第772話 うまくいきそう

 キュネラン伯爵家との話もつき、次はいよいよツフェアド卿とルチルスのお見合い……というか、顔合わせだ。


 王都の春は温かく、かつ花が溢れている。この時期一番美しいと言われる植物園の、奥にある建物。その一室で顔合わせは行われた。


 本日の仕切りは、ブーボソン伯爵夫人がやってくれる。シーラ様と私、リラは、隣の部屋で聞き耳を立てているところ。


 盗み聞きと言うなかれ。これ、正式な見合いでは当然の事なんだとか。


 両家だけだと、間違いが起こった時に大変だからなんだって。いや、見合いの席で間違いってさあ。


 魔法で隣の部屋の様子を窺っていたら、やっと両家揃ったらしい。


「こちら、ヒューモソン伯爵家のツフェアド卿と、母君のアルジーザ夫人です。そしてこちらがフラカンイ男爵令嬢のルチルスさんと、その母君のティビサ夫人です」


 事前に釣書は交わしているので、今回は本当に相性を見る為の顔合わせ。とはいえ、余程の事がない限り、結婚は決まっている訳ですが。


 そんな二人が今回色々手順を踏んでいる理由は、主に二人というより周囲にある。


 何せ、ヒューモソン伯爵家はアルジーザ夫人の時に政略結婚を組んで、結果失敗しているから。


 ツフェアド卿は父親や兄のようなふしだらな事はないそうだけど、それでも相性は大事だ。


 ルチルスにしても、フラカンイ男爵夫人にしても、結婚相手を事前に品定めするのは大事だと思うんだ。


 ちょっと方向性は違うけれど、ルチルスの父親もやらかした人だから。




 顔合わせは、無事終了。ルチルスはこのまま男爵夫人と一緒に、夫人が滞在している親戚の家に行くそう。


 母親と久しぶりに顔を合わせたから、積もる話もあるんでしょう。


 で、私はこれからアスプザット邸にお呼ばれ。今日のあれこれを話そうという事らしい。あの場では、意見交換なんて出来ないから。


 ただ今、植物園からアスプザット邸へ向かい馬車に乗っている最中。うちの馬車なので、乗っているのは私とリラのみ。御者は毎度おなじみカストルだ。


「いい感じだったんじゃないかな?」

「そうね。少なくとも、会話に妙な間はなかったし」


 リラも同意見のよう。もの凄い偶然なのだけれど、二人に共通項があった。


 それが、熊。そういえば、ルチルスは無類の熊好きだったっけ……


 どうやら、ツフェアド卿も熊好きらしく、デュバルが出している熊の置き物、あれの廉価版を集めているそう。


 ええ、あれ、意外と人気でして。色々なバージョンを色々な価格帯で売ってるそうです。いつの間に……


 その話で盛り上がり、他にも細かい話題で意気投合した二人は、また会いましょうという定番の台詞で本日を締めくくっている。


 にしても、熊か……何か複雑。


 馬車は無事アスプザット邸に到着し、居間に通された。私もリラも、シーラ様にとっては娘のような存在。家族扱いですな。


 いや、リラはこの家の長男であるヴィル様の嫁なので、家族なんですが。


「さて、二人の意見を聞かせてもらえる?」

「いやあ、あれは『あり』でしょう」

「私も、このまま話を進めて問題ないと思います」


 私とリラの意見を聞いたシーラ様は、にこりと微笑む。


「二人も、そう思ったのね。なら、今回の話はこのまま進めましょう」


 ヒューモソン伯爵家の結婚に関しては、王家からのお声掛かりという面もある。なので、王家派閥がバックアップをするって訳。


「式の事などでこれから忙しくなるだろうけれど、二人共よろしくね」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「精一杯努めます」


 とりあえず、本日の顔合わせは大成功に終わったので、三人とも肩の荷が下りた感じだ。




 顔合わせ以来、定期的にツフェアド卿は我が家に訪問している。お目当てはルチルスなんだけど、まあ式の事とか仕事の事とか、私と話し合う事も多い。


「では、式はヒューモソン伯爵家縁の聖堂で行うんですね」

「はい。領内の聖堂でこぢんまりした所ですが、ルチルスも賛成してくれました」


 本日は式を挙げる聖堂が決まったから、その報告に来ている。式の事だから、ルチルスも同席だ。


 顔合わせからそんなに時間は経っていないのに、二人の距離はかなり近い。いい事だ。


 これも熊のご縁かねえ……熊にそんな御利益があるとは知らなかったけれど。


「場所が決まったのなら、衣装の方も進めないとね。マダムが張り切ってるわよ」


 マダムとは、言わずもがなマダム・トワモエルの事である。


 今でも彼女にドレスを仕立ててもらいたいと願う貴婦人は多く、予約待ちの客も多いんだとか。


 そんな過密スケジュールの中、ルチルスの婚礼衣装作りをねじ込めたのは、ぶっちゃけコネのおかげ。


 うちだけでも、年間相当数のドレスを注文してるから。私が知らない間に新作ドレスが出来上がってるって、どういう事なんだろうね?


 ちょっと遠い目になりかけていたら、ルチルスがおずおずと声を掛けてきた。


「あの、ご当主様、本当によろしんですか?」

「何が?」

「婚礼衣装ですよ。マダムが仕立ててくださるとの事ですが、予約待ちでいっぱいなんですよね?」

「そうだね。でも、うちがねじ込んだ訳じゃないよ? マダムから申し出があったんだから」

「そうなんですか?」


 そうなんですよ。


 実は、領都ネオポリスに出しているマダムところの支店で仕立てようかと思って話を持っていったら、あっという間にマダムの耳に入り、本人から「ぜひ作らせてください!」と言われたのだ。


 本当だよ?


「という訳で、近く時間を取ってマダムの店まで行きましょう。採寸しないといけないから」

「わかりました。よろしくお願いします」


 ルチルスと一緒に、並んで座っているツフェアド卿も頭を下げた。


 ちなみに、今回の結婚に関して、費用は全てうちで出す事になっている。


 元々ヒューモソン伯爵家をデュバル一門に加える為の結婚だからね。そのくらいは出さないと。


 他にも、キュネラン伯爵家とは違う部分でヒューモソン伯爵家を支援する事が決まっている。


 その一環に、領地内への鉄道敷設が決まった。


 これは領の側を走る街道に敷設した鉄道から引き入れる路線と、それとは別に領内の街や村を結ぶトラムとの二種類を予定している。


 トラムの方は、ある意味実験的な運用だ。その為、これも費用は全てうち持ち。色々なデータが取れるといいなあ。


 ヒューモソン伯爵家への支援は他にも果樹園へのてこ入れや、新種の果樹の育成栽培などがある。


 気候にもよるけれど、西のイエルカ大陸で見つけた果樹を、こちらで品種改良した後に栽培出来ないか、これも実験するのだ。


 もちろん、イエルカ大陸からそのまま輸入する果物もあるけれど、どうせならオーゼリアの気候に合わせたものが作れないかなと思って。


 他に似た味のものがなければ、いい収入源になると思うんだ。うちを通せば国中に販路があるし、何なら国外にもある。


 生のままでも、缶詰や瓶詰めに加工してもいい。夢が広がるね。


 これに関しては、ヒューモソン伯爵家だけでなく、ルチルスの実家フラカンイ男爵家も関わるから、近いうちにフラカンイ夫人とも打ち合わせしないとなー。あそこは父親が駄目駄目で、奥さんが全てを取り仕切ってるから。




 一つ終わってもまたすぐ次が来る。ズーインから、ギンゼール国内で行っている工事関連の報告がされた。王都の執務室で、私、リラ、カストルの三人でズーインの報告を聞く。


「敷設は順調だ。鉄道保守基地の方は、地盤の固さに現場が辟易しているらしい」

「地盤かー。固いのはいい事なんだけど」


 軟弱地盤よりは、ずっといいと思うんだ。ただ、工事で手こずると工期が伸びるからね。


 ギンゼールの冬は厳しく、冬の間は工事を止めた方がいいというのが、ズーインの意見だ。


「結界を張って、その中の温度を一定に保てば何とかならない?」

「何とかなるが、その場合使われる魔力結晶の数が膨大になる。つまり、工事に予定以上の金が掛かるという事だ」


 コスパが悪いって訳ね。となると、本格的な冬の前に、工事を終わらせたい。


 地盤が固くて参っているのは、基地作りの方。あそこ、地下室を作るから。


 こういう時、ダイナマイトとかあると……あ。


「固い岩盤を掘るのって、地下室の為だよね?」

「そうだな。基礎部分なので、そこが終わらないと上を建てられないそうだ」

「近日中に、何とかするから」

「そうか?」


 ズーインがちょっと驚いている。何でだろうね?


 私の横では、リラがちょっと怖い顔をしている。何でだろうね?


「リラ、顔が怖い」

「失礼な事を言うな。あんた、またろくでもない事を考えたわね?」

「ろくでもない事じゃないよー。ちょーっと魔法で固い岩をくり抜く方法を考えただけじゃないかー」

「あんたが現場に行くってのは、なしよ?」


 ああ、なるほど。そこを警戒して怖い顔をしていたのか。私がギンゼールに行ったら、しばらく帰ってこないもんねー。


 具体的には、七月にある私のバースデーパーティーくらいまでは。


 ふっふっふ、でも大丈夫。今回考えついたのは、私が行かなくてもいい方法だ。


「大丈夫だよ、リラ。ちょっとダイナマイトもどきの術式で、岩盤を吹き飛ばすだけだから」

「それのどこが大丈夫なのよ!!」


 あれー? 何でこれで怒られる訳ー?

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