第783話 仲裁

 さて、デュバル本領で開かれている私のバースデーパーティーですが、一部のお嬢軍団のせいで絶賛重苦しい空気となっております。


 主に、お嬢軍団の周囲が。


 普通さあ、こういう場合ってどこかの誰かが取りなしをするんだけれど、お嬢軍団、周囲の奥様方の誰も動いてくれません。


 まあ、いくら子供だからって、あれはないもんな。しかも、子供といってもまだ学院生だから色々目こぼしされてるってだけで、既に成人年齢に達しているし、社交界デビューもしている。


 いくら家が新興貴族で躾や教育が足りていないとはいえ、言い逃れは出来ないよ?


 私は手に持った扇を反対の手のひらにパンと打ち付ける。お嬢軍団の肩がびくりと揺れた。


「さて、思い上がりも甚だしいあなた達だけれど、一応学院生なのよねえ」


 お、周囲がヒソヒソやり出した。声、拾えるかな?


『アシストしますか?』


 カストル、よろしく。


『デュバル侯爵家に刃向かうなんて、新興貴族は怖い物知らずねえ』

『大体、我が国で既婚者に言い寄るだなんて、不道徳ですよ。神の教えを何だと思っているのかしら』

『あの娘らの家は、どこだったかな?』

『新興の男爵家で、元は商家だよ。確か、ゼコード家、シアゼート家、ビードヤッツ家、ビユヴァン家、テセアン家、イニテード家だったかな』

『なら、その家とは付き合いを断っておこう。こちらにまで飛び火されては敵わん』

『確かに。当主も、まさか叙爵されて数年で娘がやらかし、また平民に逆戻りするとは思いもしなかっただろうよ』

『甘いね。同じ頃に叙爵された家でも、ちゃんと子供達の教育の手を抜かなかった家は、いくらでもあるだろうに』

『まあ、毎年の事さ』

『そうだな』


 本当、貴族ってこわー。


 目の前のお嬢軍団は、すっかり怯えて縮こまっている。その姿が、余計に私の怒りを煽った。


「前の子達の時も思ったのだけれど、そんな安い覚悟で私の夫に近づこうとした訳? 私の夫を、そんな安い相手だと見下していると?」

「そ、そんな! 私は」

「ああ、言い訳は結構。聞く気はないから」


 まあ、お嬢軍団が怯えているのって、私がごくごく薄ーく出してる威圧のようなものに気圧されているからだ。


 でも、手加減はしてるよ? 本気でやったら、この会場でも耐えられる人は少ないし、下手したら心臓止まっちゃう人も出るかもだし。


 さあて、この後どうしてくれようか。


 と思っていたら、意外な人物が声を掛けてきた。


「そのくらいにしておいたらどうかしら?」


 柔らかい、優しい声。


「お祖母様。いらしてくださったんですね」


 ばあちゃんだー。じいちゃんと兄とお義姉様も一緒。


「遅れてごめんなさい。列車が、安全の為の点検をするとかで、遅れてしまったようなの。こんな事なら、早めに来ておけばよかったわ」


 あー、保守点検の為か。高いところを走っているせいか、鳥が接触する事があるんだよね。


 で、一度でも車体に接触したら、一度全部の列車を止めて、点検するようにしているんだ。安全第一。


「遅れたのは鉄道会社の方針が原因ですから。今着いたんですか? お疲れでは?」

「大丈夫よ。……あなた達、今の今まで、誰もあなた達を助けようと、この子に声を掛ける人はいなかったでしょう? それが、今のあなた達の立場よ」

「え……」

「学院生で、成人していて、社交界デビューもしている。ならば、大人と扱われる事が多いでしょう。大人はね、社会の規範を大事にするわ。それこそ、自分の感情よりも」

「でも! 好きという想いは消えません!」


 あ、どさくさに紛れて告白紛いの事をしてるな? ちらりと見たユーインの表情は、完全に無だ。彫像めいたその容姿もあいまって、まさしく彫刻。


 ちらちら彼を見ているお嬢軍団は、感情が落ちてる彼でもいいらしい。それ、観賞用に好きって事じゃね?


 お嬢軍団の言い草に、ばあちゃんも溜息を吐いちゃってるよ。


「それが駄目なのよ。大人なら、社会で求められる姿でいなくては。それは、規範を守り、優雅に過ごす事。それこそが、淑女に求められる姿です」


 ごめん、ばあちゃん。私も、色々そこから外れてます……


 内心で一人反省会をしていたら、やっとお嬢軍団の父親がやってきた。ちなみに、何故母親がいないかというと、母親の分の招待枠を使って、娘が参加しているから。


 家庭内でなら、招待枠を融通する事はよくある事。とはいえ、娘にせがまれて連れてきたら、家が危うくなりましたなんて、洒落にもならないと思うけどなー。


「これは、一体どうしたというのですか!?」

「お父様……」


 一人が自分の父親に泣きついたら、残りもやってきた親にすがりつく。あっという間に、会場にはお嬢軍団の泣き声が響く事に。


 本当に、何してくれてんだ、まったく。


 うんざりする状況をまとめてくれたのは、ばあちゃんだ。


「あらあら、泣いては駄目よ。あなた達はもう、成人しているのだから。立派な淑女は、人前で涙など見せないものよ?」

「え? いや、しかし」

「娘達は、何故こんなに泣いているんです? 緊急事態だというから、大事な商談を中断してこちらに戻ってみれば……侯爵閣下、これは一体どういう事なんですか?」


 ああ? 子が子なら親も親だな。私が悪いってか?


 むっとしたのがわかったのか、父親軍団の一人がこちらに文句を付けた一人を押さえる。


「待ちなさい。何も、閣下が何かしたと決まった訳ではないだろう」

「だが! 実際娘達は泣いているんだぞ?」


 何この茶番。もう、親子揃って放り出していいかなあ?


 命令を下そうとした私を止めたのは、兄だ。


「タフェリナ、ここは、お祖母様に預けないかい?」

「レラ様。どうか、お祖母様に免じて」


 兄夫婦に言われては、何も言えない。


 ばあちゃんはこちらの様子を窺ってから、親子軍団に向き合う。


「まず、あなた方お嬢さん達の父親には、状況を正しく認識してもらいましょう。あなた達のお嬢さんは、ここにいるデュバル侯爵の夫であるユーイン卿に言い寄ろうとしたのよ。侯爵の目の前で」

「え」


 あれ? ばあちゃん、どこから見ていたの?


『男爵家の娘達が、旦那様に言い寄ろうとした場面はしっかり見ています』


 そうだったんだ。じゃあ、私の気が済むまで、会場に入るのを待ってくれてたの?


『控え室の方で、おもてなししておりました』


 ありがとう。


 ばあちゃんに事情を聞いた父親達は、さすがに色々とわかっているようだ。自分の娘を信じられないものを見る目で見ている。


 娘達の方は、今まで親にそんな目で見られた事はなかったんだろうね。ショックを受けているよ。


 でも、そろそろ自分達が何をしたのか、理解しようか。


「閣下! こ、このお詫びは幾重にもいたします! どうか、娘の事は見逃していただけませんか!?」

「わ、私も伏してお願いいたします!」

「我が家も!」

「わ、我が家もです!」


 父親達が、続々と私の前で膝を突く姿を見て、娘達は涙も引っ込んだらしい。


 君達がやった事が、どういう結果をもたらしたか、やっと理解したかね?


 膝を突く父親軍団に、ばあちゃんが優しく、でもしっかりと言い聞かせる。


「叙爵されてまだ日が浅いあなた達だから、お嬢さんの教育が足りていなかったのでしょう。でも、それは言い訳にもならない事は、よくわかっているのではなくて?」

「は……はい……」


 叙爵されるような商家の娘なら、貴族家に嫁ぐ未来もあったはず。台所事情の悪い貴族家なら、たとえ伯爵家でも商家から嫁を取る事がある。


 その場合、嫁の方をどこか適当な貴族家の養女にしてから正妻にするんだけれど。この身分ロンダリングをやって子爵家の正妻に収まったのが、子リスちゃんの継母だ。


 さすがにあれは極端な例だけれど、他にも探せばいくつかあるそう。


 そういう意味でも、叙爵前から自分の子にはしっかり教育をしておくべき。ばあちゃんは暗にそう言っている。


 お嬢の方は知らないけれど、さすがに叙爵される家の当主である父親達の方は理解したようだ。がっくりと肩を落としている。


 ばあちゃんは、彼等に最後通牒を突きつけた。


「お嬢さん達の事が、これからのあなた達の家にどう影響を与えるか。それは、これからのあなた達親子に掛かっていますよ。わかりますね?」

「はい……今後、二度とこのようなご迷惑を掛けるような事はいたしません」

「だそうよ。これで、溜飲を下げてくれないかしら?」


 私を振り返るばあちゃんは、見事なウインクをして見せた。この状況に乗れと、そういう事ですね?


「……お祖母様が、そう仰るなら」

「ありがとう。さあ、あなた達もお立ちなさいな」

「はい……閣下、我々は、これで失礼させていただきます。お詫びは、後程」


 あえて、父親軍団の言葉には返事をしなかった。お姫関連の嘆願手紙へ、返事を書かなかったのと同じ事だ。


 大体、まだ詫びを入れられていないからね。


 親子軍団は、静かに会場から立ち去った。まったく、会場の雰囲気をぶち壊すだけぶち壊して、さっさと逃げるとは。


 いや、あのまま居座られても、気分悪いからいいけどさー。

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