第793話 ギンゼールへ
列車の中は、プチ社交界と化していた。何故?
「乗車している人が、殆ど貴族だからじゃないの?」
「ああ!」
それか! もう、随行員は全員船で送りつけてやればよかった。口にしたら、リラにはたかれたけれど。
「チェリ様まで船に乗せるつもり!?」
「いや、チェリとロクス様は列車でも――」
「差別禁止」
これは差別じゃなくて区別だと思うんですけどー。あと、船でも不自由はさせないのにー。
三泊の列車の旅は、あっという間に終わった。いや、濃い時間でした……
「デュバル侯爵とよしみを通じる事が出来て、光栄ですよ」
「ほほほ」
もう愛想笑いも底を突く。在庫一掃セールとばかりに、大安売りしたからな。おかげで頬の筋肉が引きつってるよ。
「レラも大変だねえ」
「ロクス様……わかっているなら、助けてくださいよ」
「いやあ、常日頃のツケがここに来てるんだから、君が頑張らなきゃ」
やっぱりロクス様はロクス様だ。厳しい。ヴィル様も厳しいけれど、方向性が違う厳しさだよな。
「あなた。あまり言っては、レラが可哀想だわ」
「チェリ、この子は甘やかしちゃいけないよ? やれば出来るのに、面倒だからと社交を嫌がる子なんだからね?」
「まあ」
せっかくのチェリの優しさが! ロクス様のいじめっ子ー!
初秋のギンゼールは、もう肌寒くなっている。オーゼリアからの一行の中には、慌てて上着を出す人達もいた程。
私もコートを着ている。これ、魔の森で取れる鳥の魔物の羽毛を使ったダウンなんだー。いや、正確にはダウンじゃないんだけど。とりあえず、羽毛入りコートである。軽くて暖かい。
「まさか、この世界でダウンコートを着るとは……」
リラがぶつくさ言っているけれど、暖かければなんでもいいじゃない。まあ、見た目はモッコモコになるのであまりよくはないけれど。
前世のダウンと違い、これは温度調節と湿度調節が利くので、肌寒い時期から真冬の凍える寒さまで同じコートで対応出来る優れものなのだ。
ギンゼールの王都駅は、王都の外壁付近に作っている。ここからは馬車か車だ。ギンゼールでは規制されていないので、車でも行ける……はず。
実際、戴冠式前に、ガルノバンから大量の最新式暖房器具が贈られたそうだ。設置する為の技術者付きで。
その際、運搬にはうちの鉄道を使った。資材はコンテナに積んで、それを列車で運んだのだ。
コンテナを牽引する車部分と、コンテナを乗せるシャーシは分けて、それぞれ列車で運ぶという手法を使っている。
今までは、船でコンテナやら車体やらを運んでいたらしい。それが鉄道で丸一日掛ければ王都まで行けるのだから、大分便利になったんじゃないかな。
ガルノバンもオーゼリアよりは北にあって冬の厳しい土地だけど、ギンゼールは更に寒い国だ。
王宮は古い造りなので断熱もあまり出来ておらず、冬は本当に寒いという。それを心配したアンドン陛下が、姉君と王女殿下の為に最新式の暖房器具を贈った訳だ。国王の為でない辺り、アンドン陛下らしい。
うちの場合は、寒ければ移動宿泊施設を出す事も出来るし、何より結界技術がある。
あれを使えば温度も湿度も調整し放題。寒さで凍える事などないね。
それはともかく。駅に到着した私達を迎えてくれたのは、王宮からの馬車だった。
その王宮からの使者は、見知った顔だよ。
「ようこそ、ギンゼールへ」
「お久しぶりですね、ファベカー侯爵。あなたが、わざわざ出迎えに?」
「もちろんですとも。救国の英雄を出迎える大事な仕事を、私以外の者に任せられましょうか」
英雄って。大げさだなあ。
ともかく、迎えに来てくれたのだから、そのまま馬車に乗って王宮へ。それぞれの随行員には、オケアニスを最低でも二人は付けておいた。ギンゼールって、何が起こるかわからない国だし。
王宮に置きっぱなしのオケアニス達からも、報告が上がっているらしい。カストルに。
『ギンゼール王宮は実質掌握しました。ご安心を』
いや、まったく安心出来ないんですが!? 掌握したって何さ!?
返事がない。肝心な事は言わないよな、うちの有能執事って。
「さっきから難しい顔をして、どうしたのよ?」
しまった。今は移動中の馬車の中だった。リラだけでなく、チェリも同乗している。
普通は夫婦単位で馬車に乗るんだけど、うちは三組の夫婦を旦那と妻に分けて乗っている。
旦那側はヴィル様とロクス様とユーイン。兄弟に挟まれるのは、ちょっと可哀想かと思ったけれど、きっとユーインなら気にしないと思うんだ。
私は私で久しぶりのチェリとのおしゃべりタイムだったのにいいいいい。ちょっとカストルを恨んでおこう。
何だかどこかから「理不尽です」という恨み節が聞こえた気がするけれど、きっと気のせい。聞かなかった事にしておこう。
ファベカー侯爵に案内され、まずは王女殿下と姉君様にご挨拶。旅装のままでいいのか? 一度客間で支度し直してからの方がいいのでは?
「王女殿下が、今か今かとお待ちなのですよ」
「あらー」
王女殿下……いや、それを止めない姉君も問題か? とはいえ、私相手だと今更なのかも。
東行きやら何やらで、見せちゃいけない面をさらけ出しちゃったからなあ。一国の王妃が実の妹とはいえ、喧嘩しているところは見られちゃ駄目でしょ。
王女殿下は、更にあれこれさらけ出してるからね。それを考えたら、こちらが旅装な事なんて、些事だわ。
挨拶は、一行を代表して私とリラ、チェリのみ。チェリは王女殿下の従姉妹だし、私とリラは色々ぶっちゃけられた当人だから。
旦那連中は、先に客間に案内してるってよ。
まだ王女殿下の即位前という事で、謁見の間での挨拶ではなく、私室でのごく私的な挨拶となった。私的に来た訳ではないけれど、そこはそれ。
「ご無沙汰しております、王妃陛下、王女殿下」
「ようこそ、デュバル侯爵」
「会いたかったわ、侯爵!」
お二人とも、元気そうで何よりです。
お互いの近況をあれこれ話した後、ファベカー侯爵から即位式と戴冠式の日程その他の説明があった。
即位式は王城で、戴冠式は王都の大聖堂で行うという。
「侯爵には、両方に出席していただきたい」
「承知いたしました」
まあ、どっちにも出るのは想定内だ。朝の時間に王城で行われる即位式には、限られた人数しか出席しないという。うちからの随行員も、参加は不可。
その後の戴冠式は、国内の貴族のみならず、国外からの賓客も列席するという。トリヨンサークからも、使者が来てるってさ。
ギンゼールとトリヨンサークは長く戦争をしていた歴史がある国。でも、今の国王はどちらも戦争反対の姿勢を貫いている。
もっとも、ギンゼールの国王はもうじき交代するけれど。王女殿下も戦争をする気はないらしい。いい事だ。
「即位式には、ガルノバンのアンドン陛下もご出席なさる」
「あー」
それも、当然と言えば当然か。何せ姉君様はアンドン陛下の実の姉。王女殿下はアンドン陛下の姪だ。
しかも、東のカイルナ大陸には一緒に行った仲でもある。それに、少し前に王城へ大量の新しい暖房器具を贈ったくらいだ。そりゃ出席するでしょ。
戴冠式の後、私達は昼食をそれぞれ取った後。夕方からの祝賀会に出席する。ここで正式に女王としてお披露目する訳だな。
あ、そうだ。
「一つ、許可をいただきたい事があるのですが」
「何かしら?」
答えたのは、姉君様。ルパル三世の容態はまだよくないらしいので、今は姉君様が色々と代行している最中なので。
「即位式と戴冠式を、映像に撮りたいのです。お許しくださいます?」
「えいぞう?」
「素敵! 後で何度も見返せるのね!」
さすが王女殿下。映像が何かをご存知だからか、食いつきがいいったらない。
「侯爵、それをネドン伯爵夫人に渡せるかしら?」
「ええ、もちろんです。本人も楽しみにしておりますよ」
「よかった……伯爵夫人だけ招待出来なくて、心苦しかったの」
まあ、個人のあれこれだけで招待客を決める訳にいきませんからねー。でも、王女殿下が乗り気でよかった。
姉君様も、王女殿下がそう言うのなら、と快諾してくれたしね。
あ、ちゃんと式の邪魔はしない事を約束したよ。カストルの事だから、人の目に付かないようにドローンを飛ばす事くらい、出来るでしょ。
『お任せください。余所では見られない映像にしてご覧にいれます』
いや、即位式とか戴冠式なんて、そうそう映像に収める事にはならないから。
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