第773話 やる事は整理するべし
固い岩盤を掘り抜く術式もあるにはあるんだけど、爆破した方が早いのだ。幸い結界魔法がある為、危険度はぐっと下がる。
これが地下を掘り進める現場だったら、労働者達に手掘りさせるところなんだけどなー。
ほら、健全な労働で健全な魂を養うなんちゃらってやつ。……あったよね?
「何それ?」
「えー? 前世でどっかのじいちゃんがテレビで言ってたよー」
「いや、知らないし。どこかのローカル?」
あれー? おっかしいなあ。私が覚え間違いをしていたのか?
「それはともかく、岩盤を爆破? 本当に大丈夫なの? 安全性とか」
「大丈夫だよ。結界もあるし」
「……あんたは安全性を一番最初に切り捨てそうだから」
失礼だな!
まあ確かに。術式開発の一番最初は「こんな魔法があったら便利だな」だけれど。
でも、大抵はそんなもんじゃない? 必要は発明の母なのだよ。
今回の術式に関しては、似たようなものがあるからその改良版かな。昔、まだ戦争をしていた頃の古い術式なんだけど、あれも集団魔法なんだよねー。
なので、今回は単独でも使えるよう、色々手を入れる必要がある。久々にちょっと楽しみ。
「頑張って改良しなくちゃ」
「術式の事? それなら分室に依頼すればいいでしょ? ……まさか、自分で作るとか言わないわよね?」
「え」
「そんな暇、あると思ってるの?」
「その」
「あんたには、他にもたくさんのお仕事があるんですからね。わかってるでしょ?」
「……はい」
おかしい。私、侯爵家当主なのに。いつから社畜になったんだろう。
今のところ、直近で忙しくなるのは二つ。ギンゼールの戴冠式と、王都の再開発地区。
余所の国の戴冠式で何故私が忙しいかと言えば、オーゼリア代表として出席するので、国としての祝いの品の選別、我が家としての祝いの品の選別、戴冠式用のドレスの用意、同じくアクセサリーや小物類の用意などなど。
「国からの祝いの品選びは、国でやってほしいわよねー」
「文句言わない」
馬車の中でぼやいたら、同乗しているリラに窘められた。現在、王宮へ向かう為の馬車の中だ。
「だって、その為にわざわざ王宮に行かなきゃいけないなんて」
「王都邸とは目と鼻の先でしょ。すぐじゃない」
「いちいち支度するのがめんどい」
「めんどいとか言うな。貴族でしょうが。王宮から招待されるのは名誉だと思いなさい」
本当、貴族って面倒臭い。
本日王宮から呼び出しという名の招待を受けたのも、その祝いの品選びに参加する為。
夕べ、仕事から帰ってきたユーインとヴィル様から、本日の招待状を頂いた訳だが。
「いつも思うけどさ、どうして王宮からの呼び出しってこうも急なんだろうね?」
「また今更な話ね。ウィンヴィル様とユーイン様が王宮勤めなんだから、あんたのスケジュールは王宮も把握してるんでしょうよ」
「そうか、情報源はあの二人か」
「大体、王宮から招待されたら、どんな予定もキャンセルして行くものよ。キャンセルされた側も、王宮関連だったら文句言わないし」
「やだ、王家って横暴」
「横暴の権化が何か言ってる」
酷くね?
王宮に到着すると、いつものようにユーインが迎えに来てくれた。そのまま執務室へ行くのかと思いきや、今日は場所が違う。
「こっちの方は、来た事ないんじゃないかな」
今歩いているのは王宮の表側……公的な場所だ。普段は陛下の執務室やプライベート空間のある中側か奥側に行くから。
「今日は祝いの品選びなんでしょ? なら、公的な場に集められているんじゃない?」
リラの言葉に納得。
到着したのは、王宮東側の大きな部屋。普段は何に使われている場所なのか、ユーインも知らないそうだ。
その大きな部屋には、所狭しと物が置かれている。
「凄い。これ、全部祝いの品の候補?」
「よく集めたわね」
扉の付近で呆然としている私達に、奥にいたレオール陛下が気付いた。
「侯爵、よく来たな」
「ごきげんよう、陛下。凄い数の品ですね」
「貴族達が我先にと持ってきたからな」
なるほど。自領のものが祝いの品に選ばれれば、いい宣伝になる。そりゃあどの家も張り切るよね。
品の近くには、それを提供した家の者が立っている。当然領主ではなく、実務レベルの人。
彼等の視線が、こちらに集中しているんだけど。何で?
「侯爵、恐れられているな」
「え? そうですか?」
恐れられているというよりは、「何で来たんだ?」って目じゃね? これ。
いや、好きで来た訳ではないのだが。最高権力者に呼ばれれば、さすがに私も拒否は出来ないのだよ。
この国で生きていく以上、時には長いものに巻かれないとね。
各家選りすぐりの品だけあって、どれも素晴らしい。ただ、中にはうちのパチモンのような品もあって、ちょっと笑う。
「いや、これ、逆にどうやって作ったんだよ……」
私の前にあるのは、焼き物の壺。うちの陶磁器とは違い、大分荒々しい作りだけれど。
「大きさで勝負か? 侯爵、デュバルからはこうした壺は出すのか?」
「予定にありませんね」
陶磁器は出すけれど、食器のワンセットだ。ワンセットといっても、種類が多いのでかなりの量になるけれど。皿だけで何枚だったかな。
他にも、陶磁器の柄がついたカトラリーや、陶磁器の置き物、カップアンドソーサーを別口で用意している。
置き物は、今回は熊ではなく船。それも、クラシカルな帆船だ。いや、クラシカルじゃないか。この世界では現役の船だよ。
他にも、蜘蛛絹の一級品の布地や、精密なギンゼールの王城のミニチュアなどを用意している。
ミニチュアは出来もいいんだけど、その素材が凄い。カストルが用意した魔物素材で、内緒だけどペイロンでも取れない魔物の骨を使っている。
骨なのに金属より固く、落としたくらいじゃ欠ける事すらないそうだ。
それらは当然、この場に並んでいない。あれは我が家からの祝いの品だから。
品選びにはレオール陛下の他に、何人か王宮の役人がいるそうだ。当然、見知った顔は一人もいない。
その役人達は、何故か冷ややかな目でこちらを見ている。
「やな感じ」
小声でぼやいたら、隣のリラが反応した。
「あんたの日頃の行いが原因かしら」
「待って。私、国の益になる事はやっていても、不利益になるような事はしていないよ?」
「……一応、そうよねえ」
一応って何? 一応って。
問い詰めようとしたら、レオール陛下が軽い溜息を吐いた。
「奴らの事なら気にするな。何度言っても理解しようとしなくてな」
「何をです?」
「それは……まあ、追々に」
何故はぐらかす?
とはいえ、この場で陛下を問い詰める訳にもいかないしなー。今日はおとなしく品を見て回るとしましょうか。
王宮から帰って一休みしていたら、まだ早い時間なのにユーイン達が帰ってきた。
「お帰りなさい。早いね」
リラと二人で出迎えると、何やらまた含みがある表情をしている。
「で? 何があったんです?」
私の言葉に、珍しく旦那達が視線を交わしている。いつの間に、そんな仲良しになったんですかねえ?
「……ここでは何だから、落ち着いて話そう」
ヴィル様の言葉に、一応引き下がる。そんなに重い話なの?
王都邸の奥、庭に面した居間に入り、お茶をもらう。今日のお茶当番はハルニルだ。
ルチルスは嫁入り準備で忙しいので、最近は彼女達が色々とやってくれる。まだ危なっかしいところもあるけれど、それは経験で補えるでしょう。
そっちはいいとして、問題は目の前の旦那連中ですよ。
「それで? 一体何があったんです?」
「……最近、王宮で妙な噂が流れていてな」
「噂?」
王宮なんて、常に妙な噂が流れているものじゃないの? 貴族って、本当噂話が好きだよね。
ところが、今回の噂は本当に妙で、とんでもないものだった。
「レラが、陛下の愛人だという噂だ」
「はあ!?」
一体、何がどうしてそうなった?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます