第780話 次いこ次

 男爵家の姉妹に関しては、こちらからは何も動いていない。というのも、結果として子供達全員が手元から失われる結果となったメディッド家が動く事になったから。


 それに併せて、三バカ息子と一緒になって噂を流した連中も、メディッド家が処分する事になった。


 さすがに全ての家を潰す訳にはいかないので、各々関わった子息はもちろん、当主も強制交代となる。


 その当主選別は、メディッド家が行うそう。


「へえ。随分多くの家が当主交代するのかあ」

「ざっと十五家って。こんなに噂をばらまいた連中がいたのね」


 ヌオーヴォ館執務室で、王宮から届いた報告書に目を通す。今回口頭での報告でないのは、私が本領にいるから。


 もうじきバースデーパーティーがあるし、その後は狩猟祭だ。その準備に忙しいのは王宮も知っているので、わざわざ呼び出す事がない。


 ユーインも一緒にヌオーヴォ館に帰ってきている。彼はこの時間、山の乗馬コースを走っているはずだ。


 ヌオーヴォ館にいてもやる事がないというので、体を動かすアクティビティを勧めている。島でのバカンスで魂の洗濯をしたから、次は肉体を使ってストレスを吹っ飛ばそう計画である。


 それはともかく、報告書にはもう一つ、ちょっと重めの内容が入っている。


 メディッド家当主が、この始末が終わった暁には隠居すると申し出たらしい。王宮としては、翻意を促すのに苦労しているそうだ。


「当主交代されると困るんだ?」

「ウィンヴィル様から伺ったんだけど」


 そう前置いてから、リラが教えてくれた。


 メディッド公爵家は、三大公爵家の中では最下位の家なんだけれど、王族の受け皿としてはとても優秀な家なんだとか。


 ルメス卿がコアド公爵家に入ったのは、母君の実家であるという以外に、跡継ぎであったフランボン卿が事故死していて後継者がいなかったというのが大きいんだとか。


 それがなければ、メディッド公爵家を継いでいたそう。


「ん? でも、メディッド公爵家って、息子が三人もいたよね? 彼等は?」

「ルメス卿がメディッド公爵家を継ぐ場合、彼等は跡取りのいない分家を継ぐか、新しく分家を作ってそちらを継ぐ予定だったそうよ」


 おおう。実子より直系王族の方が大事なのか。


 そんな家の当主を、これまで問題なく務めていたのが今の当主夫妻という訳。ぶっちゃけ、子供達の出来が悪くとも、いずれ生まれるロア様の二番目三番目の御子が跡を継ぐので、問題ないんだってさ。


 メディッド公爵家の特殊な立場はわかったけれど、なら別の王族に期間限定で当主を務めてもらえばいいだけなのでは?


 私の意見に、リラは渋い顔だ。


「メディッド公爵家の当主の座は、利益が大きいの。そういう立場を手にして、数年後に国王陛下の御子に立場を譲りますって出来る人、そういると思う?」

「いないね」


 全ての王族を知ってる訳ではないけれど、直系から外れれば外れる程、王侯貴族って権力や立場にしがみ付く傾向がある。


 そういったものがまったく見られないのって、ペイロンくらいじゃなかろうか。後は、分家筋を一切持たない家か。


 実はアスプザットがこれに近い。そしてデュバルは望まなくても分家がなくなった。何かね、どの家も跡取りがいなくて潰れたらしいよ。


 その前に、うちって分家あったんか。まあ、私の爺さんの代には既に分家筋が全て絶えていたそうだから、私が知らなくても無理はないんだけど。


 報告書を見ていくと、どこかで聞いた事のある名前がある。


「……どこで聞いたんだっけ」

「何が?」


 リラに聞かれ、読んでいた報告書の一部を指差す。


「この、ブット子爵って名前。どっかで聞き覚えが……」

「主様の、最初の婚約者の実家ですね」

「うおう!」


 いつの間にか執務室に現れたカストルが、脇から口を出した。


 彼に対し、リラが苦言を呈する。


「カストル、何度も言ってるように、部屋に入るときは扉から! ノックをしてちゃんと入室許可をもらってからと言っているでしょう!」

「申し訳ございません、エヴリラ様。主様が、お困りのようでしたので」


 カストル、リラの話を聞く気がないな。リラもそれがわかっているからか、渋い顔だ。


「まったくこの人外は。それで? この人の最初の婚約者って何?」

「最初の婚約者と言いますか、主様の実父が勝手に決めた結婚相手の実家ですね」

「ああ! いたね、そんな人」


 確か、つり目で痩せぎすの、感じ悪い奴だったはず。あれの実家かあ……


「それと、以前メディッド公爵令嬢がデュバル本領にいらした際、連れていらした護衛……実際は刺客でしたが、それらを手配した組織に、デュバル家の評判を落とすよう依頼したのがブット子爵です」

「あ! そういえばそんな話が!」

「忘れんな! それとカストル。そういう事は念話だけでなく、報告書としてこちらにも上げておくように」

「かしこまりました」

「あんたは、情報を共有する事を忘れんな!」

「はあい」


 いや、でも忘れていた事は共有出来ないよね? ……忘れる前に共有しろ、ですね、はい。


 そのブット子爵、組織壊滅に併せて顧客情報が漏れたらしく、当主と嫡男、嫡男の息子全員が捕縛されているそうだ。


 で、どういう伝手を辿ったのか、実父が以前私の結婚相手と勝手に決めたブット子爵家の六男が、嘆願の手紙を私に出してきた。その報告が、手紙と共に私の手元に来た訳だ。


「嘆願ってさ。手段を問わないと依頼した結果、王家に親しい公爵令嬢の命が狙われたんですが? あれ、うちでなかったら確実にお姫は命を落としてるよ」


 どのような経緯であれ、王族の命を狙った以上極刑は免れない。組織の連中は連座として、ブット子爵は今回の件に限って言えば、手段を問わないと依頼してしまっているので、お姫の命を狙ったのは子爵という事になる。


 何でだよと本人も言いたいだろうけれど、危ない組織に依頼をするという事はそういう事。


 現在捕縛されている者達は、確実に極刑だ。知らなかったは通らない。


 妻と娘は修道院行きだろう。実家に帰されても、実家も受け入れないから。下手に受け入れると、社交界でつまはじきにされるからね。


 家を独立している次男以下も、婿入り先だったり就職先で肩身の狭い思いをする。王家に仇なす罪は、重いのだ。


 一応、六男からの手紙を読んでみたら、まあ凄い。保身の連続だよ。自分は実家から独立して久しいから、兄が仕出かした事など知らない、関係ないの一点張り。読んでるだけで胸焼けがしそうだわ。


 読み終わって溜息を吐いていたら、リラが怖い顔で聞いてきた。


「手助けするとか、言わないわよね?」

「まさか。関わりも殆どない相手の上に、子爵家から迷惑を被ったのは私自身だもの」


 ブット子爵家は、多分このまま潰れる。その領地は一旦王領になって、いつか叙爵、陞爵した家に下げ渡されるんだろう。


 領民にとっては、上の首がすげ替えられるだけだ。




 バースデーパーティーの準備は、リラが張り切ってやっている。当主の私が動くのは、ドレスの採寸と仮縫いの時くらい?


「本当なら、女主人が中心に動くものなんだけど、うちの場合あんたが当主だからね」

「ご当主様の代理は務まりませんが、精一杯努力いたします」


 にこやかに宣言してくれるのは、ルミラ夫人。普段ヌオーヴォ館を取り仕切っているのは彼女なので、リラも彼女と相談しながら準備を進めている。


 私は暇なのかと言われれば、そんな事はない。相変わらずタワーになっている書類を眺めては、可否を決めてサインをしていく。


 本当、何でこんな事になっているのやら。


 とはいえ、以前に比べれば少なくなっているんだとか。本当かよ。増えてない?


 愚痴を吐いたら、いつの間にかリラの代わりに私の側についているツニが笑う。


「何言ってるんですか? レラ様。レラ様が次から次へと仕事を増やすから、確認の書類も増えているんですよ」


 うぬう。彼女はペイロンでジルベイラの下に付いていて、彼女をデュバルに引き抜いた際、一緒に付いてきた文官だ。


 優秀で気安い相手なんだけど、その分遠慮がない。今もケラケラ笑いながら、次の書類を私の前に差し出す。


「はいこれ。国内の鉄道敷設計画の進捗と、西のイエルカ大陸での運河建設の進捗です。あ、それと、レネートから相談が来てますよ」

「相談? 何の?」

「運河に橋を架けたいそうです」


 橋か。確かに運河を掘る以上、橋を架けないと渡れないよね。てか、それ私に相談する事かね。


「橋に関しては、レネートに一任する。彼が必要と思ったら、掛けていいよ。運河の両岸は私の土地って事になっているから」


 運河を作る許可を取る時、そういう契約を結んでいる。これは帝国内だけでなく、ゲンエッダもブラテラダも元ゼマスアンド現リッダベール大公領も一緒。


 だから、両岸を繋ぐ橋を架けるも架けないも。私の自由。もちろん、架けた橋の保守点検は我が家でやるけれど。

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