第787話 小説

 デュバルとペイロンでやる事は全て終わったから、王都に帰ってきた。とはいえ、どこに行っても書類が追いかけてくるのだが。


「もうやだー」

「自業自得。これに懲りたら、ほいほいあちこちで事業を増やさないように」


 リラが今日も冷たい。でも、面白そうな事があって、出来る力があったらやるよね? 普通。




 ペイロンの研究所で騒いでいた騙りだけれど、あちらでの騒動はすぐ王都に広まったそうだ。早いねえ。


 騙りも一応本を出版していたそうだけど、いわゆる売れない作家だそうな。


 その辺りの情報を、コーニーが持ってきた。本日は、イエル卿も参加してちょっとした食事会だ。


 と言っても、いつも通りの三家族揃って我が家でご飯食べる程度なんだけど。


 コーニーは三時には我が家に来て、お茶をしつつおしゃべりに花を咲かせていた。


「にしても、売れない作家って、どんな話を書いてたんだろう?」


 ふと気になった。王都では識字率が高いので、数年前から新聞や本の発行部数が増えているという。


 そういや、いつぞやどこかの新聞社を潰したっけな。いや、あれは自滅だったっけ?


 思い出せなくて首を傾げていたら、コーニーが溜息を吐いた。


「あれは内容で売れないというよりは、そのもっと手前で売れないんだと思うわ」

「そうなの? コーニーは読んだんだ?」

「お友達が、買っていてね。捨てるというから、物は試しで借りて読んでみたの。そうしたらまあ、酷いなんてものじゃないわ。支離滅裂って、ああいうのを言うのかしら」


 割とぼろくそに言ってるね。


「そんな酷かったんだ」

「私が読んだのは恋愛小説らしいんだけど、ヒロインがまったく恋愛をしていない上に、出会う男全てに意味もなく惚れられ、最後は庶民のヒロインが国王に見初められて王妃になるのよ? しかも、物語としても盛り上がる場面がないし」


 それは酷い。一応、オーゼリアが舞台ではなく、架空の国の話にしているそうだけど、まあオーゼリアだよね? って描写ばかりなんだって。


 もうちょっと捻りなよ……


「他の作品を持っている人に内容を聞いたら、どれも似たような筋らしくて、一冊買えばもう十分って言う人ばかりよ」

「まあ、その内容じゃあなあ。逆に、よく今まで本を出せたね」

「女性作家は人手不足なんですって。女性向けの小説は需要があるから、出版側としても一人でも多くの作家が欲しいそうなの」


 何と。ちなみに、昔学院祭でやった幻影魔法の題材も、女性作家が書いた小説だ。あれはベストセラーで、何度も舞台化までされた作品だけど。




 この話題は、夕食の時まで続いた。


「ああ、確かメバリーネ・ネユテスだっけ? 彼女の作品は読みづらい上に何を書きたいのかいまいちわかりづらいんだよね」


 どうやら、イエル卿も騙りの作品を何冊か読んでいるらしい。その結果、読むに値せずという評価を下したようだ。


「俺としては、リューシラ・マチロットの方をお薦めするね」

「誰です? それ?」


 初めて聞く名だ。


「侯爵が知らないのは驚きだけど、今王都で女性に一番人気の作家だよ」


 ん? 一番人気? それって、もしかして。


『例の、精神感応を受けている者です』


 マジか。


「最新刊が三日前に出たばかりでね。どの本屋でも売り切れ状態だってさ」 それは凄い。何でも、新刊が出る日は開店前から本屋の前に列が出来るんだとか。何のイベントだ。

「レラが本に興味を持つとは、珍しいな」


 ヴィル様、酷くね?


「聞いてるかもしれませんが、先日ペイロンの研究所に押し入ろうとした人物がいまして。それが、先程名前が挙がったメバリーネ・ネユテスなんです」

「何? そういう人物がいたというのは聞いていたが。作家が、どうして研究所に入ろうとしたんだ?」

「何でも、取材だとか」


 私の返答に、ヴィル様が眉間に皺を寄せる。恋愛小説書いてるような作家が、研究所の何を取材するんだろうね?


 ジャンル替えでもするつもりなのかな。でも、コーニーやイエル卿の話を聞くに、ろくな作品にならないように思えるんだけどなあ。


「何にしても、研究所に押し入ろうというのは看過出来ん。ルイとも連携して、その作家とやらの監視と調査が必要だな」

「あ、調査ならうちの執事がやりました」

「……そうか」


 ヴィル様、不満そうだなあ。研究所って、魔法の最先端技術がゴロゴロしているから、国にとっても重要機関なんだよね。


 そんなところに押し入ろうとすれば、そりゃ警戒もされるってもんだ。


 本人的には、ただ華麗に取材して最高の作品を書こう、とか思ったんじゃないかなー。


 思うだけでベストセラーを書けるなら、苦労はないと思うけれど。




 イエル卿に勧めれられたからというだけではないけれど、例の精神感応を受けているという作家の作品を読んでみた。


 リラに睨まれたけれど、これも社交の場での話題作り……と言って逃げている。


 リューシラ・マチロットの作品は、主に恋愛が中心なんだけど、それだけじゃないらしい。


 架空の国の王宮を巻き込んだ陰謀劇や、お家騒動を絡めた話など、なかなか読み応えがある内容だ。


 新刊は、政略結婚で嫁いだ王太子に王宮を追われた王太子妃が、護衛騎士として側についた男性と恋に落ちるというもの。


 王太子妃は白い結婚で、結婚後三年経てば離縁が出来る。そこに周囲からの思惑や、自分の立場の悪さを自覚した王太子からの子作り宣言、最後は騎士が実は王族で、王太子を廃嫡後に彼が大公になって王太子妃と結婚するというもの。


 ご都合主義な部分が多いけれど、それはそれで楽しめる。なるほど、売れる訳だ。


 これも、精神感応を受けた結果の作品なのかな。


「リューシラ・マチロットの作品はどうだった?」

「うん、それなりに面白い。恋愛だけじゃない辺りも、私好みかも」


 もう一冊、お嬢軍団のお気に入りという作品は、二年前に出た作品だという。


 こちらの主人公は、子爵家の令嬢。彼女には、密かに思う相手がいた。没落寸前にある伯爵家の次男だ。容姿端麗な彼に憧れる女性は多いけれど、家の事情から結婚相手がなかなか見つからない。


 ヒロインの実家も、ヒーローの実家の借金を肩代わり出来るだけの財力はなかった。お互いに想い合っているのに、家の事情から結ばれない二人。


 やがてヒーローは家を救う為、成金の男爵家に婿入りする。妻となった男爵令嬢は我が儘でヒステリックな女性だが、その実夫となったヒーローにベタ惚れ状態。


 でも、元来の性格が災いして彼にその事を伝えられずにいる。結婚して五年、夫婦の溝は深まるばかりだった。


 そんな中、とある夜会で再会したヒロインとヒーロー。万感の思いを込めて、一曲だけ踊り、離れた。


 その場面を、ヒーローの妻が見ているとも知らずに。


 その日の夜、男爵邸は火に包まれる。火を付けたのは、男爵令嬢。夫であるヒーローを殺してしまおう、自分も一緒に死のうと邸に火を放ったのだ。


 一緒に死んでと迫られるヒーロー。妻をここまで追い込んだのは自分なのかと妻の手に掛かる覚悟を決めるが、結果的に彼を救ったのは男爵家に仕える老執事。


 彼は娘か孫のように思っていた男爵令嬢の手が汚れるのが許せず、男爵令嬢を自分で刺し殺し、ヒーローはバルコニーから突き落とした。


 でも、植木がクッションになり、ヒーローは生還。男爵家は焼け落ち、男爵令嬢は執事に刺され死亡、執事も火に巻かれて死んだ。


 残されたヒーローは実家に戻らず、平民として生きる覚悟を決めた。ヒロインは家の籍から外れ、彼に付いていく決心をする。


 なかなかたくましいヒロインだ。


「……面白かったんだけど、これを読んでどうしたらあの行動になるのかがわからない」


 ぼやく私に、リラがお茶を出してくれた。


「あの子達、ヒーローが既婚者で、不幸な結婚生活を送っているってところだけ抜き出していいように考えていたんじゃないの?」

「あー」


 そういえば、ガルノバンで出会った転生者のお嬢さんも、似たような事言ってたっけ。


 確か、私が怪我を負ったかトラウマを抱えたかで、それの原因がユーインにあるから責任取って結婚したとかなんとか。


 あれも大概どうよ? って設定だったっけ。夜だけ淫乱になるって、どういうトラウマだ。


 ともかく、あのお嬢軍団が自分達にだけ都合のいい頭をしてるって事だけはわかったわ。


 それと、精神感応を受けてる作者だけど。作品を見る限り、おかしなところは感じなかった。


 これが精神感応の結果だっていうのなら、一体どこの誰から精神感応を受けてるんだろう。

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