第777話 ロイヤルな方々との密談

 メディッド公爵家のお姫こと、イエジャッテ嬢……姫? の目的は、どうやらユーインにあったらしい。


 彼女、デビューしたばっかりだから、今十五歳だよね? ユーインとは十歳以上の差があるんだが。


「普通さあ、同年代か離れても二、三歳くらい上の人に恋しない?」


 王都邸の執務室にて、あまりの真相に呆れていたら、リラが反論してきた。


「そう? あのくらいの子なら、大人の男性に憧れるものじゃない?」

「そう?」

「まあ、あんたは規格外だからわからないか」


 失礼だな。確かに規格外だし、大人の男に憧れた事もないよ。何せペイロンでは、周囲全てが大人だったけれど、全員脳筋だったから。


 ルイ兄やヴィル様、ロクス様は文字通り「兄」な存在だったし、ロイド兄ちゃん達もそうだったっけ。


 あれ? 私の初恋、どこ行った?


 真剣に悩んでいたら、リラから声が掛かる。


「何を悩んでいるのよ」

「いや、私の初恋って誰だったのかと思って」

「あほくさ」


 リラが酷い。




 本領のヌオーヴォ館では、ルミラ夫人がお姫からあれこれ聞き出しているらしい。


 というか、ちょっと水を向けたらお姫本人がペラペラと喋り出したそうだ


『どうやら、話す相手に飢えていたようでして……』


 通信の画面に映るルミラ夫人が困惑顔である。彼女にしてみたら、躾が行き届いているはずの公爵令嬢が、貴族のイロハも知らないような態度じゃあ、そりゃびっくりするよね。


 比べるのも失礼だが、ロア様という完璧な存在がいるからなあ。あの方も、王家に縁の深い公爵家、ローアタワー家の出身だから。


 それはともかく、お姫の話を要約すると、どうやら例の噂を聞いて、ユーインを私から解放してあげなきゃ! となったらしい。


 ついでに、デュバルの当主はユーインだと思っていたみたいだよ。フェゾガン家の存在が丸無視されてるー。


「でも、じゃあ噂自体を流したのは、お姫じゃないって事か……」

「あのアッパラパーなお嬢さんに、そんな頭はないと思う」

「うん……そうだね」


 リラが厳しい。でも、あのお姫相手だからいいや。


 私が陛下の愛人だという噂は、信じている人はほぼいない類いのものだ。噂というか、でっち上げの誹謗中傷に近い。


 流している方もそれをわかっている人が殆ど。つまり、私に対する攻撃な訳だ。ついでに王家に対する攻撃にもなっているけれど、手段が「噂」って辺りがいやらしい。


 噂程度で王家が動けば器が小さいと断じられるし、動かなければ人心掌握すら出来ないと侮られる。面倒臭いよね、本当。


 一番いいのは、もっとインパクトのある噂で上書きする事だ。これに関しては、カストルに依頼しているので、そのうち結果がわかるだろう。


 噂の大本がわかれば、そいつのスキャンダルを噂として流す。当然、流す噂には陛下と私の噂をこいつが流したと付け加えるよ。


 インパクト、大きいよね。




 私とユーインが休暇から戻った日に、お姫がヌオーヴォ館に単身やってきた。で、そのお姫と鉢合わせしないよう、王都邸には移動陣で戻っている。


 戻った日の夕方には、王宮から帰宅したヴィル様と顔を合わせた。


「レラ、明日か明後日には、王宮に来るように。詳しい日時は明日にでも報せる」

「はーい」


 お姫がヌオーヴォ館に来ている事は、リラからヴィル様、ヴィル様から陛下へと伝わっている。


 たしか、メディッド公爵家の事は、王宮がどうにかしてくれるはずだったよねえ。どうなってるんだか。


 とはいえ、あのお姫は言っても聞かなそう。実力行使でどうにかするしか、手はないんじゃないかな。


 予定をやりくりした結果、王都邸に戻ってから二日後の午後に王宮へ行くことになった。


「うちはいいけれど、陛下の予定は大丈夫なのかねえ?」

「今の時期は内政関連の予定しか入っていないから、色々調整したって聞いたわ」


 王宮へ向かう馬車の中でぼやいたら、リラからこんな返答がきた。今回のお姫の件、王家としても頭の痛い問題なのかも。




 王宮へ到着したら、暗い表情のユーインが出迎えてくれた。お姫の目的が自分だった事が、相当ショックだったらしい。


 夕べも、大分慰めたんだけどなあ。


「ユーイン様、まだショックから立ち直ってないのね……」


 リラがブレスレットの遮音結界を発動してから、そんな事をこそっと言ってきた。


「うん。いっそ顔を焼こうかって言い出したくらい」

「ええ!?」


 リラ、驚くのはわかるけれど、王宮内で大きな声を出すのはよくないよ? まあ、遮音結界があるから、周囲には聞こえていないけれど。


 それでも、彼女は慌てて口を手で押さえた。


「まさか、それ――」

「やったら速攻回復魔法使うからって言っておいた。それでまた落ち込まれたんだけど、ユーインのせいじゃないからさ。その辺りはしっかり言い聞かせておいたんだけどねえ」


 あの様子を見ると、まだ納得していない様子。


 ユーインの哀愁溢れる背中を見つつ、リラが溜息を吐く。


「……自分のせいで、あんたに迷惑を掛けたと思ってるんでしょうねえ」

「お姫の存在くらい、迷惑でもなんでもないけどなあ。それを言ったら、私の方が普段から振り回していると思うよ」

「自覚はあったんだ」


 失礼だな。口にはしないだけで、普段からユーインには感謝してるよ。こんな暴れ馬みたいな妻で、本当ごめんなさい。




 いつものように陛下の執務室へ行くかと思いきや、更に奥のプライベート空間の客間に通された。


 という事は……


「ようこそ、レラ様」

「ご無沙汰いたしております、ロア様」


 王妃陛下、ロア様も同席されていた。他にはレオール陛下、コアド公爵、学院長……レイゼクス大公殿下、ヴィル様とイエル卿。


 それと、珍しい方が同席している。珍しいというか、この面子ならいても不思議はないのかも。


 ロア様の父君、ローアタワー公爵閣下だ。


 これ、大事になってないかね?


「久方ぶりだね、デュバル侯爵」

「ご無沙汰致しております、ローアタワー公爵閣下」


 基本、公爵閣下とは社交の場で以外顔を合わせる事がない。それも、私がろくに社交の場に出ないので、殆ど会わない事になる。


 ただ、ローアタワー家はロア様が王家に入った関係で、社交行事を単独で主催する事が増えた。特に夜の催し物。晩餐会、舞踏会、夜会なんかだね。


 で、そういう場にはさすがの私も招待されれば出席する訳だ。何せ王妃陛下であるロア様の実家の主催。しかも、うちは王家派序列第四位の家。


 そりゃあ、参加しない訳にはいきませんて。


 それは置いておいて、今はお姫の一件だ。メディッド公爵家以外の公爵家が揃っているという事は、メディッド公爵家丸ごと処罰対象なのかな……


 内心ヒヤヒヤしていたら、レオール陛下の固い声が響く。


「デュバル侯爵、此度のメディッド公爵令嬢イエジャッテ姫の横行、侯爵に多大な迷惑を掛けたと思う。許せ」

「……畏れ多い事にございます」


 簡単には許したくないけれど、ここは「俺の顔に免じて許してくれ」って事だからなあ。陛下の顔を潰す訳にもいくまいて。


「イエジャッテ姫は、現在デュバル本領で預かっているという話だが」

「はい。領都ネオポリスにある領主邸、ヌオーヴォ館にてお預かりしております」


 実は到着したその日から、催眠光線で眠らせている。酷いと言うなかれ。ユーインに会わせろと暴れたそうだから。


 ルミラ夫人から王都邸にどうしたものかと連絡が来たから、こちらから分室に連絡、ロティが催眠光線を使えたので、眠らせたのだ。


 それも含めて、ちゃんと王宮へは報告済みだ。リラが。


「メディッド公爵家には、再三娘の躾けをするよう言いつけたのだがな」

「どうも、三人いる兄がこちらからの連絡を握りつぶしていたようなんだ」


 陛下に続いて、ローアタワー公爵が困ったように教えてくれた。ガンは三人の息子か。


 聞けば、両親よりも三人の馬鹿息子が妹を猫かわいがりしているという。メディッド公爵家、大丈夫か?


 頭の痛い思いでいると、ローアタワー公爵が優しい声を掛けてきた。


「デュバル侯爵、今回、一番迷惑を被ったのはあなただ。メディッドの馬鹿息子達を、どうしたいかね?」


 ……公爵閣下、にこやかに毒を吐くの、やめていただきたいのですが。ロア様まで陛下の隣で「あらあら」と微笑んでらっしゃるし。


 王妃なんて、ある程度腹黒でないと務まらないというのは、先代王妃ネミ様を見ているから納得なんですが、それでもこのギャップって。


 レオール陛下は何も言わないので、ロア様のこの黒さはとっくに知っていたんだろうなあ。


 それはそうと、質問に答えないとね。


「迷惑という程のものではありませんが、その三人の公子のいずれの方でも、家を継ぐのは危険な気がします」


 暗に、三人とも廃嫡でと言いました。妹可愛いはわかるけれど、それで余所の家に迷惑掛けちゃ駄目だろう。


 大体、妹が可愛くて大事なら、単独でデュバルに寄越すなよ。おかげで変なものを拾って、命の危険があったんだぞ。


 道で拾いものをしてはいけませんって、ちゃんと躾けておいてほしい。


 私の発言を聞いたローアタワー公爵は、うんうんと頷いている。


「そうだね。公爵当人には悪いけれど、彼等には家を出てもらおうか」


 え? いいんだ? いや、自分で言い出した事ではあるんだけれどさ。身分差とか家格の差を考えると、私の発言はただの参考程度だと思ってたよ。


 まさか、通るなんて。

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