第795話 WHO,WHY,HOW

 これでも、オーゼリアでは侯爵の地位をもらっているので、勝手に国外に出てはいけないのではないか。


 その辺りをヴィル様に証言してもらおうと思ったら、意外な返答がきた。


「レラが国外に出るのに、陛下の許可は必要ないぞ?」

「え? そうなんですか・」


 びっくり。てっきり、許可がなきゃ国外に出ちゃ駄目って言われるかと思ったのに。


 そう伝えたら、ヴィル様に呆れられた。


「何を今更な事を。散々クルーズ船でフロトマーロに行ってるだろうが」

「あ」

「それに、他の貴族も同様だ。船や鉄道で国外に出る機会が増えている。その辺りの手続きをどうするか、今王宮で話し合っている最中だ」


 ああ、出国手続きとかか。ガルノバンはアンドン陛下が転生者だからか、その辺りはきっちりしている。


 明文化されていないのは、オーゼリアの方なんだよね……


 意外な結果に唸っていると、ヴィル様が訝しげに聞いてきた。


「それにしても、急にそんな事を聞いてくるなんて、どうしたんだ?」


 アンドン陛下に、面倒ごとを持ち込まれましたって、言っていいのかな。




 結局ヴィル様にアンドン陛下からの依頼を話したら、あっという間にギンゼール王城内にて会食の予定が組まれた。素早い。


 出席者はアンドン陛下とヴィル様夫妻、ロクス様夫妻


「アンドン陛下。レラに何やら頼み事をしたそうですね」

「ああ。こっちはほとほとお手上げでね。侯爵の力を借りたい」

「何があったか、聞かせてほしいのですが」


 ヴィル様の質問に、アンドン陛下が言いよどむ。本当に、何があるっていうのさ。


 ワインで口を湿らせた後、アンドン陛下が説明した。


「これは、ある意味侯爵にも関係がある話なんだ」

「どういう事ですか?」

「ハリンドン侯爵令嬢を覚えているか?」


 ハリンドン? 聞き覚えはあるんだけど、誰だっけ?


 首を傾げていたら、リラが軽く手を挙げた。


「発言をお許しください」

「許す」

「ハリンドン侯爵令嬢というと、タシェミナ様の毒殺未遂事件の黒幕だった方ですよね?」


 あ! あれか! 彼女も転生者で、この世界を描いたラノベを知っていた人。ユーインを狙っていて、原作をねじ曲げようとしたんだった。


 でも、元から原作からは離れてしまっていて、もうラノベのストーリー通りには戻せない。何せ、チェリと結婚して新しい公爵家を興すはずだった三男坊は、ガルノバンに婿に出されたんだし。


 そのチェリはロクス様と結婚して、娘ではなく息子を生んでいる。ラノベでは、チェリが生むのは娘だったのだ。まあ、これから娘も生まれるかもしれないけれど。


 ともかく、黒幕だという事がわかったハリンドン侯爵令嬢は、精神を病んでいると見なされ、修道院行きになったはず。


 その恩情とも言える処分にハリンドン家はいたく感じ入り、令嬢の父親が当主を退き、その弟が当主の座に就くと共に、王家に忠誠を誓ったはず。


 そのハリンドン侯爵令嬢が、どうしたというのか。


「また何か、仕出かしたとかですか?」


 私の言葉に、アンドン陛下が苦く笑う。視界の端で、ヴィル様が渋い顔をしていた。いや、この場で取り繕っても意味ないし。


 アンドン陛下の返答を待っていると、思ってもいなかった言葉が出て来た。


「ハリンドン侯爵令嬢が死んだ」

「え?」

「しかも、修道院の裏手にある谷底で死体が見つかったんだ」


 室内が、しんと静まりかえる。修道院に入っていたはずの令嬢が、抜け出して裏手にある谷に落ちたと?


 ヴィル様が、低い声で確認する。


「アンドン陛下、ハリンドン侯爵令嬢の死因は、転落死ですか?」

「状況から見て、そうだろうという話だ。切り傷はないし、毒の反応もなかった」


 アンドン陛下は、一度言葉を切って私を見た。


「侯爵にやってほしいのは、令嬢がどうして谷底で死んでいたのか、その解明だ」


 それは……


「私ではなくて、専門の人がやった方がいいのでは?」


 警察とか、探偵とか。いや、ガルノバンにそういう職業の人がいるかどうかは知らないけれど。


 少なくとも、他国の侯爵に依頼する内容じゃないと思うよ?


 でも、アンドン陛下は譲らない。


「正直言うと、本当にどうやってあの娘が谷底に落ちたのか、見当も付かないんだ。俺としては、魔法が使われているんじゃないかと思っている」


 魔法。でも、ガルノバンには魔法が使える人がいない。


 いや、一人いた。三男坊だ。彼はオーゼリアの王族だし、学院では私と一緒に総合魔法を選択していた。しかも、成績がよかったんだ。


 ガルノバンで魔法を使い人が殺せるとなると、確かに三男坊くらいしか思い当たらない。


 だから、私か。


「犯人も、探せれば探してほしい。ただ、その結果次第では」

「オーゼリアの国王陛下と、相談が必要って事ですね」

「話が早くて助かる」


 もし、本当に三男坊がハリンドン侯爵令嬢を殺していたのなら、おそらく三男坊はガルノバンで死を賜るだろう。レオール陛下は、そういう事を許す人じゃない。


 とはいえ、まだ三男坊が犯人に決まった訳じゃないしね。何より、彼にはハリンドン侯爵令嬢をわざわざ殺す理由がない。


 黙り込む私に、アンドン陛下が確認してきた。


「どうだ? 引き受けてくれるか?」

「……わかりました」

「そうか! 助かる!」


 さすがに、三男坊が容疑者になっているんじゃ、行かないって手はない。


 それにしても、どうしてハリンドン侯爵令嬢は殺されたんだろう。




 ギンゼールから出る列車には、私とユーイン、リラ、ヴィル様、そしてアンドン陛下と正妃様が乗車した。


 別の列車には、ロクス様とチェリ、それから今回一緒に来た随行員が乗ってオーゼリアへ帰る。私達は、ギンゼールからガルノバンへ行くのだ。


「じゃあな、ロクス。手紙、頼んだぞ」

「任せて、兄上。……気を付けて」

「ああ」


 アスプザット兄弟は、短く挨拶を交わしている。ロクス様に、レオール陛下への手紙を言付けたのだ。


 それと、随行員の先導……というか、ぶっちゃけ彼等を連れて帰ってもらう役目を押しつけた。すみません、ロクス様。恨むならアンドン陛下を恨んでください。


「侯爵、何やら嫌な感じがしたんだが?」

「えー? 気のせいですよー」


 変なところで鋭いね、アンドン陛下。




 ギンゼールからガルノバンまでは、数時間の距離だ。とはいえ、それはガルノバンに入るまでの時間。


 そこから王都まではそれなり時間が掛かるし、本来なら乗り換えが必要となる。


 でも、そこはオーナー特権。線路の切り替えで乗り換えなし、そのままガルノバン王都へ向かう。


「楽だよなあ、これ」

「ハリンドン侯爵令嬢が入っていた修道院って、どの辺りなんですか?」

「王都から見て、北西に行ったところだ」


 海岸線近くの、崖の上に建っているという。そんな立地だから、修道院から逃げ出した人もいないんだとか。


 崖の下には、深い谷。昔、まだ川がそこを流れていた時に出来たものらしい。今は流れが変わって、修道院からはかなり遠くを流れているそうだ。


「じゃあ、谷の下に水はないんですか?」

「ああ。おかげで、死体の損壊が激しかったってよ」


 谷はV字に深く、岩や地肌が剥き出し状態。そこを転げ落ちたなら、そりゃあ酷くもなるだろう。


 とはいえ、今は死体の状態が問題なのではない。


 問題は、誰が、何故、どうやって彼女を殺したか。立派な推理小説になりそうだね。


 そして、笑えない話として、容疑者には我が国の元第三王子の名前が挙がっている。


 実際に彼女を殺したのが三男坊じゃなくても、名前が挙がった時点で大問題なんだってさ。


 何せ、三男坊はオーゼリアにいた時、既にやらかしている。今回は二回目という事になる訳だ。


 正直、容疑者として名前が出た時点で、普通ならオーゼリアに突き返されてもおかしくないってよ。


 でも、彼をこの国に留めているのは、子供が生まれているからだ。子の父親を、はっきりしない罪で故国へ送り返す訳にもいかないそう。


「三男坊も、災難だなあ」


 つい愚痴を言ったら、アンドン陛下が聞いていた。やべ。まだ側にいたんだ。


「三男坊って。そう呼んでたのか? 確かに、シイニールは第三王子だけどさ」

「いや、一応、心の中ででは……ですね」


 嘘でーす。シーラ様の前でも度々言ってましたー。でも、本人の前で言った事はない……はず。


 アンドン陛下と話している間に、列車はガルノバン王都に到着した。


「ここからは、車だな。あそこまで、鉄道は伸びてないから」


 ガルノバン国内も、まだまだ鉄道を延伸していきたいところ。全てはズーインの手腕に掛かっているかも。あ、彼が担当しているのは、ギンゼールだけか。

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家を追い出されましたが、元気に暮らしています~チートな魔法と前世知識で快適便利なセカンドライフ!~(旧題 家を追い出されましたが、元気に暮らしています) 斎木リコ @schmalbaum

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