第937話 悪戯の結果
王宮を歩いていると、視線を感じた。見られてる?
「この人数で歩いてるからかな?」
「多分違うと思うわよ?」
私の呟きに、コーニーが返してきた。じゃあ、何で注目を集めてるのさ。
ちらりとリラを見ると、視線が合った。
「リラはどう思う?」
「あんたが王宮を歩いてるから、注目されてるのよ。今度はどこの家が潰されるのか、賭けでも始まっているんじゃない?」
酷くね? 私が潰した訳じゃないのになー。最終的に取り潰す事を決めるのは、王家なのにー。
執務室に到着すると、既にコアド公爵とレイゼクス大公殿下の姿があった。朝からご苦労様です。
「よく来たな、侯爵。ネドン夫人とゾーセノット夫人も」
「ごきげんよう、陛下」
満面の笑みで言ったのに、何故三人共若干引いてるんでしょうねえ?
いつものように、執務机の前に設えられたソファセットに腰を下ろし、王宮付の侍女がお茶を出して下がった後に、お話し合い開始。
今回、私を中心に左にリラ、右にコーニーが座っている。旦那連中はそれぞれの後ろに立った。
話を進める役は私になっているので、にこやかに目の前のレオール陛下に聞いてみる。
「陛下、ネドン家に怪文書が持ち込まれた事はご存知でらっしゃいます?」
「怪文書? ……もしかして、昨日様子がおかしかったのは、それのせいか?」
陛下の視線が、イエル卿へ向かった。
「ええ、まあ」
何だ、陛下はイエル卿の様子がおかしかったの、知ってたんだ。
考えてみたら、当然かも。昨日イエル卿を我が家に連れて帰ったのは、ユーインとヴィル様だ。二人が気づくような事に、陛下やコアド公爵が気づかない訳がない。
「それで? 怪文書とやらの内容と、それを書いた犯人はわかっているのか?」
「まあ、そうですね。これです」
イエル卿が懐から取り出した一通の封書を、コアド公爵に渡す。公爵が中身を確認してから陛下に渡すんだろうけれど、中身を見たコアド公爵が噴き出したよ。
「ルメス? お前が噴き出すとは珍しいな。一体、何が書いてあるんだ?」
「いえ……書類の体裁としては、ありふれたものですよ。どうぞ」
コアド公爵の言葉に、思わず頷く。確かに、見た目だけは整ってるからね、あの異議申し立て書。
コアド公爵から手渡された書類に目を通したレオール陛下は、噴き出しはしなかったけれど変な声を出した。
「はあ!? 何だこれは?」
「怪文書ですよ、陛下」
笑顔で言い切る私に、陛下が何とも言えない表情をする。まあ、権限のない相手からの異議申し立て書なんて無駄なものを見せられたら、そういう表情にもなりますよねー。
しかも、それを持ち込んだのがご自身の側近で、私という付き添い付き。
これでこの先の展開を予想しない陛下ではないでしょう。
「……それで? 侯爵はこれをどうしてほしいんだ?」
「それ、イエル卿に直接手渡ししたそうなんです」
「手渡し? ……嫌がらせか? それにしては、手が込んでいるが」
すぐにそこに思い至る陛下は、さすがですねえ。
では、もうちょっと後押しを。
「あわてんぼうのセビュエット伯爵は、王宮ではなくイエル卿にその書類を手渡してしまいました。ですので、私達の手で王宮へ提出して差し上げようかと」
親切心から動いたんですよー……という体を装おうと思ったんだけど、このメンツの前では無理でしたー。
「侯爵、これをどうしたいんだ?」
陛下は、手にした異議申し立て書をひらひらとさせる。
「先程申し上げましたよ? 王宮に、正式に、提出したいんです」
だって、セビュエット伯爵が折角用意した申し立て書ですからー。
ここに来て、やっと今回の流れが読めたらしい陛下が、溜息を吐いた。
「つまり、この嫌がらせの為に作られた申し立て書を王宮に提出して、公の処罰をセビュエット伯爵家に与えろと?」
さすがです、陛下。満面の笑みで頷くと、何故か陛下が重い溜息を吐いた。幸せ、逃げちゃいますよ?
そんな陛下とは対照的に、コアド侯爵はにこやかだ。でも、彼の口から出てくる言葉は、表情とは真逆のものだけど。
「セビュエット伯爵家は、イエル卿の母君の実家ですね。潰していいんですか?」
問いは、イエル卿に対してだ。既にネドン伯爵家から放逐されたも同然の両親は、母親の実家以外身を寄せるところがない。
この事でセビュエット伯爵家が潰れれば、イエル卿の両親は路頭に迷うだろう。それでいいのかという確認だね。
でも、その確認はとっくに終わっている。
「構いませんよ。ただ、家だけは残した方が無難かもしれません。あんなんでも、中立派の伯爵家なんで」
男爵家や子爵家に比べると、やっぱり伯爵家って大きい家に分類されるからね。簡単には潰せないんだよなあ。
分家やら一門やらがいるから、本家を潰すと困る家がたくさんあるんだよね。
それは、コアド公爵もわかっている。
「そうですね……次の当主の当てはありますか?」
「母の従兄弟が分家にいます。母とその弟に比べると、大分まっとうな人間なので問題ないかと」
コアド公爵からの問いに、イエル卿はよどみなく答えた。最初っからそこを落とし所に考えていたな?
ただ、あの怪文書? について、どう扱えばいいかわからなくなってただけなのかもね。あんなの、とっとと上司に投げちゃえばいいのにさー。
イエル卿からの返答を聞いて、コアド公爵が頷く。
「なるほど。まあ、セビュエット家の今後は、あの家で考えてもらうのも手でしょう。またろくでもない当主を担ぐのであれば、その時こそ……」
コアド公爵、そこでにやりと黒い笑みを浮かべるの、やめてくださる? マジで怖いわ。
その後、国のトップに手渡しという形で提出された異議申し立て書は最速で却下を食らい、「こんな馬鹿な書類提出してんじゃねえぞ! 当然、罰はくらってもらうからな!」ってお叱りを王宮からもらったそうだ。セビュエット伯爵家が。
そこに、イエル卿から正式な抗議文書が舞い込んだからさあ大変。抗議文書は正当なもので、「こんなもの(異議申し立て書)を王宮に出されてまことに遺憾である」という内容になっている。
提出したのはイエル卿本人だけどー。でも、書類を作成したのはセビュエット伯爵家の当主なので、問題ないでしょ。
これに慌てたのがセビュエット伯爵家一門だ。
『どういう事だ!?』
『何故ネドン伯爵家の爵位継承に、セビュエット伯爵家が口を出したんだ!』
『大方、ルヨントがナーイラにでも泣きつかれたんだろう。昔から姉にべったりだったからな!』
ただいま、王都邸の執務室にてセビュエット伯爵家での会議の様子をのぞき見している。
のぞき見というには、大型スクリーンを使って堂々としてるけれど。
「ルヨントとナーイラって、誰?」
私の質問に、ヘレネが答える。
「ルヨントは現在のセビュエット伯爵家当主の名です。ナーイラは、ネドン伯爵の母君の名ですよ」
なるほど。じゃあ、画面の中で周囲から詰め寄られている中年男女がその二人か。
そのルヨント卿は、姉である先代ネドン伯爵夫人ナーイラを背にかばっている。先代ネドン伯爵はいないのかな?
まあ、これはセビュエット伯爵家の家内会議のようだから、「外部」の人間は排除しているのかも。
分家当主に詰め寄られたルヨント卿は、涙目で言い訳をしている。
『ち、違う! 王宮に出してなんかいないんだ!』
『なら、どうして王宮からこんな手紙が届くんだ! しかも、分家である我々の死絵全てにだぞ! 本家に送ったらお前に握りつぶされると、王宮が判断したからだろうが!』
伯爵家当主を叱り飛ばしている老齢の男性は、分家当主らしい。にしても、陛下、分家当主全員に今回の「ゴルァアア!」手紙を送ったんか。
理由は、分家当主が言っている通りなんだろうなあ。
とはいえ、ルヨント卿の言葉は嘘じゃない。彼自身が王宮に提出した訳じゃないし。
ただ、イエル卿に体裁を整えた書類を手渡ししたのは本当。その時点で、ルヨント卿の命運は決まっていたのかも。
そのルヨント卿は、詰め寄られた恐怖から全てを口にしてしまった。
『ほ、本当に大事にするつもりはなかったんだよおおお! ちょっと、イエルを困らせようとしただけで……』
『そんな馬鹿な事をしたのか! この阿呆! 伯爵家当主ともあろう者が、何をやっている! その座は貴様のおもちゃではないのだぞ!!』
『ひいいいい』
情けない声を上げて、ルヨント卿は泣き出している。その隣で、イエル卿の母親も泣いてるみたい。
いや、泣いたって何も解決しませんが?
結局、イエル卿やコアド公爵の目論見通り、その場でルヨント卿は当主の座から追われ、一番彼を追い詰めていた分家の嫡男が本家当主になる事が決まった。彼が、「大分まっとう」な母親の従兄弟か。
ルヨント卿は縁の修道院に入る事になり、彼の妻子(いたんだ!?)は離縁して実家に帰る事になった。
前ネドン伯爵夫妻は、その場で放逐が決定。とはいえ、野垂れ死にされても寝覚めが悪いという事で、縁もゆかりもない修道院に平民として入れる事になったらしい。
あ、ルヨント卿も平民待遇で入るんだってさ。貴族の血筋とはいえ、平民待遇で修道院に入るのはかなり厳しいんだと。
何せ、貴族なら金に飽かせて色々好待遇を受けられるけれど、平民だと普通に祈りと労働の日々だからね。
慣れない労働は、彼等の心身を痛めつけるだろう。前ネドン伯爵夫妻はまだしも、ルヨント卿……もうその呼び名も相応しくないか。
平民ルヨントは、ちょっとしたいたずら心がこの結果を招いた訳だから、後悔しきりだと思う。
でも、世の中には「やってはいけない事」ってのがあるんだよ。それをやったら、一発で自分の持っている全てを取り上げられる程の事が。
彼は、それをやってしまった。その見極めが出来なかったのが、ルヨントの罪かもね。
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