第770話 伯爵が来たぞー
今の時期、どこの家も社交行事に精を出し、常にスケジュールは埋まっている状態だ。
我が家はといえば、私が社交嫌いだからねえ。その噂も、そろそろ社交界全体に広まりつつあるらしい。
「明らかに招待状が減ったわ」
王都邸の執務室で、リラが不機嫌な様子で呟く。これは、説教の前触れ?
「ええと、無駄な招待が減っていいのでは」
「招待状は家の力を表すバロメーター! それが減るって事は、デュバルの力が落ちていると言われても不思議はないのよ! 実際は増してるってのに!」
お、おう。
「招待する側も、この時期は胃の痛くなる思いをする人が多いけれど、デュバルのようなねじれが生じた家のせいで、更に大変な思いをしているでしょうに」
「ええと、それは正直ごめんなさいとしか」
「もう、社交嫌いなんて我が儘、通すのはやめようかしら……」
「え!?」
や、それは困る。一応、嫌いは嫌いなりに二月から六月に掛けての時期、少しは社交の場に出ているじゃないか! 余所に比べれば少ないけれど。
「普通を十とした時に、あんたが出席するのは一か二。せめて六から七には引き上げないと」
「いやああああああああ!」
デュバルが……というか、私が社交嫌いであちこち出回らなくても何とかなっているのは、王家派閥には狩猟祭があるから。
派閥内イベントでは最大規模で、普段社交をしていなくてもあそこに出席していれば何とかなる。そういう場なのだ。
もちろん、王家派閥とはいえ弱小過ぎると参加出来ないそうだけど。
「それでも、連続して十回出席しないと、派閥から切り捨てられるわよ? ヒューモソン伯爵家のように」
そんな事をしれっと言うのは、遊びに来たコーニーだ。ただいま、二人だけで女子会でーす。
リラがいないのは、ヴィル様絡み。この時期は、ゾーセノット伯爵として出席しなきゃいけない昼食会なんかがあるから、日中リラを連れて行っちゃう事も多いのだ。ちぇー。
それは派閥違いのコーニーも同じなんだけど、彼女もまた私程ではなくとも社交はあまり得意ではない。
なので、暇だから我が家に遊びに来たって訳。それはともかく、間違った情報は正しておこう。
「いや、コーニー、ヒューモソン家は王家派閥からの除名は免れたから」
問題は先代当主と嫡男夫妻……主にトンデモメロンな嫁だった訳だから、彼等がまとめて一掃された今、何の問題もない。
実際、アルジーザ夫人が同行したとはいえ、アスプザット、ラビゼイ、ゾクバルの三家にお詫び行脚をして、許しを得たそうだから。
「それに、その話だと、除名されかかってたのって、うちだったんじゃない?」
何せ実父は狩猟祭をバックレ続けたって話だし。終いには招待状すら出されなかったっていうしさあ。
「デュバルに招待状が送られなくなったのは、レラが狩猟祭に参加出来るようになったからよ」
「私?」
「そう。学院に入学して、最初の狩猟祭って覚えている?」
「何となく」
あの時は、狩猟祭より久々に入れた魔の森に浮かれていたなあ。
「あの時、レラが家を継ぐ事が決まったって、お母様達から聞いたでしょ? あの時点で、レラが参加すればデュバル家が参加したという事になってたのよ」
ああ、なるほど。実際に襲爵したのは翌年だったけれど、最初の狩猟祭で既に私は当主扱いされていた訳か。
その割には、引っ張り回される事が多かったように思えるのだがね?
「それは当然でしょう? それまで長い事不参加を決め込んでいた家だもの。恨みたかったら、自分の父親と祖父を恨みなさいな」
うぬう。今更だけれど、本当にろくな事をしてないな! うちの祖父と実父。
とまあ、既に身近にいない相手に恨みを向けるのは程々に。今考えるべきは、キュネラン伯爵の事だ。
アルジーザ夫人が来るのならわかる。でも、何故その実家なのか。
いや、アルジーザ夫人やツフェアド卿絡みで付き合いが出来るのはわかるんだけど、なら手紙一通でもよくね?
それを愚痴ったら、コーニーと途中から参加したリラに猛攻撃を受けた。
「レラ、新しき付き合いを始める相手が、自分より身分が上なのよ? 手紙一通で挨拶を終えるなんて礼儀知らずな事、出来る訳ないでしょうが」
「あんたには一度、その辺りをじっくりたたき込まないと駄目なようね」
「え? いや、でも私は気にしないし」
「レラが気にする、気にしないじゃないの!」
「社交界の常識だって言ってんのよ!」
おおう。ダブルで説教だよ。
「でもさあ、キュネラン家とは、淡水真珠の取引で向こうが優位になるんだよ? それを考えたら」
「それでも、身分の差は覆らないでしょ?」
「もう本当、いい加減侯爵って身分を自覚して!」
いや、自覚はしてますよ。たまに便利だなあって思うし。
ブツブツぼやいていたら、コーニーがじろりとこちらを見た。
「レラ、キュネラン伯爵と会うの、面倒だと思ってるでしょ」
うぐ。
「レラ? この事、お母様に告げ口されたい?」
「いやあああああああ!」
「嫌なら、面倒でも家の為、領民の為に頑張りなさい」
あうう。
コーニーはそのまま、一泊して翌日帰っていった。ちゃっかり王宮のイエル卿に言伝をしていたらしく、帰ってきた旦那連中の中にその姿があったよ。
まあ、この夫婦ならいつ来ても問題ないようにしてあるけれど。
ただ、現在ルチルスの下にはハルニルとキーエイムがいる。彼女達はルチルスに付いて実地で学んでいる最中なんだけど、余所の貴族が来るとまだ緊張するらしい。
特にイエル卿はそれなり顔面偏差値が高いから。いや、ユーインやヴィル様も高いですが。
この二人は何かと本領のヌオーヴォ館にも出入りしているので、遠目とはいえ見慣れていたみたい。
で、見慣れないイエル卿には緊張する……と。こればっかりはなあ。慣れてもらうしかないや。
コーニー達が帰った翌々日。とうとうキュネラン伯爵が訪問する日になった。あー、面倒臭ー。
「顔! せめてあちらが帰るまで、取り繕って!」
おっといけない。リラに怒られた。すぐ感情が顔に出るって、シーラ様からも怒られたなあ。
玄関ホールで出迎えたキュネラン伯爵は、隣にアルジーザ夫人を伴っている。あれ? 手紙にはそんな事、書いてなかったのに。
「リラ、アルジーザ夫人が来る事、知ってた?」
「いいえ」
リラも驚いている様子だ。って事は、夫人同伴は手紙の時点で決まっていなかった?
「ようこそ、キュネラン伯爵。アルジーザ夫人は、久しぶりですね」
「お初にお目に掛かります、閣下。キュネラン伯爵家当主ベゾルと申します。以後、よしなにお願い致します」
「その節はお世話になりました。息子も、ようやく落ち着いたようです」
ホールで簡単な挨拶を済ませ、そのまま客間へご案内。
初めて会うキュネラン伯爵は、無骨という言葉が似合いそうな風貌だ。緩くなでつけた髪、鷲鼻、カイゼル髭。
これで葉巻でもくゆらせたら、似合いそうだわ。
客間でお互いに腰を下ろし、軽い雑談の後に本題に入る。
「本日、こちらに参りましたのは、妹の婚家に関してです。ご助力いただき、心より感謝申し上げます」
キュネラン伯爵と一緒に、アルジーザ夫人が頭を下げる。
「顔を上げてください。アルジーザ夫人から頼まれた事とはいえ、我が家にも益のある話ですから」
何せ、キュネラン家が独占していた淡水真珠の販売に食い込めるんだからねー。
生産数にもよるけれど、国内だけでなく国外にも販路を広げるつもりだ。今日の訪問が終わり、具体的な話を進める段階になれば、やっとヤールシオールに話を通せる。
ここまで来ても彼女に内緒にしていたのは、下手に知ると暴走しかねないから。やり手だし才能もあるんだけれど、いい商品には目がないし、暴走気味になる。あれ、玉に瑕ってやつだよなあ。
内心、どうやってヤールシオールの手綱を握るか考えていたら、キュネラン伯爵の様子が少し変わった。
「益……でございますか。妹が、我が家が独占している淡水真珠の販売権を、閣下に半分お渡しすると約束したとか」
「お兄様」
「お前は黙っていろ」
おやー? 何か、雲行きが怪しくない?
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