第786話 騙り

 狩猟祭が無事終わったけれど、私とユーインはまだペイロンにいる。以前言っていたように、研究所でユーインの体質を調べてもらう為だ。


 デュバルにも分室があるけれど、検査機器はやはり研究所の方が最新になるらしく、ニエールに勧められたというのもある。


 そのニエール、本日は検査に立ち会うそうな。


「ちゃんと側で見張っておかないと、必要ない事まで調べそうだし、ヤバい事をやらかしかねないからさー」

「さすが同類。よくわかっている」

「まあね」


 褒めてないよ、皮肉だよ。気付けよ。


 三人で日常に戻った魔の森前の広場を囲む小道を歩いて行くと、何やら研究所の前に人だかり。何だ?


 集まっている人達の一人がこちらに気付き、小走りで近づいてきた。格好から見て、研究所の職員か。


「ニエール主任! お帰りなさい!」

「いや、帰ってきた訳じゃないんだけど。これ、何の人だかり?」


 ニエールの質問に、近づいてきた職員は顔を曇らせる。


「何だか、面倒な人が来ているそうで」

「面倒な人?」


 ニエールと私の声が重なった。研究所に来る面倒な人って、誰だ?


 件の人物は、研究所入り口で何やら喚いている様子。そっと近寄って人垣の隙間から覗くと、仕立てのいい服の背中が見えた。女性だね。


「ですから! これは取材だと言ってるじゃありませんか!」

「ですから! こちらもそれはお断りしたと何度も言ってるでしょ!」

「んまあああああ! この私を知らないの? 今や王都で大人気作家である、このメバリーネ・ネユテスを!」


 誰それ。


『一応、王都で物書きをしている人物ですね。ですが、本人が言う程売れてはいません。以前お伝えした、他者から精神感応を受けている者と同じ出版社から本を出しています』


 ほほう。んじゃ、その精神感応を受けているという人物を、知っている?


『はい。彼女が脚光を浴びたのを妬み、王都から離れたペイロンでなら、彼女の成果を騙れると踏んだのでしょう』


 何だ、張りぼてか。いくら騙ったところで、実際は違うのに。


「レラ、あれ、放っておくの? 中に入れないんだけど」


 人垣から先に進めないニエールが焦れてきた。心配しなくても、そろそろあれが来るでしょう。


「そのうち熊が――」

「何やってんだ!? おめえらあ!」

「ほら」


 所長の熊がご登場だ。あの見た目だから、普通の女性なら怖がって逃げるんだよね。


 でも、あの騙りは根性だけはあったらしい。いらない根性だけど。


「んまあ、このむさ苦しい男は何なの!?」

「ああ!? 誰がむさ苦しいだって? ってか、そういうそっちは誰なんだよ?」

「まったく、これだから田舎者は。よくお聞き。私は王都でも大人気の――」

「おい小娘。用がねえならとっとと帰りな」

「え」


 あーあ。ペイロンの人間は、余所から「田舎者」って侮られるのを嫌う。魔の森を一領地で抑え込んでいる自負があるからだ。


 熊の場合はあまり気にしないんだけど、今怒っているのは、他の所員の為。人垣からも、冷ややかな空気を感じる。


 って、本当に冷たいよ。ちょっとそこ! 何魔法で氷を出してるんだ! その大きさだと、当てたら確実に相手が怪我するよ!


 それでも炎を出さない辺り、まだ冷静だな。仕方ない。


「そこまで!」


 一声と同時に、魔法を発動しようとした連中を全員個別で魔力遮断結界に包んだ。魔力を体の内側に抑え込むタイプの結界で、現在ユーインに使っているのと同じもの。


 当然、発動寸前だった彼等の魔法は、途中でキャンセルされた。


「おう、レラか」

「そこのあなた、とっとと王都に帰りなさい。今ならまだ列車があるから」

「な、何なんですの!? いきなり。不躾でしょう!?」

「あら、躾け云々を口に出来るような立場かしら? そういうのは、相手をよく見てから仰い。誰か、ヴァーチュダー城に連絡して、衛兵を寄越して」

「はい!」


 人垣に声を掛けたら、あっという間に一人が駆けだした。これで後はルイ兄に任せればいいや。


 この騙りが今後、ペイロンを永久に出禁になろうがどうしようが、知ったこっちゃない。


 衛兵という言葉に、騙りがぎくりと肩を揺らす。


「え、衛兵? わ、私は何もしていないわよ!?」

「現在進行形でしてるでしょ? 研究所に多大な迷惑を掛けてるじゃない」


 私の言葉に、周囲の職員達が無言で頷く。ニエールも頷いているよ。


 周囲を見回し、自分の立場が悪いと理解したのか、騙りは逃げだそうとした。やだなあ、逃がす訳ないじゃん。


 色の付いた結界で、騙りを囲む。人一人が立っているのがやっとの細い結界だから、動けないし座れもしない。足が引っかかるから。


 結界がびくともしないとわかった途端、騙りは叫びだした。


「た、助けてえええええええ!」

「失礼だな。ちょっと結界で動けなくしただけだよ」

「レラ、普通の人は、結界に閉じ込められたらああいう反応になるから」


 私の肩に手を置いたニエールが、残念そうに呟く。そうなの? でも、職員達は嬉々として結界の中の騙りを見ようと周囲に集まってるよ?


「おお、これはまた見事な結界」

「まさしくアリ一匹通さないというやつだな」

「魔力の通し方も完璧よ。さすがレラ様」

「伊達に魔の森で魔物を狩りまくってないな」


 おかしい。事実なのに、笑いながら言われるとディスられているような気分になるのだが。


 程なくヴァーチュダー城から衛兵達が来たので、結界を解いて騙りを任せた。後はルイ兄がうまくやってくれるでしょ。


 連れて行かれる騙りの背中を見送ったら、熊が声を掛けてきた。


「お前らは、ユーイン卿の検査か」

「うんそう」


 私は、ちゃんと予約を入れて来てるからね。




 検査は割と簡単に終わった。ニエールがいてくれてよかったわー。本当にあいつら、いらない検査までしようと待ち構えていたよ。


 いくら特殊体質の人間を調べられるからって、露骨すぎ。


「結果はいつわかるの?」


 私からの質問に、担当職員が朗らかに答える。


「今日中には出ますよ。ここでお待ちになりますか? それとも」

「面倒だから、ここでいいや。ユーインもいい?」

「構わない」


 ニエールも、顔なじみの職員と話し込んでるし、研究所の中で待つとしましょう。


 研究所には、一階に来客用の応接スペースがある。そこでお茶とか軽食を出してくれるんだけど、今はコーヒーと焼き菓子を堪能中。


 ここで出されるお菓子は、基本ヴァーチュダー城で作っている。シャーティは、元々ヴァーチュダー城の厨房で働いていたんだよね。


 彼女の焼き菓子の腕に惚れ込んで、色々な前世のお菓子を再現してもらったのも、いい思い出だ。


 その結果、王都で店を出すまでになったんだもんなあ。ちなみに、うちのパティシエールはシャーティのところで修業した子だ。総料理長も唸る腕前の持ち主である。


 検査が終わったユーインは、少し緊張しているようだ。結果を聞く事に対してだろうか。


「大丈夫だよ、ユーイン」

「レラ……」

「どんな結果でも、ちゃんと対応出来る魔道具、作るから」


 私の発言は彼にとって意外だったのか、ちょっと驚いた後に微笑んだ。


「ありがとう、レラ。あなたには、いつも助けられている」

「それ、私が言う言葉じゃない?」


 いや本当、多分ユーイン以外の人だったら、私についてこられずに振り落とされていたんじゃなかろうか。


 最初にユーインを私の婿に、と決めたシーラ様の慧眼たるや。本当、いつまで経っても頭が上がりませんて。




 結果は、単純な魔力量増加による、体質の強化だった。


「では、父上には影響はないな……」


 そうか。同じ体質のユーインパパの事も、心配だったんだね。でも、増えた魔力量に依存する変化なら、パパの方は問題なしだ。よかったね。


 特注の魔力制御用のブレスレットを注文して、研究所を後にする。これでこちらでやる事は全部終わった。


 明日には、王都に帰ろう。

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