第791話 なめんなよ?

 ツーケフェバル伯爵家は、中立派の中でも序列は中くらいらしい。黒騎士団団長を務めていた時は、もう少し上の序列だったそうだけど、何せその団長が不祥事を起こしてクビになってるからな。


「そんなこんなを鑑みて、序列は下がる一方のようよ」


 王都邸の執務室にて、リラが報告してくれる。


「そんな落ち目の家が、私に何の用なのさ……」

「落ち目だからじゃない?」

「へ?」


 どういう意味? 首を傾げる私に、リラが丁寧に説明してくれた。


「前にも言ったと思うけれど、貴族は評判が大事なの。落ち目の家でも、今をときめくデュバル侯爵家と繋がりがあると見れば、評判は上がるのよ」

「まさか、その為に会いたいって言ってきてるの?」

「多分ね。詳しい事は、カストルに……って、あれは今出版社の件で忙しいんだっけ。なら、ネスティにでも――」

「お呼びですか?」

「うぎゃおお!」


 思わず変な声が出た。リラも驚いている。


「部屋に来る時は、ちゃんと扉から入りなさいとあれ程!」

「申し訳ございません。急ぎかと思いましたので」


 相変わらずな奴だ。


「ツーケフェバル家を調べるのでよろしいですか?」


 それなんだよなあ。


「やっぱりいいわ。このまま放置する」

「いいの?」

「うん。特に付き合いのある家じゃないし、放置しておいても問題ないでしょ。何かあるようなら、その時に対処するよ」

「当主であるあんたがそう決めたのなら、それでいいんじゃない?」


 うん、面倒な事には関わらない。それが一番だ。




 基本的に、招待状にはお断りの返事を出し、何か要望のある手紙には返事を出さない事で返事とする。全てに対応する必要がないっていうのも、それはそれで楽でいい。


 でも、どこぞの家はしつこいくらいに手紙を送ってくる。


「放置されている事で、察しろよなあ」

「またツーケフェバル?」

「うん」


 こうも何度も「お目に掛かりたい」と手紙を出し続けるのも、ある意味マナー違反なんだが。


 何か? 私相手ならマナー違反をしてもいいとでも?


「ちょっと、怖い何かが漏れ出てるわよ」


 おっといけない。でも、舐められたままってのは、嫌じゃない?


「カストル、予定変更。ツーケフェバルを調べて。弱みが見つかったら、そこを集中的に叩く」

「承知いたしました」


 リラがあーあという顔をしている。こんなに絡んでこなければ、捨て置いたものを。


 舐めて掛かってくる奴らは、絶対に許さん。ペイロンでもたたき込まれた事だもの。




 ツーケフェバルの目論見は、割と簡単にわかった。


「結果から申しますと、エヴリラ様の読みが正しかったようですね」

「うへえ」


 カストルの報告に、思わず声が出る。自分の家の評判を上げる為に、うちを利用しようとか。


 これが利用し合える何かがあるのなら、別だけど。相手側には、何もないらしい。


「ツーケフェバルって、そんなに困窮しているの?」


 リラの質問に、カストルが頷く。


「領地に大した産業がなく、特産物もありません。また、長年領主が騎士団に入っていた関係で、領地運営が放棄されていたようですね」

「うわあ」


 いっその事、能力なしとして領地は没収された方がいいんじゃなかろうか。今の王家なら、しっかりした代官を送ってくれるよ。


「当代当主は、先代から当主を奪った形になりますが、あまり能力は高くないようですね。代替わりした後も、領地に変わりはありません」

「駄目じゃん」


 先代が駄目なら、その後を継いだ者がうんと頑張らないと。うちは頑張ったよ。個人資産も大分投入したし。


 いや、投入した以上にリターンが返ってきたけれど。


「ツーケフェバル家は、かなり必死です。ですので、これからも主様を煩わせる可能性が高いかと」

「何でうちなんだよー。他の家に行きなよー」


 愚痴も言いたくなるってもんだ。


 グズグズ言う私に、リラが冷静に返してきた。


「前も言ったけれど、デュバルは今をときめく家なのよ。そんな飛ぶ鳥落とす勢いの家でないと、ツーケフェバル家の評判は戻らないと考えているんでしょうし、実際そうなのよ」

「別に好きで勢いがある訳じゃないのに」

「ある意味、好きで勢い付けたでしょ? 後から後から新しい事業を興しているの、誰?」


 何も言えません。でも、楽しそうな事って、やりたくならない? なりませんかそうですか……




 ツーケフェバル家に関しては、向こうが実力行使に出て来たら、その時叩き潰す事にした。今はまだ、鬱陶しい手紙が届くってくらいだからね。


 それよりも、目の前に迫った戴冠式に集中しないと。もうじきギンゼールに向けて出発するのだし。


「で、そんな忙しい時期に、どうしてまた王宮から呼び出されるのかな?」

「ギンゼールに出発する日が近づいているからでしょうが。王家からの祝いの品を運ぶ役目も負ってるでしょ?」


 そうでした。


 あの後、品質その他で選んだ祝いの品を、私が運ぶ事になったんだった。何せ亜空間収納持ちですからね。いくらでも持ち運べる。


 しかも、私は一応国を代表する形で行く訳だ。王家からの祝いの品を持っていくのにちょうどいいという訳だね。


「王家としても、あんたはちょうどいい相手だしね」

「ちょうどいいとは」

「信頼がおけて、決して裏切らない相手。特に先代の王妃様と、今代の陛下はさすがに親子だけあって、あんたの扱いがうまいわ。王妃様もうまいけれど、あの方は誰が相手でもうまくやる方だしね」


 そう言われると、王家に体よく転がされているように思えてしゃくなのだが。


 でも、うちは王家派閥だし、何より大好きなペイロンもアスプザットも王家をお支えする家。なら、私個人としても右に倣えするわ。


 そう言ったら、リラが笑う。


「だから、王家はデュバルを重用するのよ」

「何か、いいように使われてるだけじゃない?」

「その分、あれこれと許可をもらわなきゃいけないところで、簡単に許可をもらえるでしょう? 他の家なら、もっと手間も時間も掛かるわよ?」


 そういうもん? なら、持ちつ持たれつって事でいいか。

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