第782話 ラブラブー

 ユーインの顔色が悪いのは本当なので、イエル卿にお願いして少し控え室で休んでもらう事にした。


「ごめんね、コーニー。旦那さん、借りちゃって」

「気にしないで。それよりも、何やら雰囲気の悪い子達がいるわね?」

「そうだね」


 ユーインが一旦退場しても、まだこちらを睨む事をやめないとか。そろそろ周囲も気付く頃なんだけど。


 ところであの睨んで来る子達、どこの子だろう?


『ゼコード男爵令嬢、シアゼート男爵令嬢、ビードヤッツ男爵令嬢、ビユヴァン男爵令嬢、テセアン男爵令嬢、イニテード男爵令嬢です。どの家も、二、三年前に叙爵された家ですね』


 新興貴族ってやつか。それで娘の躾が行き届いていないのかな? でも、そういう場合でも、とりあえず高位の家の人間に逆らうなと教えられるものじゃないの?


『彼女達は、全員メディッド公爵令嬢と同学年です』


 お姫とかー。何か、関係があるのかな?




 挨拶が一通り終わる頃には、ユーインが戻ってきた。何となく、イエル卿がばつが悪そうに見えるのは、気のせい?


「レラ、済まない」

「いいのよ。もう大丈夫?」

「ああ」


 にこりと笑うユーインに、今まで私を睨んでいたお嬢軍団から黄色い声が上がる。うるせー。


「あ、ちょっと待って」


 そちらに見せつけるように、ユーインのタイに指を掛けた。


「少し、曲がってたわ」

「ありがとう」


 しげしげと顔色を確認するけれど、顔色が休む前よりよくなっている。これは……


 こそっと、彼に耳打ちした。


「もしかして、匂いが酷い?」

「……済まない」

「あなたのせいじゃないわ」


 では誰のせいかと言えば、あの黄色い声の主だな。


 ユーインは相手の魔力や感情を、匂いで感知する。珍しい体質だけれど、彼の家ではよく出る体質なんだとか。


 実際、ユーインパパである現フェゾガン侯爵は、目で魔力を見るらしい。ニエールも近い事が出来るけれど、ユーインパパの方が精度は上だ。


 そんな彼等の特殊体質を和らげる事が出来るのは、研究所で作られた魔力制御の腕輪だけ。


 もちろん、ユーインも持っているし、今日も付けているはずなんだけど。お嬢軍団の臭さがそれを通り越す程酷いのか、それともユーインの体質が強くなっているのか。


「ねえ、一度、研究所でしっかり調べてもらった方がいいのかも」

「研究所か……」


 ユーインが気乗りしないのは、わかる。あそこは変人揃いだから、特殊体質のユーインやユーインパパが行ったら、上から下まで探れるだけ探られるだろう。下手したら、そのまま解剖とかしかねない。


「研究所に行く時は、私も同行するわ。暴走する連中を止められるの、多分私くらいだから」

「なら、安心だな」


 再び微笑まれた。当然、お嬢軍団がうるさいうるさい。もう、そろそろ放り出そうかな。


 周囲の招待客達も、眉をひそめている。にしてもあのお嬢軍団、自分達に向けられる視線に気付いてないのかしら。


 そして、あのお嬢軍団の親達は、今どこにいるんだ?


『彼女達の親は、新しい取引先を見つけて、控え室にて商談中です』


 おいおい。新興貴族は生き残りが大変なのはよく知っているけれど、だからといって躾けの足りていない娘を放置なんて、それこそ致命傷だぞ。


 まあいい。あのお嬢軍団にはいい生け贄になってもらおう。


「ユーイン、ちょっと離れるけれど、イエル卿達がいるから平気よね?」

「……同行する」


 む、これは、これから何をするか、バレてる? でも、何で?


 内心首を傾げながらも、確かにユーインが側にいた方が効果的かもと考える。その前に、本人の体調が心配なんだが。


「大丈夫?」

「……耐えてみせる」


 それ、駄目なやつー。仕方ない。


「急場しのぎだけれど、魔力を遮断する結界を張っておくね。この場なら、攻撃を受けても私かカストル、オケアニス達が護るから」

「ありがとう」


 常になく、ラブラブ夫婦っぷりを周囲に見せつける。イエル卿、そこで驚かない。隣のコーニーも目を丸くしないで。


 リラは頭を抱えているし、ヴィル様は渋い顔をしてるよ。この辺りの身内筋には、事前に説明してあるからなー。


 おかげで、ラブラブ夫婦を演じるこっちは、内心小っ恥ずかしいったらありゃしない。


 でも、これもユーインの為。頑張らねば。




 態度の悪さで周囲から遠巻きにされつつあるお嬢軍団。そちらに向かおうかと思ったら、意外にも向こうからやってきた。


「あの! フェゾガン家のユーイン様でいらっしゃいますよね? 私、貴族学院三年生の――」

「何のつもりかしら?」


 お嬢軍団の一人が嬉々として自己紹介をし始めたのをぶった切ったら、信じられないって顔でこちらを見てくる。


 いや、信じられない行動を取っているのは、君らなのだが? それと、周囲は何故そーっと遠くに離れていくのかね?


 コーニー、イエル卿を引っ張って離れていくのはどうしてかな? 側にいてくれてもいいのよ? 幼馴染みでしょう?


『ネドン伯爵夫人は、夫君に面白いものが見られそうだと囁いてらっしゃいます』


 コーニー、楽しんでるな?


「先程から見逃していたら、とうとうユーインに自分達から声を掛けるなんて。どういう躾を受けてきたのかしらねえ?」


 私の言葉に、遠巻きにしている人達から失笑する声が聞こえる。


「あら? そもそも、社交界での礼儀を習っていないのかしら? 困ったわ。そんな家の人を招待したなんて。これは、我が家の者を厳しく罰しなくては」


 招待状を管理しているのは、実質リラだ。ちらりと彼女の方を見たら、ぎょっとしていた。


 大丈夫、これはただの演出だから。


 お嬢軍団の方はといえば、躾け云々、招待云々の話が出た事で、家を巻き込むとやっと理解したらしい。


 でも、怖い物知らずはどこにでもいるようだ。


「あら、侯爵こそ、メディッド公爵家の姫君を蔑ろにしたと有名でしてよ? 侯爵家当主が、王族に連なる公爵家の姫を軽々しく扱うなんて、それこそ礼儀がなっていないのでは?」

「まあ、驚いた。あの姫と知り合い? ああ、学院三年生だと言っていたわね。もっとも、もう三年生ではないでしょうに」


 夏のこの時期、留年していなければ三年生は修了してなきゃおかしいもんな。私の指摘に、お嬢軍団は全員顔を真っ赤に染める。


 そして、やはり周囲の遠巻き連中から笑い声が上がった。どうでもいいけれど、お嬢軍団の親達、まだこないのか。


 これ、親もひっくるめてハブにされてないかね? 大丈夫か? 新興貴族なのに。


「三年生なら、もう社交界デビューは果たしているはず。それでこの体たらくとは。一体、何を学んできたのかしら」

「そ」

「ああ、下らない事は言わなくて結構よ。聞く気はないから。ただ、人の夫に手を出すような真似は慎みなさいね。でないと、痛い目に遭ってしまうかもしれないわよ?」

「わ、私は」

「去年だか一昨年のパーティーでも、同じような事をした子達がいたのだけれど、彼女達が今どうしているか、ご存知?」


 にっこり笑って言えば、お嬢軍団は真っ赤な顔を真っ青に変えた。


 言うて、彼女達のその後なんて、私も知らないんだけどねー。まあ、ここで聞いてくる事はないでしょう。


『前回のラヤン子爵令嬢、ヤーヴァン伯爵令嬢、ギデヴァン伯爵令嬢、キンシック子爵令嬢、フェナー男爵令嬢は、それぞれ父親の決めた結婚相手に嫁いだようです』


 へー、意外にも幸せにやっているんだ。


『そう言い切れますかどうか』


 どういう意味?


『どの嫁ぎ先も、金や親族による人脈は持っていても、人としてどうかという性格の持ち主ばかりですし、二人は既に後継者がいるところへ後妻として入ったようです』


 おう。金獅子事件の時のストーカー令嬢のその後に似ているね。というか、オーゼリアってそんなヤバい貴族ばかりいるの? 国として、大丈夫?


『嫁ぎ先は全て羽振りのいい騎士爵家、男爵家ですから、問題ないのではありませんか?』


 その気になれば、いつでも潰せる家ってか。潰した後は、目の前のお嬢軍団の家のように、国に貢献している平民を叙爵すればいい。


 なるほど、伯爵以上の爵位の家が貴ばれるのは、そんなサバイバル状態の中を生き残っているからか。


 貴族って、怖ーい。

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