第789話 あれこれと準備する

 出版社関連の動きはカストルに完全に任せた、私は、目の前に迫ったルチルスの結婚式と、ギンゼールの戴冠式の支度がある。


 戴冠式の方が早く秋に、結婚式は冬に行われる予定だ。


 伯爵家に嫁ぐには、ルチルスの実家の家格が少し足りないので、後見をデュバルが行う事になっている。なので、私は後見人としての立場から、結婚式に出席する訳だ。


 今年のバースデーパーティーに、ヒューモソンブルーをこれでもかと付けたのは、これの為。


 ヒューモソンブルーの原産地であるヒューモソン家と繋がりますよという、宣伝のようなものだったのだ。


 ついでにヒューモソンブルーの権利を持つキュネラン伯爵家とも、手を取り合っていくよという事を示した。


 これが読み取れない家は社交界で生き残れないし、読み取った家はこの動きに合わせて色々と自分達も動く訳だ。


 本当、貴族って面倒臭い。




 戴冠式に結婚式、私の支度は当然ドレスを作る事。そしてアクセサリーを作る事。後はドレスに合わせた靴、バッグ、帽子その他を揃える事。


 見た目ばっかだな。


「エステもスケジュールに入ってるから、磨かれてらっしゃい」

「マジで?」


 エステは、温泉街の目玉サービスである。おかげで定期的に通っているご婦人もいる程。


 私の場合は温泉街だけでなく、船でも同様のサービスが受けられるので、選択肢は広い。これぞオーナー特権。


 もっと言うと、王都邸でもしっかり受けられるんだな。何せ、エステを担当しているネレイデスが、我が家の邸全てに常駐しているから。


 考えてみたら、これって凄い贅沢?


 このエステ、ルチルスも受けている。ブライダルエステって、前世だと当たり前にあったけれどこっちにはないよな。


 売り出したら、流行るかも?


「また悪い事を考えてるわね?」

「うお!」


 ちょっと新事業……というか、新しいエステのコースを考えていたら、リラが呆れた顔で見てくる。


「悪い事じゃないよ! ちょっとエステの新コースを考えただけだよ!」

「あんた、また仕事増やすつもり?」

「いや、これ新規事業じゃなくて、新しい支店出すくらいの――」

「とりあえず、内容を聞きましょうか?」


 リラだって、ワーカホリックのくせにー。


 ブライダルエステの話をしたら、リラも乗ってきた。


「確かに。こっちって、そういうサービスないわね」

「でしょ? 大抵の貴族は王都で式を挙げるから、王都にブライダル専門店を開いてもいいんじゃないかなーって」

「別に専門店でなくてもいいでしょ。エステの支店を作って、コースでブライダルを作ればいいんじゃない?」


 それでもいっか。


「店の場所は再開発地区を考えてるんだ」

「まあ、他に開きようがないものね。あそこなら、まだいくらでも改変の余地はあるし」


 再開発地区の工事は進んでいるけれど、雑居ビルのようなものもいくつかあって、近々テナントを募集する予定なのだ。


 とはいえ、王都の商店が入るとも思えないので、しばらくはデュバル関連の店や会社で埋まると思う。


 そこに、エステの店を出すのだ。わざわざ温泉街まで行かなくても、同等のサービスが受けられるとなれば、リピーターになる奥様方はいるんじゃないかな。


 他にも、富裕層とちょっとだけ裕福な層も取り込みたい。王都に住んでる人って、基本ある程度の収入がある人ばかりだ。


 なので、新しいサービスには敏感である。そんな人達をターゲットに出来ればなあと。


 それに、エステではメイクのサービスもしている。施術の前には一度化粧を全て落とすから、帰る時には店員が一からメイクをして送り出すんだ。


 それも、温泉街では人気のサービスだった。ロエナ商会の化粧品売り場でも、同じサービスをしている。その為、いわゆる美容部員の育成にも力を入れている。


 最近では、そのサービスを真似る商会も出て来ているんだとか。それはそれで、いい事だと思う。


 ともかく、リラも乗ってきた話なので、これは本格的に動かそう。




 丸投げしているとはいえ、口頭での報告は受けている。


「ロエナ出版の登録が終わりました。近々、新人賞の募集をしたいと思います」

「おお、動いてるねえ。こっちは知っての通り、ルチルスの結婚式が済むまで、動けないから」

「承知しております。主様に任されました以上、万事抜かりなく進めて参ります」

「うん、よろしく」


 何となく不安がよぎるけれど、気のせいだと思っておこう。出版社を作って、新人賞を作る。そしてその募集。これのどこに不安を感じる要素があるというのか。カストルが暴走したって、危ない事が起こる訳ないわな。


 こっちはそれどころじゃないし。


「何でこんなにドレスを作らなきゃいけないんだ……」

「毎回イベント事がある度にそれ言うの、いい加減にして。普段からしっかり作ってないから、ギリギリで仕立てる羽目になるんでしょうが」


 何も言えない。貴婦人なら、年間行事に併せて新しいドレスを作るのが当然なんだとか。


 社交って、お金が掛かるんだよね。同じドレスを着回す訳にもいかないし。


 特にうちは色々な意味で注目される事が多いので、下手な格好は出来ないそう。貴族って、本当に面倒臭え。


 戴冠式と身内扱いの結婚式では格が違うので、当然着るドレスも違えばアクセサリーも違う。


 戴冠式は国外の公式の場なので、ある意味オーゼリアを代表する立場になるんだって。


 だから、ドレスの型も色もオーゼリアの特色をふんだんに取り込む。アクセサリーもそうで、国を象徴する花のモチーフを必ず入れる。


 オーゼリアの色が緑で、花は「王の花」とも呼ばれる藤。これ、本当に日本で見た藤そのままなんだよね。


 不思議に思っていたけれど、うちのご先祖様が絡んでいるらしい。


 私と同じ日本からの転生者であるご先祖様が伯爵位を賜ったのは、オーゼリア建国の王を窮地から救ったから。


 その関係で、建国王と仲良くなり、藤の花を贈ったところ大変喜ばれ、それ以来藤は我が国で「王の花」になった……と。


 ご先祖様、何やってんの。しかもその藤、その昔魔法研究の傍ら、前世を懐かしんで品種改良で作り出したっていうし。


 ともかく、戴冠式のドレスは緑を入れて、アクセサリーのモチーフには藤を入れる。これは確定。


 問題は、それらをどう入れるかだ。


「いっそドレスを藤色にして、緑を所々に入れるとか?」

「藤色だと、あんたの髪色じゃぼやけるんじゃない? もう少し強い色じゃないと」


 それもあるんだよなー。私の髪色は銀を通り越して白になっちゃってるから、淡い色を持ってくると全体にぼやける。


「んじゃ、逆に緑を地にして藤色を入れる」

「もう、ドレスに関して藤色は諦めなさい」


 リラが酷い。


 ドレスに関しては、マダムに一任しているので、この色多めでとか、この色を地にとか伝えるだけ。


 そうすると、私に似合ったスタイルの素晴らしいドレスが出来上がる訳だ。マダムからは「閣下のお仕立ては楽しくて大好きですわ!」って言われてる。


 マダムも、仕事の幅が広がったはいいが、厄介な客に当たる事もあって大変らしい。マダム本人でなくとも、お弟子さんとかお針子さんとかね。


 しかも、厄介な客は決まって富裕層の庶民か、下位貴族の婦人や令嬢なんだって。不思議と伯爵位以上の家の人からは、無理難題を押しつけられる事はないんだとか。


 この辺りにも、家の躾けとか体面とか出てくるのかねえ。




 ドレスはマダムに一任するけれど、アクセサリーは本領の職人達に注文する。


「藤ですかい? なら、紫水晶で藤の花を作るのはどうです?」

「あ、いいね。あんまり大きいと重くなるから、小さく軽めで」

「閣下は魔法が使えるんでしょ? なら、魔法で軽くしときゃいい」


 あ、なるほど。


「だったら、アクセサリー自体に術式を加えるよ」

「お、魔道具ってやつですな。こりゃ楽しみだ」


 うちの職人達、ノリがよくて助かるよ。こんな感じでいつも相談しながら作ってもらうので、私が身につけるアクセサリーは余所では滅多に見かけないデザインになる。


 うち、腕のいい職人が揃ってるから。本当、こんだけ腕のいい人達を手放すなんて、前の職場にあたるどこぞの貴族家はもったいない事をしたね。

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