第790話 面倒な事はお断りします
諸々の支度と共に、ロエナ出版の新人賞募集が始まった。年明け二月いっぱいまでを募集期間とし、そこから選考、賞発表は春の終わり頃になりそう。
「新人、集まるかなあ」
「賞金額を多めにしていますから、それを目当てに応募してくる層はいるかと思います」
「いや、実力が伴ってなければ、意味ないんじゃないの?」
「応募してきた中から、一つ二つ玉があればいいと思っていますよ」
玉石混淆とはいえ、石が多めに応募してくると読んでる訳か。
確かに、新人は一人でもこちらは問題ない。
ロエナ出版は、元々ロエナ商会の一部門だったものを別会社にしたようなものだ。なので、商会で出版部門……というか、書籍を扱っていた人物が、ロエナ出版の社長に就任している。
いつの間にか、クルーズツアーに関するパンフレットや現地の情報を載せた雑誌などを出していたらしい。報告書という形で上げていたと言われ、リラに怒られたよ……
ともかく、今まで商会の一部門として稼働していた出版事業を、関連会社として立ち上げた訳だ。
これにより、来年のカレンダーもこの出版社から出す事が決まっているという。ツアー地の景色や船内の様子、それにブルカーノ島のテーマパークなどの写真を入れたものだ。
お手頃価格なので、庶民でも買えると思う。そして鉄道の運賃を値下げして、一大旅行ブームが巻き起こればいい。
決してうちの温泉地や南の街だけに人が集まればいいとは思ってないよ? カレンダーの売れ行きや、それによる旅行客の増加が見込めれば、余所の領地でもカレンダーを出すかもしれない。
そうなれば、カメラマンという職業が誕生する。新しい雇用の誕生だ。
ちなみに、うちの場合はカストルが色々な手を使って撮影しているらしい。ドローン技術、凄いよね。
出版社関連はこれで丸投げ完了。次は年内に行われるギンゼールの戴冠式に集中しないと。
王都邸の執務室には、ドレスのデザイン案とアクセサリーの完成予想図が届けられている。
「どちらも修正不要。このままで作ってもらいましょう」
さすがはマダムと親方。こちらの望んだ通りのものが出来上がってきそうだ。他にも、ギンゼールへ向かう交通手段の決定と、警護計画などが書類で来ている。
ギンゼールには、鉄道で向かう予定。船でも行けるけれど、うちの船が停泊出来る港からギンゼールの王都までは、鉄道がない。つまり、移動は馬車のみ。それがネックになって、鉄道に決まった。
というか、うちの本領からギンゼール王都まで、乗り換えなしで行けるんだから、使うに決まってるでしょ。その為に整備したようなものだし。
警備も、鉄道の方がやりやすいという話が上がってきている。やはり、馬車移動は一番隙が発生しやすいそうだ。
一応国交があり友好国なのに、ここまで警戒するのにはそれなりの訳がある。ギンゼールの貴族は、油断ならないのが多いから。
一応、あちらにもオケアニスを残してきている。王女殿下……新女王陛下と、その母君である姉上様の身の安全の為にね。
お二人には味方も多いけれど、何せギンゼールは長らく国内がゴタゴタした国だ。ちょっと前の、王家の血を引く公爵が起こした内乱も記憶に新しい。
私が滞在していた時ですら、こちらにも毒殺を仕掛けてきたくらいだし。警戒してしすぎって事はないでしょ。
そういえば、ギンゼールでも鉄道延伸のあれこれをやっていたよね。あれはズーインに丸投げしていたけれど。
彼は王都の再開発地区と、そことユルヴィルを結ぶ道路及びトラムの整備も任せている。
別に、ズーインが全部やらないといけないとは言っていない。うまく部下を使いこなすのも、彼に期待している役目だ。
仕事はね、下に割り振ればいいんだよ。それをやるのが管理職というものだ。
ズーインは元々一国の国王をやっていたんだから、そのくらいはわかっているよねえ?
「何悪い顔してるの。またよくない事を考えついたわね?」
「リラは、私を何だと思ってるのかね?」
「目を離すとすぐ新規事業を立ち上げて、書類に埋もれている人」
酷くね?
時間なんて、あっという間に過ぎていく。秋は大した社交行事もないし、王都にいてものんびり過ごせるというもの。
とはいえ、そこは王都。いつ何時誰に招待されるかわかったものではない。
「で、来た招待状がこれ?」
「そうね。特に付き合いのある家でもないから、断っても問題ないわよ?」
今私の手元に来ているお茶会の招待状、その招待主はツーケフェバル伯爵家。覚えのない家名だ。
何故、そんな伯爵家から、茶会の招待状が来るのやら。
お断りの返事を書こうと思いつつ、他の書類を見ていたら、その日のうちに返事を出すのを忘れた。
その日の夕食時、リラに問われて思い出す。
「そういえば、お茶会の招待の返事、出したの?」
「あ。忘れてた」
「明日の朝一番に出しなさいね。あの家相手なら、代筆でもいいから」
そうか。付き合いのない家相手のお断りの手紙なら、最後にサインを入れる程度で、代筆可能なんだった。
「じゃあ、後でキーエイムにでも代筆してもらおう」
ルチルスの後釜候補のハルニルとキーエイムだが、未だに二人で王都邸を切り盛りしている。どうやら、得意分野がお互いで違うらしい。
ハルニルは客対応が得意で、在庫管理や使用人の使い方がうまい。キーエイムは実務が得意で字が綺麗。代筆も簡単にこなしてくれる。何かもう、このまま二人でやっていくのでもいいかも。
リラとの話を聞いていたヴィル様が、招待主が気になったらしい。
「この時期にレラを茶会に招待するとは。一体どこの家だ?」
「ええと、ツーケフェバル伯爵家ですね」
ちゃんと覚えていた。いや、付き合いのない家はよく忘れるからさ。だって、覚えていてもメリットないし。
私から家名を聞いたヴィル様とユーインは、揃って妙な表情をする。
「……何か、ありましたか?」
「いや、今頃何故その家が、と思っただけだ」
はて。どういう意味?
不思議に思っていたら、答えを教えてくれたのはユーインだった。
「レラ、ツーケフェバル伯爵は、先代の黒耀騎士団団長だ。私が在籍していた時の団長も、伯爵が務めていた」
はい?
どうやら、前黒騎士団長を務めたツーケフェバル伯爵は、先代伯爵らしい。
「不祥事で黒耀騎士団団長の任を解かれ、そのせいで従兄弟の子息に当主の座を奪われたと聞いたな」
ヴィル様の話に、びっくり。騎士団団長が不祥事って。あ、そういや近衛である金獅子の団長ですら、横領とかやってたっけ。
「ヴィル様、ツーケフェバルって貴族派の家ですか?」
「いや、確か中立派じゃなったか?」
派閥違いで、先代が不祥事を起こし、しかもユーインと団員と団長という関わりがあった家か。
「ちなみに、その不祥事って何をやったんですか?」
「横領だったはずだ」
「また?」
ヴィル様からの返答に、つい口を突いて出た。だって、金獅子団長も横領やってたじゃない。騎士団、どうなってるの?
ヴィル様もユーインも、私の一言に苦い顔をしている。
「騎士団の予算はそれなりだからな。以前にも、団長職に就いていたものが、団の予算を横領していた事件はあったんだ」
ヴィル様としても、騎士団を管轄する王宮の失態に繋がるので、あまり大きな声では言えないそうだ。
ユーインは自身が所属していた組織のトップが、金に汚い事をやらかした訳だからね。そりゃ苦い顔にもなるか。
「ともかく、現在のツーケフェバル家は王宮に役職を持っていない。この先、レラが付き合う必要はあまりないだろう」
「ですね。やっぱり、お断りの手紙を送っておきます」
「それでいいと、私も思う」
ただでさえ、社交嫌いだからねー、私。相手の家が中立派となれば、無理する必要もないし。
翌日、さっそくキーエイムに代筆を頼み、断りの手紙をツーケフェバル家へ届けさせた。
ら、なんとお返事が。
「内容は?」
「その……一度、お目に掛かりたいと」
何ですとー?
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