第939話 おねだり

 エゲリア社の新しい新人賞の一件が落ち着いた頃、意外な人物が王都邸を訪れた。ペイロンからデュバルに出向中のロイド兄ちゃんである。


「ロイド兄ちゃんが王都に来るなんて珍しい」


 一応、正式な訪問って形なので客間での対応だ。私の目の前に座るロイド兄ちゃんは、何やら赤くなってもじもじしている。


「ああ、その……ツイーニアの実家に挨拶に行ってて……」


 ほほう。とうとう「嬢」が取れたねえ。にやにやしてたら、隣に座るリラに後頭部を叩かれた。痛い。


 そのリラは、にこやかに話を進める。


「リューザー伯爵家へのご挨拶のついでに、こちらに? ツイーニア嬢はそのままご実家かしら?」

「ああ。いや……その、それもあるんだけど……レラ! いや、ご当主! あえてこう呼ばせてもらう!」

「はい」


 居住まいを正したロイド兄ちゃんがいきなり頭を下げた。


「頼む! 俺を……いや、私をデュバルの家臣にしてもらえないだろうか!?」

「はい?」




 今更だが、ロイド兄ちゃんはペイロン伯爵家の分家筆頭、クインレット子爵家の嫡男だ。だからこそ、ツイーニア嬢との結婚も許された面がある。


 いくら色々あった人とはいえ、ツイーニア嬢はれっきとした伯爵令嬢。うちで働いてはいるけれど、一度結婚したヤールシオール達とは違って実家にまだ籍がある。


 そんな彼女は、いくらお互いに思い合ったとしても平民との結婚はまず出来ない。ある意味、ロイド兄ちゃんは子爵家の息子でよかったねって話。


 なのに、その実家を捨ててうちの家臣になる?


 確かに、うちは領地が広がっているので、子爵家までなら自分の家で勝手に任命して問題なし。この場合は自領を分割するので、王家の承諾がいらないんだ。


 本当は分家を作る時とかに使われる手なんだけど、別に血が繋がってなくても使える。分割可能な領地がある事が、前提になるけれど。


 なので、ロイド兄ちゃんに男爵家なり子爵家なりを与えても問題はないんだけど。そして、その場合は形としてペイロンと実家との縁を切ってもらう事になる。


 ロイド兄ちゃんも、それはわかっていて言ってるんだと思う。


 ただ、何がどうしてそうなったのかがわからなんのだが。何も返せずにいたら、ロイド兄ちゃんがそろそろと下げていた頭を上げる。


「その……駄目だろうか?」

「ロイド様、まずは理由をお聞かせ願えますか?」


 使い物にならなくなった私の代わりに、リラが話を進めてくれた。


「その……発端はデュバルを知ったからなんだ」


 ロイド兄ちゃんは、そこから自分が体験したデュバルとペイロンとの差をあれこれ上げていく。


 戦わなくても評価される制度、腕っ節だけが全てではない価値観。何より、女性の活躍が大きい。


「ジルベイラを見ていても思うよ。彼女はペイロンにいたら、あんなにのびのびと仕事を出来ていなかったんじゃないか?」

「そうだね。それは私もそう思う」


 それもあって、うちに来てもらったんだから。一番の理由は、彼女の能力の高さ故だけれど。


 それだって、ペイロンでは正当な評価を得られていなかった。


「デュバルに来て、事務やその他、戦う事以外の大切さを思い知ったよ。いや、ペイロンにいた頃も、本当は色々な人に助けられていたんだ。でも、それを俺は理解出来ていなかった」


 一応、各家庭で教育はされてるはずなんだけどねー。それでも、最終的に戦う能力が評価されてしまうのがあの土地だ。


 ある意味、仕方のない事ではあるんだけどさー。魔の森が側にある以上、戦えないものは一人前とは認められないから。


「俺はペイロンの生まれだから、そういう考え方に馴染んでる。でも、彼女は違うだろう? 王都の生まれ育ちで、デュバルで楽しく過ごしている人だ。彼女をペイロンに連れていったら、生きづらくなるんじゃないかって」


 ロイド兄ちゃんの言葉に、リラと顔を見合わせた。


 正直、ロイド兄ちゃんの懸念はよくわかるんだ。私もペイロンで育ったから。その分、ペイロンとデュバルの差は肌で感じる。


 それを理解出来ないでいるリラが、私に聞いてきた。


「ロイド様のご実家は子爵家で、結婚したらツイーニア嬢は子爵夫人でしょ? そこまで戦う力を求められるもの?」

「いや、分家筆頭だからこそ、ある意味力は必要なんだよ」


 リラの疑問はもっともかもしれないけれど、それが通用しないのがペイロンだ。


 実際、ロイド兄ちゃんの母であるクインレットのおばちゃんも、実は剣を手に戦う女性なんだよね。本家のお嬢様だったシーラ様も戦う人だし。


 今までその辺りの問題を口にしなかったのは、ロイド兄ちゃんの願いが叶うとは思ってなか……げふんげふん。いや、正直無理だと思ってたんだよ。だから、ペイロンの事情をすっかり忘れていたって面もある。


 ともかく、このままツイーニア嬢をペイロンに連れてかえってロイド兄ちゃんと結婚は、確かに危ういかも。


「ロイド兄ちゃん、うちの家臣になるのはいいけれど、アロメートのおっちゃんには話は通したの?」

「もちろんだ。先月実家に帰って、親父と弟と殴り合って俺の主張を呑み込ませた」

「はい?」


 驚いているのは、リラだけ。ペイロンでは自分の主張を通す際、戦うのはよくある事だ。


 現在の子爵家当主であるアロメートのおっちゃんとやり合うのはもちろん、嫡男を代わってもらう弟と殴り合うのも当然。


 どちらにも、ちゃんと勝利したようだし。


 無言で頷いていたら、隣のリラから微妙な視線が来る。


「いや、ペイロンでは当たり前の事だから」

「私には、一生ペイロンは理解出来そうにないわ……」


 えー? 単純なのになー。




 とりあえず、デュバルに居残り出来るようルイ兄とも調整すると約束して、ロイド兄ちゃんは王都邸を後にした。


 どこに滞在しているのかと思ったら、学院時代の友人の邸だってさ。


「このままうちに泊まればいいのに」

「公私を分けたんでしょ。いい事だと思うわ」


 ぼやく私に、リラが返す。ロイド兄ちゃんはこの先うちの家臣……というか、陪臣というか一門の一人になるんだから、本家との線引きは大事だと言うのがリラの意見。


 それはわかってるんだけどさー。


「それはともかく、ロイド様をどこに配置するか考えたら? いっそ、大きめ飛び地を任せる?」


 リラのアイデアも魅力的だな。何せうちには王家に押しつけられた飛び地がたくさんある。


 中には男爵か子爵領相当のものもあるし、何なら本当に元子爵領のアーカー地区とかもあるしな。


 それ以外だと……


「あ!」

「何? 急に」

「ロイド兄ちゃん! 西の領地にどうかな!?」

「はあ? 西……まさか、エキトークスの西側領地!?」

「そう!」


 これだけで話が通じるリラが好き!


 当人は、何やら考えこんでいる。


「確かに、西側の一地方を任せるのにいい人材とは思うけれど」

「一地方じゃなく、西側全部だよ」

「はあ!? あんた、今度はロイド様を過労死させる気か!!」


 凄い勢いで食ってかかられた。リラが酷い。


「いやいや、西側の各地方をまとめるのは恩赦を出したエキトークスの元領主を使うよ。彼等をまとめる立場に、ロイド兄ちゃんを置こうと思って」

「それなら……あり、かも?」


 リラの様子がまだ渋い。そんな、ロイド兄ちゃんを使い潰すような事はしないよ。


 大体、ロイド兄ちゃんは頑丈だし。


「リラ、大丈夫だよ。ロイド兄ちゃんの体力は底なしなんだから。体力だけなら、ヴィル様よりも上だよ?」

「そういう問題じゃないって、わかってるよね?」


 ええと、何かごめんなさい。




 エキトークスの西側は、実は領地としては狭い。一番広いのは南で、シイトバイド伯爵領ともう一つ隣り合った領地を足した総面積と西側領地の総面積が同じくらいだそう。


「そういう意味では、ロイド兄ちゃんを西側総括として伯爵位か辺境伯くらいの立場で置けば、極西への睨みにもなるんじゃね?」

「うーむ。確かに。ただ、西側各地はこれから開墾出来る場所が多いじゃない。それらを全て開墾したら、南の六つの領地全てとどっこいの広さよ?」


 そうなんだよなあ。西側って、今までの領主が怠慢だったのか、うっそうと茂る森が多くある地域だ。


 しかも大きな木ばかりで、いい木材になるかも。その分、全て人力で開墾しようとするともの凄く大変なのだ。


 でも、デュバルには魔道具があるし魔法もある。ロイド兄ちゃんはいまいち魔法が下手だけれど、実はツイーニア嬢が魔法が得意なんだって。


 ただ、得意といってもオーゼリアじゃあ埋もれる程度の才能だから、特段口にする事はなかったそうだ。


「まあ、ロイド兄ちゃんとツイーニア嬢だけを送り込む訳じゃないからね」


 最低でもオケアニスは同行させるし、ネレイデスも手伝いに出す。それに、オーゼリアの中でも移住を考えている人がいたら、送り込もうと思っているんだ。


 魔法技術に慣れた人の方が、魔道具は使いやすいだろうから。

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