第775話 とんでもないのが来ちゃった
ただいま、小さな島の別荘に来ております。周囲には何もなし。砂浜がぐるりと囲んでいるだけ。
この島、水が出ないから普通の人だと暮らせないんだよな。
でも、うちなら大丈夫。海水を真水にするプラントが各種揃っているし、トレスヴィラジの美味しい水を取り寄せる事も出来る。
それに、ここって大海のど真ん中付近で、ここまで来られる船を作れる国、少ないんだよね。
という訳で、最低限身の回りの世話をするオケアニスだけで、私はユーインと二人きりなのだ。
「いやあ、こんなにのんびり過ごすのなんて、いつぶりだろう」
「たまにはいいだろう?」
「だねえ」
うん、魂の洗濯も、人間には必要なんだよ。
本領へ戻ったはずの私が、何故別荘に来ているかと言えば、ユーインからリクエストだから。
トンデモメロンを退治する際、生き餌に彼を使ったんだけど、その時の見返りだね。
彼のリクエストは「二人きりでゆっくり過ごす事」。いやあ、まさか、こういう形のおねだりをされるとは。
考えてみたら、常にレオール陛下の側で護衛をしているのだから、緊張感は半端ないと思う。
そんな緊張が続く仕事から離れる時は、ゆっくり身も心も解きほぐしたくなるよね。わかるわかる。
私も書類仕事から逃げられ……んん、休みは大事だと思うんだ。それに、約束を守るのは、大事だもの。
本領との連絡は、意図的に遮断している。だって、バカンスだもん。仕事の話はしたくないよねー。
緊急の時には、カストル経由で連絡が来るだろうから、しばらくのんびりしていようっと。
リラ、怒ってるだろうなあ。
この島は何もないので、日々空を眺めたり海を眺めたり。ユーインは持ち込んだ本を読みふけっている。
狭い島で起伏もないから、別荘から離れて島の端に行っても、肉眼で姿が見えるくらい。つまり、相手が外で何をしているか、ばっちり見えるという訳だ。
「何やってるの?」
「釣りをやっている。カストルに勧められたんだ」
本日のユーインは、島の端で釣りに興じている。何が釣れるのかと思ったが、釣果はまだないらしい。
私はこのまま、島を一周する散歩でもしよう。
波の音が心地いい。鳥が運んだのか、所々に草や低い木が生えている。水に乏しい島だから、あまり大きな植物は生えないのかも。
カストルからは、島を埋め立てて大きくする計画を提案されたけれど、却下している。大きければいいというものではないのだよ。
ここは、このまま絶海の孤島扱いにしておきたい。いい隠れ家になるし。
履いていた靴を脱いで、裸足で砂浜を歩く。天気は上々。遠くに見える雲すら、景色のいいアクセントになっている。
水平線が見える島。いいねえ。何よりも、この景色を独り占めってところが最高だ。
色々思い浮かぶ事もあるけれど、それはまた今度。今はこのゆっくり流れる時間を楽しもう。
島に来て約二週間が経った。そろそろ飽きるかと思ったけれど、そんな事はないんだなあ。
美味しい食事と綺麗な景色。飽きる要素がなかったか。
「もう、ずっとこのままここにいたい……」
「なら、侯爵位から降りるか?」
夕食の時、つい口から漏れ出た言葉に、ユーインが反応する。侯爵位から降りる……かあ。
それでもいい気がしてきた。誰を跡継ぎにするかの問題はあるけれど、いざとなったら兄に押しつけちゃえばいい。元々は、彼が我が家の嫡男だったんだから。
家の事情も解消されたし、後は今あるものを維持していけばいいだけだしさー。いいアイデアな気がしてきた。
「ユーイン、私が侯爵でなくなっても、一緒にいてくれる?」
「もちろん」
だよね。彼が私にプロポーズした時、私は侯爵どころか伯爵位すら継いでなかったんだから。
……すっごい今更だけど、子供のうちにプロポーズされたよな。それはそれでどうなの? まあ、結果が今なので文句は言わないけれど。
今すぐどうこうするのはちょっとあれだけれど、そういう選択肢もあるんだなって、覚えておこう。
ユーインとそんな話をしていた翌日。とうとうしびれを切らしたリラが乗り込んできた。え、当人が来るんだ。
「いつまで遊び呆けてるつもり!?」
「えー? たまにはいいじゃない」
「執務室に、書類のタワーが出来ていても、いいのね?」
いや、それは困る。
「こういう時の為の、ズーインじゃない」
「彼は過労死寸前の仕事をこなしてるわよ。殺す気?」
え……マジで?
リラによれば、睡眠時間を削って仕事をしているらしい。そこまで?
「ワーカホリックよねえ、本当に。ギンゼールの仕事だって、うまく部下に振り分けろって言ったのに」
「もしかして、全部自分で抱え込んでる?」
私の確認に、リラが無言で頷く。マジかー。
「いっそ、ポルックスを側につけて、見張らせようかな」
「ああ、あのちゃらんぽらんさも、たまには役に立つわね」
よし、リラの了承も得られたから、ポルックス、頼む。
……返事がない。え、屍になってる訳じゃないよね?
『ポルックスは、以前仕出かした時の罰を継続中です』
カストルから返事が来た。以前……そういえば、私に念話をしちゃ駄目ってやつだっけ。
んじゃ、カストル経由でもいいや。ポルックスに――
『主様が酷いいいいいいいいい!』
あ、ポルックスの反応があった。んじゃ、君はズーインについて、彼が仕事をしすぎないよう、見張っていて。
『えー? 別に使い潰してもいいんじゃないのー?』
文句言わない。またお仕置きされるよ? カストルに。
『ぴ! かしこまりましたー!』
念話禁止の罰は、かなり有効らしい。
「ポルックスに見張りを頼んだから、これで大丈夫」
「そう。なら、あんたは本領へ帰るわよ」
「えー」
「もうじき、あんたの誕生日。バースデーパーティーへの欠席は認められません」
そうか。もうそんな時期なのか。ここでののんびり生活で、大分時間の感覚がずれちゃってたな。
島の別荘は我が家のものなので、当然双方向の移動陣が敷かれている。行きも帰りも楽でいい。
ユーインが少し残念そうだけれど、まあ二週間以上休んだから、それでよしとしていただきたい。
本領に戻ると、何やらヌオーヴォ館が騒がしい。
「どうかしたの?」
「まあ、レラ様。お帰りなさいませ」
ルミラ夫人を捕まえられたので、話を聞いてみた。
「それが、急なお客様でして」
「先触れなしで?」
「はい」
嫌な予感。またしても転生王様が「来ちゃった」したのか? リラを見ると、彼女も厳しい表情をしている。
「ルミラ夫人、相手は誰ですか?」
「私は存じ上げない方なのですが」
「え?」
あれ? 隣国の王様じゃないの? てっきりアンドン陛下が懲りずにアポなし突撃をしてきたのかと思ったんだけど。
「一体、どなたなんです?」
「お若いお嬢さんです」
ん? 若い、女性?
「お名前は、イエジャッテ様と仰るそうで」
お姫かよ!
とりあえず、私がヌオーヴォ館に戻った事は伝えず、一応のもてなしだけして追い返す事になった。
ヌオーヴォ館は、防犯の観点からプライバシーを侵害しない程度に防犯カメラがあちこちに仕掛けてある。
お姫を通した客間にもあるので、それを通して見てみた。
「本当にお姫だ……あの子、一人でここまで来たの?」
「いや、さすがに公爵家のお姫様なんだから、一人で行動なんてしないでしょ。お付きの人間がいるはずなんだけど」
カメラの映像を見ながらリラとこそこそやり取りをしていたら、ルミラ夫人も参加してきた。
「一人、女性を伴っておいででしたよ。男装なさってましたが」
「へえ。護衛かな?」
「おそらくは」
でも、画面にはお姫一人だ。部屋の中にはオケアニスもいるけれど、基本貴族にとって使用人は家具同様。そこにあるものであって、人ではない。
まあ、オケアニスの場合は本当に人じゃないけどさ。
「その護衛、今はどこに?」
「ヌオーヴォ館にあのお嬢様を招き入れた後、街の方へ向かわれました」
警護対象を放置して、街歩き? どういう護衛よ。
呆れていたら、リラは別の見方をしていたらしい。
「ルミラ夫人、その護衛が館に入った記録はありますか?」
「はい。入り口にある防犯カメラの映像がございます。お嬢様をお通しした客間の前まで来た記録が残っております」
「なら、一安心かな」
どういう事? 視線だけでリラに問うと、彼女は嫌そうに顔を歪めた。
「あのお姫様を毒か何かで殺して、その罪をこちらになすりつける可能性があったのよ」
「え」
ルミラ夫人も似たような懸念を抱いていたようで、頷きつつ説明を付け足す。
「ですが、警護の者が自ら離れた映像記録がございますから、その手は使えません」
「一応、あのお姫が毒を持っていないか調べた方がいいんじゃないの?」
「それをやると、デュバル侯爵家では客人が毒を盛ると疑って、検査をする家だって悪評が立てられるわ」
えええ。ルミラ夫人からも、やめた方がいいと説得された。
「現在も、お嬢様の様子は防犯カメラで記録しています。オケアニスも客間におりますから、危険はないかと――」
ルミラ夫人の言葉の途中で、画面から悲鳴が上がった。お姫だ。
慌ててモニターを見ると、オケアニスに捕縛されている人物がいる。
「……お嬢様の、護衛として来た者ですね」
マジかー。いや本当、お姫は何をしにここに来たんだよもう。
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