第794話 新しい時代の幕開け

 即位式は厳かに行われた。王城の大広間にて、厳選された参加者の前での宣誓だ。この辺り、オーゼリアのそれと似ている。


「我、クーデンエール・オノア・シトヤーシル・ギンゼリアは、民を助け、民を救い、母なる国土を護る。またこれを脅かす者には鉄槌を下し、悔い改める者は受け入れるだろう」


 言い回しは独特だけれど、国と民を護っていきますっていう内容だな。


 その他にも始祖を敬い、この先もギンゼールという国が栄えていくようにすると宣言し、即位式は終了。


 この後は、大聖堂にて戴冠式である。


 即位式の様子も戴冠式の様子も、全てカストルが映像に収めている。かなりの台数、ドローンカメラを投入していると言っていたけれど、カメラ、見当たらないね。


『ステルスで稼働させています』


 ……まあ、カメラがあちこちにあったら、式に集中出来ないもんな。いい事だと思っておこう。


 ギンゼールの戴冠式には、この時にしか使わない王冠を被るそう。宝石産出量が多いギンゼールらしく、大粒の宝石がたくさんあしらわれていた。


 中央に燦然と輝くのは、大粒ダイヤだな。あれ、私の親指の先より大きいんですが。何カラットあるんだろう。


 そういや、一番最初にギンゼールに行って帰ってきた時、オーゼリア王家へのお土産として預かったココーシュニクタイプの髪飾りに使われていたダイヤも、相当大きかったっけ。


 まあ、それを言ったら私がもらったダイヤ達も大粒だったけどな。あれ、内乱首謀者であるヤボック公爵家に伝わる、家宝の宝石類だったはず。


 それらを根こそぎもらってしまったよ。しかも、ヤボック家が所持していた鉱山ももらったしなあ。


 あの時、私は殆ど催眠光線しか使ってなかったんだが。凄くね? 催眠光線。




 即位式、戴冠式と無事に終わり、一休みしてから祝賀会である。


「無事終わってよかったわー」


 思わず本音が漏れ出た。


「本当にね。この国に来ると、何かしらあるから緊張したわ」

「それな」


 とはいえ、これから行われる祝賀会には、酒も料理も出る訳だ。毒は入れ放題だね。


 とはいえ、給仕にオケアニスを配置しているので、たとえ毒を入れられても、瞬時に排除しますが。


 海水を真水にする術式の応用で、飲み物に入れられた異物を除去する術式はあるのだよ。液体でも除去可能でーす。便利だよな。


 現在、私とリラ、それとチェリ、私達のそれぞれの旦那達は一緒の部屋で休憩中だ。


 祝賀会に料理が出るとはいえ、立食形式だとほぼ食べられない。ので、先に軽く腹ごしらえをしておこうという事になった。


「ん、これ美味しいねえ」

「そうでしょう? うちの総料理長、腕がいいんですよー」


 ロクス様が美味しいと言ったのは、エビにパスタの衣を付けてあげたもの。衣がパリパリとして面白い食感だ。


 今食べているのは、デュバルで作って亜空間収納に入れてきた料理。いつでもどこでも出来たてが食べられるのだ。


「あまり食べ過ぎるなよ、ロクス」

「兄上は相変わらず固いなあ。大丈夫だよ」

「お前は気を抜きすぎだ」


 兄弟の言い合いも、何だか久しぶりに感じる。ここしばらく、ロクス様と一緒に行動する事って、なかったからなあ。


 ロクス様はアスプザットの領地経営の仕事があるし、何よりチェリとの間に生まれたリヴァン君の育児もある。忙しいんだよね。


 決してユーインやヴィル様が暇な訳ではない。ただ、私に振り回されて国内外をあちこち移動する事も多いからなー。


 実は今回の戴冠式、ガルノバンからアンドン陛下も来ていた。姿は見かけたけれど、話す機会がなかったから、そのまま。


 アンドン陛下の事だから、周囲を振り切ってでもこちらに来るかと思ったけれど。


「何?」

「何でもない」


 首を傾げるリラを見つつ、もしかしたら正妃様とリラの間で結ばれた約束が効果を発揮しているのかもと思ってみたり。


 アポなしでデュバルに来たら、温泉街への出禁が待ってるという。アンドン陛下にとっても、デュバルの温泉街は懐かしさを感じる場所だろうから、出禁にはなりたくないのだろう。


 もしくは、今回くらいちゃんと王様してるとか?


「そういえば、アンドン陛下の姿もあったわね」


 おっと、リラがこちらの考えを読んだような発言をしてきた。


「伯父様、今回はおとなしくなさっているみたい」


 チェリが容赦ないです。ガルノバンにいた頃から、アンドン陛下の破天荒さに振り回される事も多かったのかも。


 でも、あの妹さんであるチェリママが付いていたら、怖いものなしだよな。何せ姉君様とチェリママの口喧嘩からは、アンドン陛下も逃げ出してたくらいだし。


 この後の祝賀会では、向こうから来るかも?




 祝賀会は、式に比べると大分砕けた印象だ。新女王となったクーデンエール陛下も、姉君と一緒に歓談中である。


 端の方ではへべれけになったベデービヒの爺さんの姿が。あの人、一応侯爵のはずなんだけど。いいのか? あれで。


 こちらも壁際で会場を眺めていたら、近寄ってきた影がある。


「よお」

「ご無沙汰いたしております。アンドン陛下」

「もうちっと砕けようや。デュバルのにそう堅苦しい言い方されると、背筋が寒くなる」


 どういう言い草だ。


「まあ、困りますわ陛下。ここは、ギンゼール。オーゼリアでもガルノバンでもないのですから」


 どちらかの国なら、最悪もみ消す事も可能だけれど、ギンゼールだとそうもいかんのよ。なので、体裁くらいは整えておいてくれませんかねえ?


「あー、わかったよ。お前さんに無理強いすっと、うちの可愛い姪っ子と、隣の旦那に叱られちまう」


 ユーインの前にチェリかい。まあ、ちょっと離れたところから、凄みのある笑顔をこちらに向けているしねえ。


 チェリって、お母様似だし。




 祝賀会も終わり、翌日には持ってきた祝いの品を渡す。といっても、実際に手渡すのは目録のみで、品物は別途担当者が確認している。


 壊れたり、目録と違うものが入っていたりしたら大問題だから。


「昨日の式の様子を撮影した映像は、後日再生機と一緒にお贈りしますね」

「ありがとう、侯爵」


 目録にはないけれど、追加の祝いの品にクーデンエール陛下が嬉しそうに笑う。自分の即位式や戴冠式だけど、客観的に見てみたいよね。


 と思ったら。


「お父様にも、見ていただけるわ」

「クーデンエール……」


 クーデンエール陛下の言葉に、姉君様の目に涙が浮かんでいる。


 そうか。父親のルパル三世の容態はあまりよくなく、人前に出られない状態だと聞いている。


 なので、昨日の式にも祝賀会にも姿を現さなかったのだ。


 その父親に、見せたかったとは。実の親との縁が薄い私には、ちょっとうらやましい話だな。




 映像に関しては、カストルが鋭意編集作業中である。それが終わったら、媒体に複製して渡す予定。


 今のところ、コーニーとギンゼール王家に渡すのは決定だ。


「そんな面白そうなものがあるなら、俺も欲しい」


 王城で滞在している部屋に突撃をかましてきたのは、アンドン陛下である。ブレねえな!


「クーデンエールの事は、妹のヴァッシアも心配してたからよ。即位式とか戴冠式は見たかったと思うんだ。でも、俺が来たからあいつは来れないし、俺が来なくても姉上がいるから多分来なかったろうし」


 チェリママであるヴァッシア夫人も、難儀だなあ。クーデンエール陛下と姉君様の確執は大分和らいだけれど、姉君様とチェリママの確執は和らがないらしい。


 ともかく、ガルノバンにも即位式、戴冠式の映像を渡す事は決まったようだ。


 それで話は終わりかと思ったのだけれど、まだアンドン陛下は帰らない。


「……まだ何か?」

「実は、頼みたい事があるんだ」


 嫌な予感。


「この後、ガルノバンに寄ってくんねえ? 問題が起きててさあ」


 あー、また面倒事かよー。

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