第781話 今宵はひと味違うぞ?
西のイエルカ大陸に作っている運河は、幅が広くない。というか、一番広いところでも十メートルくらいかな。ロックの場所は、もうちょっと広いか。
その程度でも運河なので、渡るには橋がいる。その橋の建設については、運河の建設と運用を丸投げしたうちの文官、レネートに一任した。
いや、現場を知ってる人間の方が、どこに橋を架ければいいかわかると思って。
「言い訳」
「うぐ」
本日は、ヌオーヴォ館にてドレスの仮縫いだ。こんな間際に仕立てる事になって、マダムには悪い事をした。
とはいえ、そこはちゃんと特急料金を支払っている。私のドレスには使わないそうだけど、ミシンも格安で提供したしね。
あれのおかげで、いわゆる高級既製服を作れるようになったそう。ミシンも、追加注文が来たっていうしね。
どこもWin-Winでいい事だ。
その仮縫い会場になっているヌオーヴォ館の一室で、リラから追加の言葉が来た。
「大体、橋をどこに架けるかなんて、結構重要な話じゃないの? それをレネートに一任するなんて。彼には荷が重いんじゃないかしら」
「そうなの?」
「橋は物流に関わるって言えば、わかる?」
物流かあ。運河は元々、その物流の為に造っている。最初はゲンエッダから海を介さずにブラテラダへ食料を輸送する為の手段だった。
それが、水不足にあえぐ帝国への水の供給と共に、帝国内の物流も変える事になるとは。
皇宮では、今必死に運河の運用を検討しているそうな。使うのはいいけれど、運賃はしっかり取るよ? 一銭もまけないからね?
運河に掛ける橋は、石造りのしっかりしたものを造る予定。川幅十メートル程度の橋だから、そこまで巨大にはならないし。
何なら、人が二人並んで通れる程度の幅でもいい。馬車は通れませんよってやつ。
「そうしておけば、変な事を考える奴らも出てこないでしょう」
「甘いと思うけれどね。あの帝国だもの。今はおとなしくしている貴族達も、今か今かと牙を研いでいるんじゃないかしら」
まあ、帝国は一枚岩じゃないからね。それを言ったら余所の国もそうなんだけれど。
あそこは特に、下剋上の気運が強い気がする。
「貴族が暴れたら皇帝にチクればいいし、庶民が暴れたらオケアニスが鎮圧するし。問題はないのでは?」
もし運河沿いに領地を持つ貴族が暴れたら、これ幸いと家を潰して皇帝直轄領にしちゃえばいいんだよ。
で、皇帝がいちゃもん付けてくるようなら、星空の天使再びかな。あ、三度? それ以上だっけ? まあいいや。そういう事で。
でも、運河クルーズは行きたいなあ。狩猟祭が終わったら、ユーインと一緒に行くのもいいかも。
どのみち、一度はクルーズの下見をしなきゃいけないし。これは逃げではなく、仕事なのだ。
今年のバースデーパーティーはひと味違う。ドレスもメイクも気合いを入れたというのもあるけれど、それ以外にも。
今年からは、ユーインに近づく女はたとえ誰であろうと叩き潰す。それはもう、全力で。
それを見た他の女が、おいそれと近づこうとは思わなくなるくらいに。
そのくらいやらないと、この先も彼が傷つき続けると思うから。
夫を護るのは妻の務め! 私、頑張る!
「何会場に出る前から握り拳作ってんのよ」
リラから、呆れた声が掛かった。
「決意を新たにしていたの!」
「あそ。どうでもいいけれど、刃傷沙汰はやめてね」
ドライだなあ、リラは。私がやるなら攻撃は全て魔法だから、切った張ったの世界にはならないよ。
招待客は、続々と到着している。普通の夜会なら、入り口で主催者が出迎えるものだけれど、バースデーパーティーは主催者が主役になるからね。
招待客が全員揃ってから、私が出る事になっている。ヌオーヴォ館のボールルームには、既にかなりの人数が集まっていた。
王都から泊まりがけで来る客も多いので、この時期のヌオーヴォ館は大忙しだ。ルミラ夫人に感謝。あの人がいなかったら、今頃大変な事になっていたと思うから。今更だけど、あの時ルミラ夫人を雇えて本当によかった。
私はリラと一緒に、控え室代わりの部屋でボールルームの様子を映した防犯カメラの映像を見ている。
「今年はまた、若い女性が多いのね」
「招待したのは、その両親の方なんだけどなー。目当てがどこにあるか、わかりやすいよねー」
ユーインはもうアラサーなんだけど、その魅力は衰えていないらしい。それを言ったらヴィル様の人気も未だに高いんだけどね。
どっちも、若い頃より今の方が魅力的……なんだってさ。それって、結婚したからじゃないのー? だったら、二人の魅力は妻である私達のおかげよねー?
その辺りを理解出来ないお嬢ちゃん達に、夫を取られるつもりはないからな?
私のバースデーパーティーは、社交にあまり積極的でない私が必ず出席する行事でもある。
王家派閥ならこの後に控える狩猟祭でお近づきになる手もあるけれど、派閥違いだとなかなか接触すら出来ないというね。
なので、あらゆる伝手を使ってこのパーティーの招待状を手に入れようとする家も多いらしいよ。今も、会場ではどうやって私に近づくか、ひそひそと話し合っている。でもそれ、全部マイクで拾ってるからね。
まったく、私はレアモンスターか。
控え室でブチブチ言っていたら、またしてもリラに怒られた。
「そう捉えられて仕方ない状況にしているのは、自分でしょ。嫌ならちゃんと社交の場に出なさい」
それは嫌。
「仕方ない。レアモンスターとして愛想振りまいてくるか」
「あら、珍しく前向きね。いつもならここからまたべそべそ言い出すのに」
リラは、ちょっと私に厳しくないかね? もう少し甘やかしてくれてもいいのよ?
本日、二人が身につけているアクセサリーはヒューモソンブルー。折角取り扱いを始めた淡水真珠なので、ここぞとばかりに大粒のものを選んでアクセサリーに仕立ててみた。
これを見た時の、ヤールシオールの顔ったらない。今にもよだれを垂らしそうだったわ。
彼女の場合、真珠そのものを欲しいと思うのではなく、これを自分が商えるというところに興奮するそうだ。よくわからない。
ともかく、本日は見た目はばっちり決めてある。誰にも何も言わせない。
ユーインにエスコートされ、ボールルームに入る。二階から下りるサーキュラー階段の上からご挨拶。
「皆様、本日はようこそおいでくださいました。私の誕生日を、今年もこうして盛大に祝う事が出来、心から感謝します」
短い挨拶の間にも、顔をしかめた若い娘っ子達を発見。他にもカストルやネスティの手を借りてあぶり出す事にしている。
祝いに来た相手にする態度じゃないからね。ここは両親の前で、しっかり善悪をたたき込んであげようか。
階段を下りて、近場にいる人から声を掛けていく。この辺りにいられるのは、いつもの面子だ。
ゾクバル侯爵家にラビゼイ侯爵家。ただ、いつもと違うのは、どちらの家も嫡男夫婦が参加している事だ。
「ご無沙汰いたしております、デュバル侯爵。本日は、おめでとうございます」
「ありがとう、キャドヒエロ卿、ヴェトニア夫人」
まずはゾクバル侯爵家嫡男夫婦からの祝いの言葉。
「お誕生日、おめでとうございます。デュバル侯爵。今年の王宮舞踏会以来でしょうか」
「お祝いをありがとう、ロディハス卿、ヴィヴィヤ夫人」
こちらはラビゼイ侯爵家の嫡男夫婦。この辺りは次代ともしっかり関係構築出来そうな家なので、大分楽。
「レラ、誕生日おめでとう」
「おめでとうございます」
「ロクス様、チェリ! ありがとう」
当然、アスプザットの次代も来ています。この二人とも、王宮舞踏会以来かなあ。あれだ、トンデモメロンを撃退した場だ。
チェリは、母になってからますます綺麗になっている。これも、きっとロクス様の愛情あってのものだね。
「レラ、兄上は会場にいる?」
ロクス様にこそっと聞かれた。そっと視線だけで、階段下を見る。
「向こうにいますよ」
「ありがとう」
何か、話でもあったのかな? まあ、王都で会えるとはいえ、ヴィル様もロクス様もお互い忙しいからねえ。ゆっくり話せる機会は、こういう時だけなのかも。
「レラ! お誕生日おめでとう!」
「コーニー!」
もちろん、ネドン伯爵夫妻であるコーニーとイエル卿も来ている。
「おめでとうございます、デュバル侯爵。あれ? ユーイン、お前顔色悪くない? ちゃんと食べて寝てるか?」
「余計なお世話だ」
「何だよー、せっかく心配してやってるってのに。お前、そんな顔色でいたら、奥さんに愛想尽かされるぞ」
「え」
ちょっとイエル卿、そこでユーインをからかうの、やめてくださる? 内容が洒落にならないんだから。
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