第779話 お返しはしっかりと

 事実だけをあちこちで話す事を、陰口を言っているとは言わないと思う。


 少なくとも、私はそういう認識だったんだけど。


「何か、変な手紙がたくさん届いてる……」

「ああ。メディッド公爵家の息子達に群がっていた連中の実家からね」

「何で?」

「許してくれっていう、嘆願の手紙でしょ?」


 いや、私が何かやった訳ではないのだが。


 実際、社交界にメディッド公爵家周囲の話を流しているのは、うちじゃない。じゃあ誰がやっているのか? 何と、王家派閥序列上位の家の奥様方。


 つまり、シーラ様でありヘユテリア夫人でありユザレナ夫人である。


 今回の件って、メディッド公爵家の子息が王家派閥序列第四位のデュバルの名に泥を塗ったようなものだから。


 国王の愛人をやってるー、なんてのは、誰も信じちゃいない訳だけれど、よりにもよってメディッド家の娘がその噂に乗っかり、ユーインに手を出そうとした訳だ。


 実際は、離婚を勧めてその後にアタック、ユーインを無事落として妻の座に納まるという、何ともファンタジーな事を考えていたようだけど。


 それも、三人の兄に吹き込まれた結果……とも言い切れないが、まあ、それも原因として大きいという事で、メディッド公爵家の三人の息子は家から勘当された。


 お姫は無事デュバルから王宮へ運ばれ、そこで国王夫妻に長時間に及ぶお説教を受け、学院に戻っている。


 でも、学院って小さな社交界だからさ。既に兄達が何をやらかしたか、お姫がどういう行動を取ったか、知れ渡っているんだよね。


「聞こえてくる内容だと、それまで親しく付き合っていた友達にも遠巻きにされているようよ」

「わー。お姫、地獄だね」

「考えなしに動いた対価としては、大きいと思うわ」


 だよねー。とはいえ、これが社交界の怖さだよ。庶民でも、住んでるコミュニティの中で馬鹿をやれば、近い扱いは受ける。


 お姫の場合、この厳しい状況の学院で、卒業までに自力で嫁入り先を見つけなくてはならない。そうしないと、卒業後すぐ修道院行きが確定しているからだ。


 普通、問題起こした家の娘……それも、高位貴族の娘となったら、ここぞとばかりに下位貴族の息子が群がるものなんだけど。


 お姫の場合、それもないらしい。お姫自体、国王夫妻に説教食らったというのも、知れ渡っているから。


 若くして即位した現国王の治世は、長く続くと予想されている。そんな国王に嫌われた女なんて、いくら高位貴族の娘でも嫁に欲しいとは思わないんだろう。わかりやすー。


 また、お姫がまったく反省していないらしいんだな。そりゃ周囲から人が逃げていくよ。


 それを自覚出来ないようなら、このまま修道院に入った方が世の為人の為お姫の為だと思うわ。


 とりあえず、嘆願の手紙は全て焼却処分とする。こういった手紙に返事を書かない事自体、答えになるそうだから。


「大体、一番被害に遭った家に対して、手紙程度で『許してー』なんて書いてくる時点で、終わってるっての」

「あんたにしては、随分怒ってるわね」


 私の言葉に、リラがちょっと驚いている。当然じゃないの。ユーインは、今回の件で自分の顔を焼くとまで言ったのよ?


 妻として見過ごせますか。


「大体、顔を焼くのって凄く痛いんだからね! 何で悪い事を一個もしていないユーインが、そんな痛い目に遭わなきゃならないのさ。やるなら勝手に言い寄ってくる女達の方でしょうが」

「問題はそこなの?」

「そこだよ!」


 魔法がある世界だもの。跡すら残さずに元に戻せるのだから、痛みなぞ一過性だ。まあ、完全に治すにはお金が掛かるけれど。


 それでも、何もしていないユーインが引き受けなきゃいけない痛みじゃない。彼は、そこにいたってだけだもの。


 私の説明を受けて、リラがまた驚いている。何で?


「いや、ちゃんとユーイン様の事、想ってるのねえ」


 君は、私を何だと思っているのかね?




 変な噂から始まった一連の騒動は、これで終わった……はず。ただなあ、ユーインがまだ落ち込んでいるんだよ。


 今回は特に、自分が発端になって我が家に迷惑が掛かったという部分を重く見てるみたい。


「ユーインの事がなくても、逆恨みとか商売上の恨みとか変な恨みとか、うちはいっぱい買ってるから、今更なのにね」

「それ、ユーイン様に説明してあげたら?」

「一番最初に説明したよ」

「それでも、あれか……」


 王都邸の執務室で、リラと一緒に溜息を吐く。ユーインは毎朝王宮へ仕事に向かっているんだけれど、とうとう陛下から苦情が来た。


 曰く、「ユーインが鬱陶しすぎて仕事にならん」だとか。お姫の件からこっち、ずっと思い悩んじゃっててね……


 いくら私が違うと言っても、納得してくれないんだよなあ。


「これはやはり、またユーインと一緒に南の島にでもバカンスに行くしか」

「どさくさ紛れにサボろうとすんな」


 失敬な。夫を気遣う妻としてだね。……はい、ごめんなさい。仕事します。




 ユーインの落ち込みは尾を引いて、とうとう王宮も承認する形で再び短いバカンスに行く事になった。


 何故短いかは、時期的な問題。夏に入ると、私のバースデーパーティーやら狩猟祭が入ってくるから。さすがにそれを欠席する訳にはいかないのだよ。


 場所は、前回と同じ島。ここは何番島だったっけ。


『五番島ですね。島名……島番号をどこかに掲示しておきますか?』


 うーん、一応、別荘の入り口端の方に、こっそり番号を入れておいて。


『承知いたしました』


 グラナダ島やブルカーノ島以外の島……ヘレネが海賊退治を楽しんだ後に手にいれたアジトや、航海中に見つけた無人島の全てをうちで手に入れたので、島の数が半端ないのだ。


 それにしても、絶海の孤島とはいえ人がいないのはちょっと不思議。地球世界では、こんなところにも人が住んでるの? と驚くような島や山奥にも人の集落があったから。


『以前はそうした小島にも人が住んでいた可能性がありますが、早いうちに大国に攻め滅ぼされた可能性があります』


 そうなの!?


『特に、水が出る島は貴重ですから。ですが、その後大国も滅亡し、取り残された島の者達も衰退したと思われます』


 おおう。


『後は、やはり水が出ない島には住めなかったのでしょう』


 そういや、水が出る島は高確率で海賊がアジトにしていたっけ。そういう理由も、あるのか。


 それはともかく、島に来てから徐々にではあるけれど、ユーインの調子が戻ってきている。


 今日もヒーローズをお供に、島の端で釣りを楽しんでいるようだ。少しずつ、笑顔が戻ってきているから、もう少しかなあ。


 でも、時期的にそろそろ帰らないといけないというね。本当に短いバカンスだったなあ。


 それにしても。これからは、社交界の考えなし共にはこちらからきつい制裁を与えていかないとならないかも。


 今までは、ただの憧れ、ガチ恋勢も我が家の威光……と言うとちょっと抵抗があるけれど、それらの前に一定の距離を保っていたから。


 でも、それらがわからない層も確かにいるんだって事が、今回のお姫の件でわかった。なら、私はユーインを護る為にも動かないとね。


 まずは、私のバースデーパーティーで、かな。去年だか一昨年にも、心得違いのお馬鹿ちゃん達が発生していたから。


 まったくね。我が家が招待した家の人間なのに、主催を貶すとは何事か。嫌いなら嫌いで、お付き合いをなくしても、よろしくてよ?


 結果、我が家が扱う品が手に入りづらくなっても、自業自得ですけどー。

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