第778話 逆恨みかよー

 王家と縁が深いメディッド公爵家。というか、三つある公爵家どれも縁続きだそう。


 ただ、はっきり「王族」と言えるのは、今のところ王弟であるルメス卿が当主のコアド公爵家のみ。


 ローアタワー家は外戚に当たる。メディッド公爵家に王家の血が入ったのは、四代前くらいだそう。


「とはいえ、血筋は血筋だ。貴族学院の学院長も勤められるんだが……」


 何故か、レオール陛下の顔が曇っている。


「あの家は、当主になる人間がどうにも付き合いを嫌っていてな」


 おっと、それに関しては私は耳が痛い。社交、嫌いだからねー。


 うちとは違う意味で付き合いを嫌うメディッド家では、それでもこれまで問題らしい問題は起こしていなかったそうだけど。


 今代の子供達……つまり、次代の連中がやらかしているねー。


「上の兄三人のうち、長男は侯爵と学院時代が被っている」

「え? そうなんですか?」


 陛下の言葉は、意外だった。公爵家の嫡男が入学したら、さすがに私の耳にも入ると思ったんだけど。


 どうやら、その辺りの情報コントロールはロクス様が行っていたらしい。


「お前の耳に入らないようにしていたのもあるが、向こうにお前の存在が知られないようにもしていたんだ。ロクスが苦労したそうだぞ」

「えー?」


 ヴィル様、酷くない? むくれる私に、レイゼクス大公殿下が笑う。


「デュバル侯爵は、在学中から目立っていたからねえ」


 そんなつもりはさらさらないのですが。何でだろうね?


 ともかく、公子三人は小さなやらかしはあったものの、それらは学院生ならよくある事で済ませられる内容だったとか。


 で、問題のお姫ですが。


「これも、学院では大した問題は起こしていないらしい」


 レオール陛下の言葉に、つい眉間に皺が寄る。


「……本当ですか?」

「疑うな。王宮が調べた結果だ」


 余計に疑わしい……と言ってはいけないんだろうな。


 だって、あのお姫だよ? 一人……といっても、御者がいるけれど、馬車で王都からデュバルまで来ちゃう子だよ?


 しかも途中で素性も知れない人間を、護衛として拾っちゃううんだよ? 学院でも何かやらかしていても不思議はないと思うんだけど。


「どうやら、イエジャッテは枠の中にいれば、それなりに体裁を保てる子のようだ。その分、枠から出てしまうと、ろくな事をしでかさないようだが」


 ローアタワー公爵、言いますね。だからこそ、この方の元で育ったロア様は、抜きん出て優秀なのかも。


「そんなイエジャッテが、恋心だけで暴走するとはなあ」


 レオール陛下、何しみじみ言ってるんですか。おかげでユーインが落ち込みまくっているんですが?


 あ、その点だけでも大迷惑だった。訂正訂正。


 当のユーインは、陛下の言葉に眉をひそめた。気にしないでと言いたいけれど、気にするのがユーインだからなー。


「それにしても、イエジャッテ様はどこでユーイン卿に想いを寄せたのでしょうね?」


 今まで無言を貫いていたロア様が、口を開いた。


 そうなんだよね。さすがに年齢が離れているから、学院で見かけたはないはず。


 うちはあまり社交行事に出ないから、そうした場で見た訳でもないだろうし。大体、デビュタントが出るような場に、私もユーインもほぼ行かないよ。


 ロア様の疑問を解消したのは、リラだった。


「これはデュバル本領で聞き出した事なのですが、陛下がご即位なさった折に、その……一目惚れしたそうです」


 即位の時って事は、即位式か戴冠式の時か。あれ? どっちも、ユーインは陛下の護衛としてではなく、私の夫として出席していたはずなんだけど。


「既婚者と知って、惚れ込んだと?」


 レオール陛下の声が、ちょっと厳しい。オーゼリアでは、不貞行為は悪とされているからなー。


 おかげで愛人を堂々と囲った実父は、社交界で鼻つまみ者だったようだし。その割には、態度がデカかったけれど。


 陛下の言葉に、リラが言いよどんでいる。


「何か、あった?」

「それが……」


 水を向けたら、ぽつぽつと話し始めた。


「その……姫の兄君の友人に、スパギャニイ男爵令嬢がいるそうですが、彼女から『ユーイン様はデュバル家に囚われている』と吹き込まれたそうで……」


 え……誰? それ。




 リラの言うスパギャニイ男爵令嬢は二人いて、姉と妹だという。メディッド公爵家嫡男の「友人」というのは、妹の方なんだとか。


 でも、スパギャニイ男爵家なんて、聞き覚えのない家名だよ? そんな家の娘が、どうしてお姫に嘘を吹き込むんだろう。


「ゾーセノット夫人、もしや、今流れている私と侯爵とのあらぬ噂も、その者が流したのか?」


 陛下の声が、お怒りモードだ。それもそのはず、この場にはロア様もいらっしゃるし、陛下にとっては舅のローアタワー公爵もいる。


 まあ、この二人はあんな噂、信じていないようだけど。


 当然だよねー。陛下はロア様にメロメロだし、私とロア様はタイプがまったく違う。似ているのは身長くらいか?


 ロア様、胸部装甲がそれなりに強いからね……ふふふ、そこはまったく違うんだよな。


 陛下の言葉に、リラが頭を下げた。


「申し訳ございません。そちらは現在調査中です」

「ふむ。わかったら、こちらにも報せてくれ」

「はい」


 噂くらいでは王家は動かないって、ヴィル様が言ってたのになー。


 とりあえず、スパギャニイ男爵家とうちとの関わりも、調べてもらおうかな。


『お任せ下さい。もうじき、ご報告にあがります』


 よろしく。




 王宮で決まった事は、メディッド公爵家の四人の子達の行く末。この場にはいなかったけれど、メディッド公爵夫妻も承知の上なんだとか。


 というか、王家の決定に逆らいませんって宣誓書にサインさせたそうだよ。それも怖い話だね。


 とはいえ、王政の国で王家に逆らうのは、国を出る手段と覚悟でもない限り悪手だ。


 メディッド公爵夫妻は、それがわかっていたからこそ、どんな処罰が下るかも書かれていない宣誓書にサインしたんだろう。


 そして、それがわかっていないのが四人の子供達という訳だ。


 三人の公子は、公爵家から勘当されて身分を失う。その後は、コアド公爵家預かりとなるそうだ。うちじゃないんだね。


 お姫に関しては、学院卒業まで処分保留となる。それまでに有益な嫁入り先を自力で見つけるか、自立出来る道を見つけるかしないと、強制的に修道院入りとなる。


 何せ王家の血を引く公爵家令嬢だ。そのまま庶民として放流する訳にもいかない。相手が誰であれ、お姫が生む子には公爵家と王家の血が入るから。


 じゃあ、三人の公子はいいのかと聞いたら、コアド公爵が大変いい笑顔を浮かべていた。これ、突っ込んで聞かない方がいいやつだ。


 結局最後までメディッド公爵夫妻には会わずに終わったけれど、それもまたよし。


 あ、ヌオーヴォ館にいるお姫は、眠らせたままカストルが王都に連れてきたって。医療現場で活躍中のストレッチャーが役立ったとか。


 そのまま王宮で預かってもらい、目が覚めたら改めて陛下とロア様の二人がかりでお説教をし、後に学院の寮へ帰すらしい。


 うちとしては、これ以上お姫が関わってこなければ……よくないよ。噂の発信元と刺客を送ってきた相手がまだ野放しじゃん!


『これから王都邸に戻りますので、それからご報告いたします』


 了解。




 王宮から王都邸に戻り、部屋着に着替えてほっと一息。今日のお茶はゲンエッダ産のもの。香りがいいねえ。


 そこに、カストル帰還。


「ただいま戻りました」

「お帰りー」

「で? どうだったの?」


 リラ、せっかちすぎ。気になるのはわかるけれどさ。


「結果から申し上げます。噂を流していたのは、メディッド公爵家に連なる家の者達です。命じたのは、メディッド公爵家の嫡男でした」


 なるほど。あの家は、我が家と王家に泥を塗りたかったのか。


「メディッド公爵家って……」


 話を聞いたリラも、頭を抱えている。


「嫡男は、妹の為にそんな噂を流したの?」

「そのようですね。それと、嫡男の裏にもう一人……いえ、二人います。スパギャニイ男爵家の姉妹です」


 カストルの口から、王宮で聞いてきたばかりの名前が出た。でも、スパギャニイ男爵家って、関わった記憶がないんだけど。


 私だけでなく、リラも首を傾げているから、確実だ。


「このスパギャニイ男爵家、姉の方がソネレート子爵家の令嬢ザキザスナ嬢と交友があったようです」

「更に、誰?」


 もう、この国の貴族は多すぎると思う。


「ソネレート子爵家のザキザスナ嬢とは、金獅子事件の件でかすかに繋がりがありますよ」

「金獅子事件?」

「それって、金獅子騎士団の若手騎士達が、コアド公爵を王位に就けようとした、あれ?」


 ああ、そういえば、そんな事もあったね。あんなお腹真っ黒な公爵を王位に就けようなんて、馬鹿な連中だよ。


 本人は妻と娘をこよなく愛する人なのに。特に娘と過ごす時間を削られる事を、何よりも嫌っているよ。


 おかげで、金獅子の連中は今もコアド公爵にうっすら嫌われている。


 んで、その金獅子事件と、子爵家の令嬢がどう関係するんだろう?


「主様を襲った襲撃犯の中に、ドープギパー伯爵令息がいたのを、覚えておいでですか?」

「忘れた」


 即答したら、リラに後頭部をはたかれた。酷くない?


「あんたは! 襲撃犯の主犯で、自室に計画書まで残していた人物でしょ! ……そういえば、あの主犯、婚約者の他に、何やらストーカーのような令嬢がいなかった?」

「そのストーカーが、先程名が挙がったソネレート子爵家の令嬢です」

「あ!」


 そういえば、婚約者の方がうちに来てグチグチ言っていなかったか? 伯爵家の息子の邪魔になるから婚約解消しろと言われ続けているって。


 あれかー。いや、あれがどうして、うちへのあれこれに繋がるの?


「もしかして、ソネレート子爵令嬢の逆恨み?」


 リラの言葉に、そういやそういう関わり方もあったねと思い出す。でも、逆恨みなんて、わかる訳ないよなあ。


「ソネレート子爵令嬢……元、令嬢ですが、彼女自身は恨みも何もないようですね。金獅子事件以来、ドープギパー伯爵令息を追いかけ回していた事が社交界で知れ渡り、嫁ぎ先がなくなったそうです。その為、親の決めた五十すぎの騎士爵家当主の後妻に入ったそうですよ」


 それもまたきっついな。その騎士爵家、既に跡継ぎはいるそうなので、今更後妻を取ったのは……まあ、そういう理由だ。


「ソネレート子爵令嬢の件はわかった。で、スパギャニイ男爵家の姉妹とそれがどう繋がるの?」

「いやいや、親しくしていた友達が五十すぎのおっさんの後妻にされたのよ? その原因になったドープギパー伯爵令息に向かうべき恨みが、令息が家を追い出される原因になったあんたに向かったって話じゃないの?」

「ええええ?」


 何という逆恨み。あ、実際そうなんだっけ。


「んじゃ、そのスパギャニイ男爵家の姉妹と、実際に噂をばらまいた連中の恥ずかしい噂を流せばいいか」


 鬱陶しい噂は、それ以上のインパクトで上書きだ。


 鼻息を荒くしていたら、呆れた様子のリラが提案してきた。


「いや、単純に今回の流れを説明すれば、いい感じのスキャンダルになるんじゃない?」

「え? そう?」

「男爵家の姉妹が、自業自得で嫁入り先をなくした友達の仇を取ろうと、今をときめくデュバル侯爵家を逆恨みして、根拠のない噂を流させた。それに乗っかったのが、妹可愛さからデュバル侯爵の伴侶を横取りしようと画策したメディッド公爵家の嫡男。これ、社交界が確実に食らいつく内容だと思うんだけど」


 それなら、手間いらずでいいなあ。

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