第788話 新しい会社

 うちの有能執事が調べても、結局精神感応をしている存在はわからなかった。ただ、リューシラ・マチロットが精神感応を受けているという事実があるだけ。何だこれ?


「少なくとも、国内にはいません」

「え……国内全部調べたの?」

「はい」


 この有能執事、しれっと言う。


 魔法は距離に依存しない事が多い。うちで使う通信機器も魔法を使っているから、距離に依存せず大陸の端と端、別大陸とでも連絡が可能だ。


 そう考えると、別大陸にいる事もあり得る?


「国内、そしてガルノバンに転生者がいた事を考えますと、他大陸にも転生者がいても、不思議はないかと。実際、前の主とそのご友人は転生者だったのですし」


 この世界、転生者多過ぎだよ。


 精神感応に関しては、魔法治療が得意な者がリューシラ・マチロットに触れて調べればわかるかも、という。


「ここまで調べてわからない以上、本人を直接調べるしか……」

「待て待て待て! 現状、リューシラ・マチロットは何も悪い事はしていないでしょ? そんな彼女を、勝手に調べる訳にはいかないって」


 これで若い女性を中心に洗脳している、とかなら調査も致し方なしと思うけれど。


 彼女は、ただ物語を書いて出版しただけ。そこに犯罪は絡んでいない。お嬢軍団が影響を受けたとしても、勝手に独自解釈しただけだし。


「では、このまま放置しておく……と?」

「それ以外、手はないでしょ」


 うちに実害を与えたのは、お嬢軍団とお姫なんだし。あれを本のせいと言うのは、無理がある。


「まあ、出来るとしたら、お嬢軍団が影響を受けた話とは真逆の話を出版して、流行らせるくらいかな」

「では、やりましょう」

「はい?」


 やるって、何を?


「先程、主様が仰った通りの事をです。モデルは主様ご夫妻でよろしいでしょう。誰に書かせるかは、賞を新しく作って、新人を募集しましょうか」


 どうしよう。うちの有能執事が暴走してる。




 王都執務してぐったりしていたら、リラに見つかった。


「机に突っ伏してないで、仕事しなさい仕事」

「だってええええええ」

「何、いつになく弱気なんだけど。何か悪いものでも食べた?」

「んな訳あるか!」


 リラは私を何だと思ってるんだ、まったく。


「カストルが暴走して手に負えないから悩んでたのに!」

「あいつの暴走なんていつもの事じゃない。何をそんなに悩む事があるのよ」


 あれ? そうだっけ? でも、思い返してみたら、確かにそんな感じ……


「で? あいつはまた何を暴走してる訳?」

「実は……」


 私はリューシラ・マチロットの件から、私をモデルに新しい話を出版してリューシラの影響を薄めようとしているカストルの計画を話した。


 リラは、黙ったまま聞いている。何かを考え込んでいるようだ。


「あり得ないでしょう?」

「いや、いい手かもしれないわ」

「え?」


 マジで?


 驚く私に、リラが説明してくれた。


「考えてもみなさいよ。いくら曲解したとはいえ、元がなければあのお嬢様達だって暴走はしなかったでしょう。公爵家の姫君もそう。物語という形で出せば、ああいった子達を改心させる力はなくても、周囲から『間違った行為だ』と注意する下地くらいはつくれるんじゃない? 昨今、どうも社交界でも風紀が乱れているようだし」

「え? そうなの?」


 初耳だわ。オーゼリアでは、不貞に対する世間の目は厳しいと思っていたのに。何せ宗教絡みだから。


 結婚は神の前で誓う神聖なもの。その誓いに背く事は神への冒涜となる。


 だから、オーゼリアでは余程の事がない限り離縁は出来ないんだけど。それも如何なものかと思う面はあるけどね。


 私の言葉に、リラは溜息を吐いた。


「そうなのよ。特に子爵位以下の家で不貞問題が頻発してるわ」

「ほおう」


 そういや、あのお嬢軍団は男爵家……しかも新興の家ばかりだったっけ。前のお嬢軍団も、伯爵家はいなかったか、いても一つくらいだったような。


「社交界では、子爵位以下の家の事だからと、目こぼし……は違うわね。付き合いを断つ家が出始めてるくらいかしら」

「それは大事なんじゃね?」

「大事よ。だからこそ、カストルの計画はいい方向へ向くかもって言ってるの。伯爵家の娘なら、家での躾けも厳しいし、下手に物語の影響を受けようものなら、社交界に出す前に修道院行きになるわ。でも、子爵位以下だとそれがないの」

「だから、物語に影響を受けた子でも、デビューしちゃうという訳か」


 リラが頷く。


「どのみち影響を受けるのなら、こちらの意図した通りの影響の方がましだわ」

「それ、洗脳って言わない?」


 私の疑問に、リラが鼻で笑う。


「作った物語を出版しただけで洗脳したと言われるのなら、この世の全ての出版物は洗脳の道具になるわね」


 ああ、なるほど。でも、自分がモデルはちょっとやだ。


「ここはやはり、リラをモデルに――」

「却下。私は純然たる政略結婚よ。恋愛結婚した人でないと、モデルにしても意味ないでしょうが」


 それでも、自分がモデルはやだ。なら、別の誰かをモデルにすればいい。




 恋愛結婚でラブラブといえば、この二人だよねー。


「という訳でコーニー、物語のモデルになって!」

「また唐突ねえ。でも、私とイエルでモデルなんて、大丈夫かしら」

「大丈夫大丈夫。二人は社交界でも有名な仲良し夫婦じゃない!」


 これは本当。そうだろうなあと思っていたから、改めて知っても不思議に思わなかった。


「レラのお願いだから、いいんだけど……本当にいいのかしら」

「何がそんなに心配なの?」

「普通の人には、刺激が強いかと思うのよ」


 何が?


「イエルと私って、相性が本当にいいから、この間も――」

「待った! 物語のモデルであって、全部そのまま表現する訳じゃないから!」

「あら、そうなの?」

「うん」


 コーニー、あのまま放っておいたら、何を口にするつもりだったんだ。何となく予想はつくけれど。


 十八禁じゃないんだから、表現は抑えさせますよ。




 暴走しかけたコーニーを宥め、違う方向へ暴走しているカストルにモデル交代を告げる。


「そうですか……残念です」

「そこまで残念がる必要、ないでしょうが」

「いえ、主様の理想の姿を物語りという形で後世に残しておける、いいチャンスでしたのに」


 この有能執事は、何を考えてるんだ。あと、理想とか言うな。


「それで、書かせる人を決める為の賞はどうするの?」

「出版社を立ち上げまして、そちらの新人賞という事にしました」


 待って。今この有能執事、何て言った?


「え……出版社を、立ち上げる?」

「はい。王都は現在、本の売れ行きが大変いい状態です。あちらこちらで詐欺紛いの出版社が出て来て、作者が苦労する事も少なくないとか」

「そうなの?」

「その点、デュバルはホワイトな出版社を目指しております。小説だけでなく、学術書、魔法関連書籍などを取り扱う予定です」


 魔法関連書籍かー。その辺りは、分室がノリノリで書きそう。普段は忘れてるけど、分室の人間も研究所同様、魔法に関してはエリートだから。


 その分、人間性に欠けてる連中ばかりだけれど。それも、ロティのおかげで大分ましになってるって聞いた。ロティに感謝だな。


「それと、新しい出版社の社名を決めていただきたく」

「社名? うーん」

「いい名前を思いつかない場合、デュバル出版で――」

「却下だ」


 何が悲しくて、自分の家名を社名に使わなきゃいけないんだ。


 いや、前世ではそういう出版者も……あ。


「カストル。出版社の社長は誰?」

「ロエナ商会より、書籍担当者が来る予定です」


 ヤールシオールの部下か。なら問題ないね。


「では、出版社の名前はロエナ出版で」

「よろしいのですか?」

「いいよ」


 何より、私が忘れなくてすむ。新人賞、どうなるかな。いい人が応募してくれるといいんだけど。

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