第769話 候補が現れた

 ルミラ夫人の元で学んでいたのは、領民から選抜された人達。今は六人程だけど、一時期は十人以上いたってさ。


「そんなに?」

「皆さん、優秀な人達ばかりで。その中から今の六人を選び出しまして、更に学んでもらいました。最終的に、二人ですが、王都邸の管理を任せられるかと」


 なるほどー。領民なので、もちろん幼い頃から継続して学んでいた訳ではない。


 それに、邸の管理となるとただ勉強をしていればいいという訳でもないし。


 学院でも、それとなく邸の管理、切り回し方は学ぶけれど、がっつりやる訳じゃない。そうした事は、家庭で母親から直接学ぶものだからね。


 ルミラ夫人も、本来なら自分の娘に受け継がせる知識だ。それを血も繋がらない、配下の者達に惜しみなく与えてくれる。ありがたや。


 何せデュバルは女主人が不作だからねえ。ええ、私も邸の管理や家内の切り回しの仕方なんて知りませんて。


「ただ……」

「ただ?」

「どちらかを選べと言われますと、決定しにくいと申しますか……これという点がどちらにもないのですよ。よくも悪くも」


 ふうむ。能力的には申し分ないけれど、選ぶとなると決定打に欠けるという訳か。


「ですので、最後はレラ様との相性を見た方がいいのではないかと」

「ああ」


 いや、何故そこで二人してこちらを見るの? リラもルミラ夫人も。しかも、何だか哀れみが籠もっているように見えますが!?


「王都邸で仕事をするという事は、この人に振り回されるって事でもありますからね……」

「先々を読んで動く大事さはたたき込んでありますから、問題ないとは思うのですが……こればかりは」


 いや本当。失礼ですよ!




 早速候補の二人に会ってみようという事になった。


「ハルニル・ランヘグーと申します!」

「キーエイマ・ムストーと申しましゅ!」


 噛んだ。緊張してるのかな。ハルニルの方も、肩が上がってるよ。


「楽にしてちょうだい」

「は、はい!」


 二人の声が揃う。でも、まだ緊張してるねえ。領主の前に引きずり出されて、緊張するなってのも無理な話か。


 とりあえず、二人を座らせてお話し合いスタート。


「ルミラ夫人から話は聞いてるかもしれないけれど、今度二人のうちどちらかを、王都邸管理の職に就かせたいと思っています」

「はい」

「う、伺っています」


 ガチガチに緊張してしまっていては、本来の能力が発揮出来ないんだけどなあ。


 あ、そうだ。


「それについて、二人にはしばらく王都邸で実際の管理の仕事を見てもらおうかと」

「え?」

「お、王都にですか?」


 二人が驚いている。もちろん、リラとルミラ夫人も驚いている。でも、二人はさすがでハルニルとキーエイムには悟られていない。


 二人が王都というワードに興奮しているからかもしれないけれど。


「という訳だから、身の回りの品をまとめて、荷造りしてきてね。明日には出ますから」

「あ、明日!?」


 二人の声がうわずった。ふっふっふ、王都邸の管理をするのであれば、私のこうした突拍子もない発言に対応する必要があるのだよ。


 これも、言ってみればテストです。




「まったく、いきなり決めるだなんて」

「えへへー」


 二人を下がらせ、再び私、リラ、ルミラ夫人の三人になったところで、先程の文句を言われた。


「ですが、いい機会かもしれません。王都でも、レラ様はご自由に振る舞われるでしょうし、それに対応出来ないようであれば、王都邸管理は別の者に任せた方がいいでしょう」


 さすがルミラ夫人。私の考えをしっかり把握してくれている。


「この王都行きが、二人にとっての採用試験という訳ね。もし二人共合格しなかったら、どうするつもり?」

「その時は、レフェルアを口説き落とそう!」

「最初からそうしておいた方が無難な気がするわ」


 いやいや、手元にいる人材でも、埋もれている人もいるかもしれないんだから。人材発掘も大事だよ。


 慌ただしい本領への帰還となったけれど、やはり顔を合わせて報告を受ける事も大事だからね。


「そうだ。ルミラ夫人。私がいない間の訪問客の名簿、ここにある?」

「ございますよ」

「一応、私の方からカストルに頼んで調べてもらったけれど、特に何もなかったわよ」

「さすがリラ。で? 単純に、本領に来たかっただけ?」

「まあ、商会に食い込みたかったり、クルーズの権利を狙ったりしていたみたいだけど」

「何それ」

「クルーズの方は、会社を丸ごと買い取るつもりだったみたい」


 あほか。売らないっての。大体、クルーズを扱っている会社は船会社で、ヘレネが統率しているので普通の人には売れないよ。


 商会の方も、ヤールシオールががっちり固めているから、簡単には参入できないようになっている……らしい。


 取引先ですら、カストルを使って念入りに調べるって言っていたからなー。


 あのカストルを使うとは、ヤールシオールも肝が太い。


 私が不在中に訊ねてくるのは、私に直接話を通そうものなら関係各所が怖いから……なんだとか。関係各所?


「どこよ? それ」

「王家派閥の序列上位の方々と、フェゾガン侯爵家と、コアド公爵家と王家のやんごとない方々ね」


 それが全部関係各所? 凄いね。




 今のところ、不在を狙ってやってくる連中は門前払いにしているので、問題ないそう。


 という訳で、私とリラ、カストルはハルニルとキーエイムを連れて王都へ戻ってきた。


 二人は列車に乗るのも初めてだったらしく、興奮しっぱなしだったらしい。ただ、その姿は私達には見せないようにしていたみたいだけど。


 リラ曰く「当然です」との事。


「使用人としては、最低ラインよ」

「そう?」

「あんたは色々と緩いから」


 失礼だな。


 ユルヴィルの駅から、王都までは馬車で行く。これも、トラムが完成すれば楽に行き来が出来るようになる。それまでの我慢かな。


 さすがに馬車はハルニル達と一緒という訳にいかず、二台に分かれている。その方が、あの子達も緊張せずに済むでしょう。


 王都邸では、ルチルスが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ご当主様」

「ただいま」

「そちらの二人が、本領から連れてきた者達ですね」

「うん、そう」


 王都邸には、リラが連絡を入れてくれているので、既に二人の受け入れは調っているという。


 玄関ホールでなんだけど、二人をルチルスに紹介しておこうと思う。後で改めてとなるよりはいいと思って。


「ルチルス、この二人があなたの後を引き継ぐかもしれない子達。ハルニルと、キーエイム。二人共、こちらは現在王都邸を管理しているルチルス。何事も、彼女の指示によく従ってね」

「はい!」

「じゃあ、後は任せてもいい?」

「はい。それと、キュネラン伯爵家からお手紙が届いております」

「キュネラン伯爵家?」


 誰だ? それ。




 聞き覚えがないと思ったけれど、アルジーザ夫人の実家でしたー。いや、夫人の実家としか認識してなかったから。


「だからといって、家名を忘れるとかないわー」

「いや、忘れた訳ではなくて! 最初から認識していなかったというか……」

「余計悪い」


 あう。反論は無理そうだ。


 おとなしく手元の手紙を読むと、一度こちらに来たいという内容だ。もちろん、貴族特有の時候の挨拶やら遠回しな言い方が使われているけれど。


「うちに一度来たいという話なんだが。これ、受けてもいいの」

「逆に、受けないのは失礼に当たるわよ。アルジーザ夫人を通して、キュネラン伯爵家とも付き合いが出来るんだから」

「そっか」


 ちなみに、キュネラン伯爵家は中立派。ユーインパパが序列筆頭の派閥だね。


 とはいえ、あそこは王家派にも貴族派にも所属したくないという家が所属する派閥でもあるそうだけど。


 なので、派閥間の結束は緩いんだとか。その分、王家派とも貴族派とも程々にお付き合いする家が多いらしい。


 どこの世界も、グレーな部分ってのは必要になる事、あるよなあ。

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