第776話 いなくてよかったと思うのは不敬か?

 王家と縁の深いメディッド公爵家。そのお姫がデュバル本領までやってきた!


 しかも、聞いたら馬車で何日も掛けて来たそうな。鉄道、使わなかったんだ?


「今、切符買うの大変だからね。こことユルヴィルを行き来する列車って、一日に一本だけなんだもの」

「そうなの?」


 リラの言葉に驚き。もっと本数あるかと思ってた。まあ、うちに列車で来るのは貴族や富裕層だけだから、これで何とかなってるらしいけれど、運賃、まだ高いから。


「公爵家なら、そのお高い運賃を出せるのでは?」

「出せても、切符そのものが売られてなければ買えないでしょ? 列車の席……というか、個室? 予約が半年先まで埋まってるわよ」


 そうなの!?


 まあ、そんな感じで古い街道をトコトコとやってきたお姫は、疲れたのか休みたいと我が儘を言い出しているらしい。


 いや、うちに泊まる気満々かよ。


「いっそ追い出したい……」


 このままお姫を我が家で預かるとか、ないよね? 嫌だよ。


 私のぼやきを聞いたリラが、顔をしかめる。


「私も同意見だけど、それをやるとデュバルの評判が落ちるから駄目。来客用の棟に案内させましょう」

「手配します」


 ルミラ夫人が素早く反応してくれる。やっぱり、ここを任せられるのはこの人以外いないね。


 王都邸で修行中の二人も、早くこのレベルになってほしいなあ。




 捕まえた護衛に関しては、お姫を言いくるめて尋問中。そちらはカストルに任せているので、ルミラ夫人にはお姫からあの護衛の事を聞き出してもらう事になった。


 私はリラやユーインと一緒に念の為、本領を出て王都に移動陣で戻っている。


「お姫の事、王宮に文句言いに行っていいかなあ?」

「文句はやめて。でも、報告はしておいた方がいいわ。ウィンヴィル様も、携帯型の通信機、持ってるわよね? そちらで伝えておく」

「よろしく」


 リラは、自分の携帯型通信機を取り出し、窓際に移動した。通話内容を聞かれたくないんでしょ。夫婦の会話だもんねー。


 なので、軽く遮音結界を張っておいた。ものが当たれば解除されるような、ごく弱いもの。


 これなら、リラでも簡単に解除出来る。普通に移動すれば、彼女の体が結界に当たって消えるからね。


 王都邸に戻ってきただけで、何だか凄く疲れた。あの島に戻りたいわー。


 王都邸の居間でぐったりしていたら、ルチルスとハルニルがお茶を持ってきてくれた。


「何やら、お疲れのようですね」


 苦笑するルチルス。彼女には、大まかな事をリラから報告済みだ。王都邸を管理する以上、お姫や公爵家関連がこちらにも来かねないから。


 来たら、客間でちょっとおもてなしした後、追い返せばいい。領地の邸と違って、王都では相手も簡単に帰宅出来るので。


 領地の場合はなー。周辺や街中に宿泊出来る場所はあるけれど、建前だけでも領主を訪ねてきた客を追い返すのは外聞が悪い。リラの言うとおり、評判を落とす事になる。


 私自身は我が家の評判とか気にしないんだけど、繋がっている家にも影響が出ると言われてしまってはね……


 特に、今回は王家縁の公爵令嬢が相手だ。王家を支え盛り立てていくのが目的の王家派閥の序列四位が我が家が、いくら礼儀知らずとはいえ公爵令嬢を無下に扱う訳にいかんのよ。


 そういう意味で、本当に面倒臭いんだよな、あのお姫。


 どうしたもんかと考えていたら、携帯型通信機でヴィル様に報告をし終わったリラが席に戻ってきた。


「とりあえず、今回の事はお義母様経由であちらに抗議してもらうって事になったわ。陛下達も、頭を抱えているそうよ。付き合いのない家への前触れなしの訪問……それも領地へ、だから結構重い話だもの」


 王都邸ですら、前触れ……「いついつくらいに行きたいんだけど、予定は平気?」って手紙を送って、相手から「いいよー」って返事をもらってから訪問するもんだ。


 それらをすっ飛ばして「来ちゃったー」が出来るのは、ごく親しい間柄の場合のみ。うちなら、コーニーとイエル卿の夫妻がこれに当たる。


 あのラビゼイ侯爵ですら、ちゃんと前触れの手紙は出すんだよ? なのに……本当、何やってんだ、あのお姫。




 シーラ様は即日動いてくれて、その日のうちに抗議の手紙を相手方に送りつけたそうだ。


 そういえば、メディッド公爵家ってほぼ社交をせず、王都邸も空っぽなんじゃなかったっけ?


「メディッド公爵家の領地がどこにあるか、知らないな?」


 夕食の席で、今回のお姫に関する話をしていたところ、ヴィル様に突っ込まれた。食べてたお魚、喉に詰まるかと思った。苦しい。


「……知りません」

「知っておけ。重要な家の名と領地、特産品は頭にたたき込めと母上からも言われていたはずだぞ?」

「ええと、そういうのはリラが補ってくれるので」

「頼るのはいいが、依存はするな」


 正論ですね、はい。


「メディッド公爵家の領地は、狭いが王都に近い。ユルヴィル伯爵領とは王都を挟んで反対側だな」


 ヴィル様の説明に、なるほどーと思う。領地から出ない引きこもりでも、それだけ王都に近ければ情報を得るのも楽だし、取り巻き貴族との付き合いも継続出来るって訳か。


 領地が狭くとも、公爵家としての年金があるし、何より趣味でやっているはずのバラ栽培で新種を発表し、それが高値で売れているという。


 なんとも、うらやましい話だのう。


 それはともかく、王都から近い領地に住んでいる公爵達に、手紙を即日届けるのは簡単な事だったようだ。


 今はその返事待ち。


「それで、捕まえた護衛の方はどうなんだ?」

「いやあ、それがですね」


 護衛の方は、カストルが自白魔法を使って喋らせた。そうしたら、信じられない話が聞けたんだけど。これ、現実なのかなあ。


「あのお姫、最初は馬車と御者だけで本領を目指していたようなんです」

「え」


 その場の全員が驚いている。まあ、そうなるよね。公爵家のお姫様が、侍女一人、護衛一人連れずに馬車で王都から遠く離れたデュバルまで来ようだなんて。


 ヴィル様が、驚きつつも質問してきた。


「待て。じゃあ、捕まえた護衛というのは……」

「途中で拾ったんだとか」

「拾った」


 私以外の全員の声が揃う。うん、気持ちはわかる。信じられないよね。でもこの話、お姫側からも同じ話が聞けたそうですよ。つまり、事実……


「護衛……いえ、偽護衛ですが、彼女はとある組織から依頼されて、我が家の評判を落とそうとしたようです。我が家でお姫が亡くなったら、かなりの醜聞ですからね」


 私自身や周囲の命を狙っても、無駄だと知っている人間がいる。そして、その人間は犯罪組織を動かせるだけの伝手と金を持っている訳だ。


 まあ、十中八九貴族なんでしょうけれど。


 内心うんざりしていたら、ヴィル様から追加の質問がきた。


「……つまり、公爵令嬢は、デュバルを陥れる為に利用されたという訳か。組織への依頼主までは辿り着けたのか?」

「そちらは、今カストルが探っている最中です」


 何て便利な我が家の有能執事。


『恐縮です。それと、依頼主がわかりました』


 おお、さすが仕事が出来る男。で? 誰だったの?


『中立派の末端貴族、ブット子爵家です』


 聞き覚えないなあ。何で、そんな家が我が家を陥れようとしてるんだろう?


『ブット子爵家は、宝石の加工が得意な家ですね。その関係で、キュネラン伯爵家に長年近づこうとしていますが、淡水真珠を扱える程にはなっていません』


 おお、淡水真珠。……もしかして、逆恨みでうちを陥れようとした訳?


『逆恨みと言いますが、単純に商売敵を追い落としたい一念だったようですよ』


 商売敵って。


『お忘れかもしれませんが、デュバルはギンゼールにダイヤモンド鉱山を所有しています』


 あ。


『ペイロンの真珠の取り扱いも、老舗に比べれば少ないですが、養殖ものはほぼデュバルが一手に担っていますし、淡水真珠もとなれば、ブット子爵家が苦々しく思っても、当たり前かと』


 思うのは勝手だけれど、実行した以上は当然反撃を覚悟しての事だよね?


 ブット子爵家、首を洗って待ってろよ。


『それと、公爵令嬢の来訪目的ですが』


 あ、お姫の存在、忘れてた。


『どうやら、目的は旦那様だったようです』

「はい?」


 あ、つい口から声が出ちゃった。全員の視線がこちらに向く。


 驚いた様子で、ヴィル様が口を開いた。


「どうしたんだ? いきなり」

「大方、カストルとの念話に夢中になっていたんでしょう。ウィンヴィル様、この場にカストルを呼んでも差し支えございませんか?」

「ああ」

「カストル、聞こえているんでしょう? 出てらっしゃい」


 リラが鋭い。そして、呼びかけに応じてカストルが姿を現した。いきなり出てきた相手に対して、誰も驚かないあたり、移動陣に慣れているせいか、それともカストルという特殊な存在に慣れているのか。


「お呼びにより、まかり越しました」

「カストル、先程この人としていた念話の内容は、何だったの?」


 リラの質問に、カストルはちらりとユーインを見る。これだけで、リラが勘付いた。


「え……待って。まさか、あのお姫様の目的って、ユーイン様なの?」

「またか」


 ヴィル様、そんな吐き捨てるように言わなくても。


 当のユーインは、驚いたのは一瞬で、すぐに表情が消えてしまった。今までも、勝手な思いを向けられる事が多かったから。


 とはいえ、お姫のように立場が上の存在から、押しつけられる事はなかったんだよなあ。


 つくづく、王家に王女がいなくてよかったと思う今日この頃だよ。

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