第792話 他にもいっぱい
王宮でギンゼールへ贈る祝いの品を受け取る。受け取りの場には、ヴィル様。陛下はいなかった。
「陛下はお忙しい方だからな」
「そーですね」
いまいち本気に出来ないのは、いつ来ても陛下の元へ案内されるから。
今回、ヴィル様が対応に出たのは、当然リラとの関係性もあるけれど、何より私の扱いに慣れているからだそう。扱いって。
「お前の身分を考えれば、下手な人間に対応させる訳にはいかない。しかも、お前に慣れているとなると、フェゾガンか私かの二択だ」
こういった事務関係に、ユーインを持ってくる事はまずない。彼は武官ではあるけれど、文官ではないから。
そう考えると、ヴィル様って本当に文武両道なんだなあ。
忙しい王宮はとっとと辞して、王都邸に戻る。ちなみに、以前王都邸から王都を出るまで車を使ったら、速攻王宮からお叱りが来たそう。
ヴィル様が交渉してくれた結果、再開発地区と王都の周辺でなら、車の使用が許可された。王都内……特に王宮周辺では、今まで通り馬車を使えってさ。面倒臭ー。
その馬車が、急に停車した。
「おっと」
何事?
「主様、邸の前に人が二人います」
「へ?」
王都邸の前って事? 何だか嫌な予感。
「カストル、誰だかわかる?」
「ツーケフェバル伯爵夫人と、その子息ですね」
マジかー。
このまま王都邸に入れば、確実に捕まる。それは嫌。
「主様、向こうがこちらに気付いて走り寄ってきています」
「幻影を使って、彼等をこの場から引き離して」
「承知いたしました」
いくら王宮前の大通りとはいえ、一車線を塞いだままというのはよくない。
うちの馬車が走っていく幻影を見せて、それを追いかけさせよう。
無事、ツーケフェバル親子は幻影を追いかけていったので、王都邸に入る事が出来た。
「……今日はこれで済んだけど、また同じ事が起こらないとも限らないわよ?」
リラの言う通りだ。それに、これは十分実害が出ていると言える。
「こういう場合って、どこかに通報とか出来ないのかな?」
「一応、王都の治安に関わる事だから、黒耀騎士団への通報じゃない?」
ユーインの古巣かあ。しかも、追い払ったツーケフェバル伯爵家の前当主は、騎士団団長を務めていた。横領でクビになったけどな。
「んじゃ、ユーイン経由で騎士団に通報しておこうか」
「待って。それなら、ウィンヴィル様経由の方がいいわ。そうすれば、王宮を通した事になるから」
そうなの? 効果があるのなら、そっちの方がいいか。
携帯通信機でリラがヴィル様に連絡し、無事騎士団への通報はなった訳だけど。
その日帰宅したユーインが、またしても暗い表情である。
「お帰りなさい。……大丈夫?」
「済まない」
いきなり謝罪されて、素で「何が?」と思ったけれど、すぐに通報案件の事だとわかった。
「ユーインが悪いんじゃないよ」
「だが、先代団長の家が絡んでくるのは、私がいるからだ」
ああ、まあその伝手を使って、家の評判を上げようと目論んでいたんだろうけれど。それも含めて、ユーインに罪はない。
それを言おうと思ったら、意外な人が同じ事を口にした。ヴィル様だ。
「貴様のせいではあるまい。ツーケフェバル家そのものの問題だ」
「アスプザット……」
「大方、先代と貴様の繋がりを利用して、レラに取り入ろうとしたのだろう。その先代が何をやったかを忘れてな。騎士団で横領をし、不名誉退団となった先代団長の家になど、関わりたいと思う者などいるまい」
確かに。下手に付き合いなどがあったら、お前も横領していたのかと言われかねないもの。
「ともかく、今回レラが迷惑をしている旨、黒耀騎士団には通達済みだ。二度と同じ事は起こらないだろう」
ヴィル様、その言葉、信じていいんですよね?
ギンゼール行きの支度がある為、翌日からはほぼ王都邸から出ずに過ごしている。とはいえ、移動陣で本領とは行き来しているけれど。
「邸の前にたむろする人影は、いないそうよ」
「そう。よかった」
リラからの報告に、胸をなで下ろす。騎士団がいい仕事をしてくれたんだと思っておこう。
ギンゼール行きの支度の中には、随行員を選ぶ事も含まれている。
「オケアニス達だけでいいんじゃないの?」
「そういう訳にもいかないのよ」
とりあえず、リラは確定だ。彼女がいないと、私の仕事が成り立たない。
大体、彼女がいないと誰が誰だかさっぱりなんだし。
「他にも、外交筋の家を連れていく事になると思うわ」
「外交筋っていうと、アスプザット関連かな?」
「そうそう、ロクスサッド様とチェリ様も同行するわよ?」
「はい!?」
何それ、聞いてないよ? いや、嬉しいけれど。
「あそこも跡継ぎが大きくなったから、少しずつ国外の仕事を覚えるようにと言われているそうなの」
なるほどー。でも、まだ息子のリヴァン君は小さくなかったか? あんまり長い事チェリから離すのは、可哀想な気が……
「それと、外務省からも何人か同行するはずよ」
「うへえ」
いつぞやの、トリヨンサーク行き状態になってないか?
「まあ、そういった人達はウィンヴィル様がまとめてくださるから、お任せしなさい」
「そうだね、そうする」
にしても、ヴィル様とロクス様が一緒に行くのか。コーニーが聞いたら、行きたがるかも。あそこ、兄妹仲がいいから。
「さすがに私が行くのは無理があるって、わかってるわよ」
随行員の話題が出た二日後、コーニーが我が家に遊びに来た。というのは建前で、個人的に王女殿下に即位の贈り物をしたいと持ってきたのだ。
そういえば、東行きで仲良くなってたっけ。
コーニーは伯爵夫人だから、王女殿下の個人的なお友達としてなら、即位式や戴冠式に参加出来るんじゃね? とも思うけれど、こちらでは難しいそうな。
「イエルがギンゼール関係の仕事をしていたら、話は違うんだけれど」
「イエル卿は、魔法の専門家で陛下付きだしねえ。あ、そうだ」
「何?」
「向こうで王女殿下や姉君様に許可がもらえたら、だけど、戴冠式や即位式の様子、映像で撮ってこようかと思って」
「まあ! なら、レラ達が帰ってきたら、私も見られるの?」
「うん。許可が下りたら、だけど」
「あら、レラなら、うまく誤魔化して撮ってくる事、出来るんじゃない?」
やだなあ、コーニー。そんな悪い事……やろうと思えば、いくらでも出来ますけどー。
「許可が下りたら、各王家に映像を再生機付きで送るって事で。許可が下りなかったら、個人の使用範囲で楽しみましょう」
「ありがとう! レラ大好き!」
私もコーニー大好き!
あれこれやっていたら、あっという間にギンゼールに出発する日になった。
まだ再開発地区の整備は半ばなので、トラムでユルヴィルまで行く手段は使えない。
「早く、そのトラムとやらが出来上がらないかなあ」
楽しそうに呟くのはロクス様だ。ギンゼール行きは、王宮前で全員集まって、馬車の列を作ってユルヴィルに向かう。そこからは列車。
今回の為に、長く組んだ特別編成の列車で行く。動力源となる機関車に相当する車両が四台という、トンデモな編成だ。
当然、客車の数も多い。とはいえ、随行するのが使用人以外は全て貴族なので、一車両三組だけという贅沢さ。
随行員の使用人は、各家四人までに絞り込んでもらった。大抵の事は、オケアニスが面倒を見るので、本当に身の回りだけの世話になる。
列車を使って、三泊四日の旅の予定だ。船の方が早いと言われるかもしれないが、船に乗るには王都から一泊で港へ向かい、そこから船で一泊ないし二泊。さらにギンゼールに到着して港から王都まで更に一泊である。
移動距離的には、鉄道の方が短いんだよねー。楽だし。これでトラムが出来れば、もっと楽になるはず。完成が楽しみだ。
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