第768話 困ったなあ

 改めて、ルチルスに結婚の話を訊ねたところ、覚悟を決めたそうだ。


「お話、慎んで受けようと思います」

「決めてくれてありがとう。ちなみに、決め手は何?」


 一応、彼女の一生を左右する決断だし。切っ掛けくらいは聞いてみたい。


「……あまり大きな声では言えないのですが」


 ルチルスが眉をひそめる。え……言えないような事で、結婚を決めたの?


 ヒヤヒヤしていたら、彼女がぽつぽつと話し始めた。


「お相手は伯爵家とはいえ、落ち目と聞いています。これからデュバルがてこ入れする家だとも。ならば、それに乗じてデュバル流の考えを浸透させる絶好の機会ではないかと考えたのです」

「お、おう」

「本来でしたら、もっと気の利く方が嫁いだ方がいいのしょうけれど、そういった方々は家内で重要なお仕事を任されている事も多いですし。なら、王都邸を預かる私が嫁いだ方がいいのかもしれないと考えました。王都邸でしたら、最悪ルミラ夫人が戻る事も出来ますし、セブニア夫人も管理が出来ます。それに、今ならルミラ夫人の下で学んでいる方々が、そろそろ実地で動ける頃かと」

「そこまで考えてたの?」

「はい」


 びっくりだ。先々まで考えて、結婚を受け入れたとは。


「ルチルス。あなたは父親が持ってきた意に染まぬ結婚を嫌がって、デュバルへの就職を決めたと聞いたけれど、今回の事はいいの?」

「まあ、エヴリラ様。懐かしい話を」


 リラの確認の言葉に、ルチルスが笑う。


「あの時父が持ってきた話は、相手の年齢や人格を考えてあり得ないものでした。今回の件は、ご当主様とエヴリラ様が持ってこられた話ですもの。お二人なら、きちんとお相手の方を調べたのではありませんか?」


 ルチルスの言葉に、思わずリラと顔を見合わせる。読まれてるねえ。


 リラがこほんと咳払いをする。


「確かに、調べたわ。その結果、デュバルから花嫁を出しても問題なしとなったの。もっとも、調べた結果、どうにもならない相手なら、ヒューモソン家は消えてなくなっていたと思うけれど」


 リラの言う通りだ。その場合、いくらアルジーザ夫人に頼まれても、多分取引はしなかった。結果、淡水真珠の取り扱いが出来なくなったとしても!




 とりあえず、相手は決まった、後はお互いの顔合わせと婚礼の支度、それに次の王都邸を任せる人の人選だ。


 今のところ、ショップの店長をヤールシオールの配下にし、レフェルアを王都邸の管理を任せるのが無難かと。


 ただ、ルミラ夫人の下で勉強している人達がいるという。そちらが育ったのなら、そこから王都邸の管理を任せる人材を選ぶのも手かも。


 何せ、レフェルアはショップの仕事に誇りを持っているから。簡単に人事異動はしたくない。


「どうしたもんかねえ……」

「何が?」


 つい王都邸執務室でぼやいてしまったら、ばっちりリラに聞かれていた。


 まあ、どのみち相談する予定だったからいいんだけど。


「ルチルスの後釜を誰にするかって話」

「レフェルアで決まりじゃなかったの?」

「そーなんだけどさー。彼女、ショップの仕事を気に入ってるようだし、こっちの都合でその仕事を取り上げて、王都邸の管理を任せるのもなあと」


 説明したら、リラも納得してくれた。


「向き不向きもあるからね。ただ、ショップの店長をそつなくこなせるレフェルアなら、対人スキルは高いし、王都邸管理業務はこなせると思うわ」

「うちで働いている人達って、有能なのが多いよねえ」


 領民はまだしも、余所から来た人達の能力も高いんだよなあ。総料理長とか、レネートとか。


 訳ありとは言うけれど、その訳もただの個人感情に基づく嫉妬だったりだもんなあ。もったいない事だ。おかげでうちは大助かりだから、どこにも何も言わないけれど。


「でも、レフェルア以外となると、誰を当てるつもりよ?」

「それを悩んでるだってば。ルミラ夫人が育てている人材も、大分育っているとはいうけれど、まだ自分の目で確認してないし……いっそ、本領へ行って見てくるか」

「あんた……この時期の王都から逃げたいだけなんじゃないの?」

「そ! ソンナコトナイヨ?」


 舞踏会シーズンである二月からこっち、王都は社交行事が多いのだ。夏は王都が空っぽになるから、寒い時期に社交を終えてしまえというのが、オーゼリアなのだよ。


「もうじきギンゼールでは戴冠式があるし、それにはあんたも出席しなきゃいけないし。決めなきゃいけない事は、早めに決めておいた方がいいかも」

「でしょ!?」

「でも! 本領には一泊するだけだからね」

「ええええええ」


 うちの領地なのに、ヌオーヴォ館にはあんまりいられないの、おかしくない?




 リラがヌオーヴォ館に連絡を入れてくれたので、久しぶりにユルヴィルから鉄道で本領へ帰る。


「トラムの工事、始まってるのね」

「ここからでも、見えるんだねえ」


 王都の南門から出て、ユルヴィルへ伸びる街道を馬車で進む。トラムが完成したら、王都からユルヴィルへ行くのも楽になるなあ。


 ユルヴィルと王都の間には、結構深い森がある。街道はその森を突っ切ってるんだけど、新しい道とトラムは森の地下を走る。


 あれ? トラムじゃなくて、地下鉄?


 この森、なるべくなくさない方が環境にいいという、カストルの試算からだ。今から大事にしておかないと、百年二百年先にはどうなるか、わからないからね。


 森の地下も、木々の根を傷めないように少し深めに道を作る。うちはそうした土木工事は得意だし。


 ただ、労働力が少し不足気味なんだとか。どっかに盗賊団、落ちていないかなあ。落ちてたら、根こそぎ労働力にしてやるのに。


 犯罪を犯すより、健全な労働をした方が本人達の為でもあると思うんだー。更生したら、ちゃんと給金を支払って地上の生活に戻すし。


 そうでない場合は、余所様に迷惑掛けないよう、責任を持って地下労働をさせる所存です。


 なので、安心して捕まってほしい。食うに困って犯罪に走るより、うちで働いた方が世の為人の為だよ?




 ユルヴィルからデュバル領都ネオポリスへ。もう鉄道の旅も慣れたもので、駅を使うだけなら兄達の顔を見ていく事もない。


 あっちはあっちで、子育てで忙しいだろうし。じいちゃんばあちゃんも、手伝っているそうだ。


 ネオポリスに到着した後は、いつものように地下通路を使ってヌオーヴォ館へ。雨対策として地下通路を考えたけれど、これはこれで防犯にもなって便利。


 とはいえ、ネオポリスに入ろうとする不審者は、ネスティ達によって片っ端から捕縛、地下工事現場行きになっているけれど。


 うちでは、襲撃を仕掛けてきた者達も有効活用しています。帰さないよ。


 ヌオーヴォ館では、ルミラ夫人が出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、レラ様」

「ただいま、ルミラ夫人」


 そのまま、私、リラ、ルミラ夫人、カストルの四人でヌオーヴォ館のプライベートエリアにある居間へ。


 お茶の支度をしながら、ルミラ夫人が近況を教えてくれる。


「最近は温泉街へ向かわれる方の数が少し落ち着いたようですね。その分、鉄道で隣国ガルノバンへ向かわれる方達の人数が増えました。登山電車は景色を楽しむ方が多いようで、お急ぎの方は運賃が高くてもトンネル通過の電車を使われるようですね」

「住み分けが出来てるのかあ」

「レラ様がいらっしゃらない時を狙って、何度かこちらにいらっしゃった方達がいます。名簿にして、エヴリラさんに渡してありますので、ご参考になさってください」


 おおう。私がいない時を狙うってのは、どういう事かな?


「それと、お尋ねの件ですが、王都邸の管理を任せても問題なしと思えるのは二人おります。今すぐ呼びますか?」

「お願い」


 そうか、二人も出たか。


 ルミラ夫人は王都邸の管理をしていた時期があるから、必要なスキルはよく知っている。


 そんな彼女が「任せて問題なし」というのだから、有能な人達なんだろう。

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