよな。


「ヘレネ、あなた、この人の考えを読んだわね?」

「え? あの……あのお」

「考えを読むなと、言われたのをもう忘れたの?」

「わ、忘れてないですう」


 リラにじろりと睨まれて、ヘレネが涙目だ。忘れてないなら、わかっていて読んだって事だな?


「ヘレネ。私やリラの考えを読む癖は改めなさい。それと、スパイのゴーストライターを見つけられるなら見つけて。下手したら、辛い目に遭わされているかもしれないから」

「す、すぐに行って参りますうううううう!」


 ヘレネは叫びながら、執務室から飛び出していった。移動魔法を使わなかったのは褒めてあげよう。


「スパイを送り込んだ家の使用人かもしれないわよ?」

「ゴーストライターの事? 好待遇を受けているなら、そのままでいいよ。でも、待遇が悪いなら引き抜くのも手だなって思って」


 何せ最終選考に残る程の腕前だ。紀行という、新しいジャンルを根付かせる為にも、作家の数は多い方がいい。


 本がすぐに売れなくても、エゲリア社は私個人の完全出資の会社だから問題なし。


 書店も開店するって話だし、本棚はなるべく埋めたいよね。

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