第767話 これで決まり
ロイド兄ちゃんとツイーニア嬢の関係は、まだ両親が水面下でお互いに納得した程度らしい。
とはいえ、どちらも貴族の家。親の意向は大きいから、このまま結婚もあり得る。
「とはいえ、それでロイド兄ちゃんが納得するかなあ?」
「納得しようがすまいが、親の決めた相手と結婚するのも貴族の務めなんじゃないの? それが嫌なら家を捨てるしかないわね」
リラが冷静だ。彼女の場合、親に結婚を強いられた訳ではないけれど、あのまま実家にいたら確実に「売られる」事は確定だった。
そこから脱出したのは、本人のやる気と運があったから。ちなみに。我がデュバルも、隣のペイロンもアスプザットも、そのやる気を大事にする場所だ。
やる気があるのなら、来てみるといい。能力が低くとも、食べていく事は出来る場所だよー。
能力があれば、のし上がる事も不可能ではありません。奮ってご応募ください。いつでも、人材は募集しているからね。
話が逸れたけれど。今回のツイーニア嬢との結婚、親にお膳立てされたのが気に入らないのなら、一度家を出て身を立て、そこから求婚しちゃどうだ? というのがリラの意見。
でもさあ。ロイド兄ちゃんもそろそろ結婚適齢期と言われる年齢を超えるし、ツイーニア嬢に至ってはとっくに越えている。
ちなみに、レフェリアやヤールシオール、ミレーラは一度結婚して離婚しているので、適齢期云々は当てはまらない。
その代わり、再婚相手はあんまり選べないけれど。もっとも、あの三人はもう結婚する気、なさそうなんだけどなあ。
そんな三人からヒューモソン家の嫁を探すより、やはり初婚になるルチルス、シズナニル、キーセアの三人から選んだ方が無難か。
「ルチルス、シズナニル、キーセアの三人から選ぶとしたら、誰かなあ?」
「ルチルスでしょうね。シズナニルとキーセアは、事務仕事には向いているけれど、対人スキルが低すぎるわ」
リラ、容赦なし。シズナニルとキーセアの対人スキルが低いのは、家の問題も大きいと思うんだ。
ろくでなしの父親に、弱い母親。弟や妹がいる長女だから、自分が頑張らなくてはという責任感を持っている。
その為、学院に入っても勉強勉強また勉強。人との交流は二の次だったみたい。いい成績を取って、王宮の女官に就職するのが目標だったようだし。
今はそれらは解消されて、両親は離婚になったものの、母親と弟妹はデュバル本領で何不自由なく暮らし、シズナニル達も伸び伸びと仕事をしている。
でも、リラの目から見ると、伯爵夫人としては色々と足りないらしい。
「今から学ぶという手もあるけれど、あの事務能力を手放すのは惜しいわ。デュバルって、頭脳労働出来る人が少ないのに、頭脳労働の手が足りてないから」
う……それには反論出来ない。
「でも、ルチルスもいなくなると困るのよね……王都邸を任せられる程、信頼出来る相手って本領でもやっぱり少ないし」
確かに。うちって秘密な品も多いし、何より王都邸には王族が来ちゃったする事が多くある。
そんな邸を過不足なく切り回すには、相応の能力が求められるし、私達からの信頼も必要なのだ。
ルチルスは学院時代からのお友達だし、あまり言いたくはないけれど、私が彼女の身を救った過去がある。
その辺りから、絶対の忠誠を約束してくれているのだ。
「いざとなったら、ルチルスを嫁に出して、王都邸にはセブニア夫人に戻ってもらう事になるかもしれないわね」
「うーん」
セブニア夫人は、王都邸、本領の領主邸であるヌオーヴォ館両方で働いた経験がある。
ヌオーヴォ館の管理は煩雑過ぎた為本人が過労で倒れてしまったけれど。
でも、今はミレーラと一緒に馬の牧場で伸び伸び生活しているという。そんな平穏を、崩したくはないなあ。
「誰か、ルチルスの代わりになる人、いないかなあ?」
「人事異動って事を考えれば、アンテナショップの責任者をロエナ商会から派遣してもらい、代わりにレフェルアさんを王都邸管理に就かせるのが最善かも」
なるほど、所属部署を変えるのか。でも、いきなり上の都合だけで、働いている人の人生を大幅に変えるのも、どうなのよ。
という訳で、当人に聞いてみようと思う。まずは近場からという事で、ルチルスに話を聞いてみた。
王都邸の執務室で、三人膝をつき合わせる。
「私が、伯爵家にですか?」
「まだ、候補の段階。でも、最終的には誰かにお嫁にいってもらわないとならないのよ」
「そう……ですか……」
彼女は不安そうだ。多分、以前父親が持ってきた結婚話がトラウマになっているんだと思う。
そりゃそうだよねえ。自分の父親よりも年上のおっさんのところに嫁にいけとか言われたら、誰だって嫌だわ。
……そういや、大分昔、実父が勝手に私の結婚相手を決めようとした事があったな。あの相手、今頃どうしてるんだろう?
『調べますか?』
いや、いいです。こっちに関わってこないなら、それで。もう名前も覚えていないような相手だもの。
それに、こっちが侯爵家当主になり、夫が侯爵家嫡男なんだから、下手な手出しはしてこないでしょう。そういう計算だけは出来そうだったから。
困惑顔のルチルスに、リラが相手の詳細を話す。
「お相手はヒューモソン伯爵家の次男、ツフェアド卿です。在学期間が少し被っているから、学院ですれ違う事くらいはあったかもしれないわ」
「ヒューモソン伯爵家の次男の方……ですか? ああ、学院で話を聞いた覚えがあります。優秀な方だって」
あら、ツフェアド卿ったら、そんなに優秀だったんだ。そういえば、総合魔法の話し合いの時も、貴族派の誰だったか相手に舌戦を繰り広げていたっけ。
「次男だけれど、今回ヒューモソン伯爵家を継ぐ事が決まっています。つまり、彼と結婚するという事は、伯爵夫人として家の事を切り回す事になるの。あなたなら能力的には問題ないと思うのだけど……」
「嫁いだら、もう王都邸での仕事は出来ませんよね?」
「おそらくは」
リラが、大分遠回しな言い方をしてるけれど、確実に無理だよねえ。
ヒューモソン家は落とした評判の回復に努めなければならないから、この先が大変だし。
領地も、水害が起きやすい場所だから、その為の整備も必要だ。もっとも、その辺りはデュバルからの技術提供があるけれど。
あ、そういうのも含めて、うちがバックアップするって話になってるの?
うちとしては、初の派閥……というのとはちょっと違うんだけれど、協力関係以上の家が出来る。
ユルヴィルは身内だから、この場合ちょっと別枠。分家まではいかないけれど……そう、一門ってやつだ。ヒューモソンは、デュバルにとって初の一門になる。
当然持ちつ持たれつで色々協力するし、させる。淡水真珠事業も、アルジーザ夫人の実家と協力して、より多く、大きな真珠を作れるように研究開発していくつもりだし。
ヒューモソン家の主な事業である果樹園経営も、フロトマーロや他の飛び地でのノウハウを惜しみなくつぎ込んじゃうぞ。
そう考えると、やっぱりあの家の奥さんには、うちの身内扱いの人になってもらわないと困るのか。
結婚に関する条件のあれこれをリラから聞いたルチルスは、まだ少し混乱しているらしい。
「少し、考えさせてもらっていいですか?」
「もちろん。それに、あなたに決定したという話でもないし。お相手がいる事だから、当然相手との相性も大事でしょ? 他に候補としては、レフェルア、ミレーラ、一応ヤールシオールも入ってるの」
「ああ、なるほど」
何故か、ルチルスの目が若干遠くなってる。その様子を見て、リラがしきりに頷いているのも、何でだろうね?
ルチルスの次は、一番可能性が高いレフェルアに話を持っていった。
「私が再婚……ですか?」
「まだ、候補の一人なんだけれどね」
やはり、いきなりの話になるからか、驚いている。
アンテナショップは、王都の商業地区の片隅にある。路地に面していて、入り口は狭いのだけれど、奥に広がるタイプの店舗だ。
ちょっと入りづらいかなあと思う店構えなのだけれど、繁盛してるんだよねえ。いつ来てもお客がいっぱいだ。
このアンテナショップ、再開発地区の整備が終わったら、あちらに引っ越す予定である。その場合、店主を務めるレフェルアも新店舗に移ってもらおうと思ってたんだけど。
「お相手はヒューモソン伯爵家次男のツフェアド卿。今度、彼が伯爵家を継ぐ事が決まったから、その奥方になる人を……ね」
「彼ですか。学院時代ですが、優秀な子だって、知り合いに聞いた覚えがありますよ」
優秀な「子」か。レフェルアから見たら、ツフェアド卿は年下だから、そういう感想になるのかも。
彼女は少し考えてから、口を開いた。
「もし、彼と結婚したら、ショップの仕事は出来ないですよね?」
「そうなります」
リラが冷静に返してるけれど、私はちょっと笑いそうになる。ルチルスといいレフェルアといい、仕事の事は譲れないんだなあ。ここにもワーカホリック?
少し考えたレフェルアは、ルチルスと同じ事を言った。
「考えさせてもらって、いいですか?」
「ええ。もちろん。候補は他にもいるのだし、あまり気負わないでね」
私の言葉を聞いて、どこかほっとしている。こりゃ、ルチルスで決まりかなあ。
当然、ミレーラにも話は持っていった。彼女は飛び地の牧場にいるので、まずは通信で。
『え? 結婚ですか? 私が?』
通信画面の中で、ミレーラが凄く驚いている。いや、再婚の話くらい、あっても不思議はないと思うんだけど。
でも、ミレーラはきっぱりと言ってきた。
『無理です、無理無理。今更社交界に戻れとか言われても、もう約束ごとなんて全部綺麗に飛んじゃってますよ』
画面の中で元気よく笑うミレーラ。まあ、今の牧場生活が性に合ってるようで、何より。
「わかったわ。候補は他にもいるから」
『お願いします』
ミレーラとの通信は、ほんの一、二分で終わってしまった。牧場の状態については、報告書という形で上がってきているので、問題ない。
あの報告書、作ってるのはセブニア夫人だな。
今日はこの後、ヤールシオールが来る。ツフェアド卿が伯爵家を継ぐのが確定したので、淡水真珠の取り扱いに参加出来るようになるのだ。
それを伝えるのと同時に、結婚話を振ってみる。
「んまあ! ヒューモソン産の淡水真珠ですって!? ご当主様、それをどうやって!?」
「今説明するから。落ち着いて」
「これが落ち着いていられますか!」
興奮してこちらに迫ってくるヤールシオールを何とか宥め、事の次第を全て説明した。
「という事は、デュバルから誰かを嫁に出すという事ですの?」
「うん。一応、ヤールシオールも候補に挙がっているよ?」
「やめてくださいな。今更再婚したいとは思いませんわ」
凄く嫌そうな顔。相手が誰でも、再婚の意思はないらしい。
「でも、話を聞く限り、一番適任なのはルチルスではありませんこと?」
リラと意見が一緒だな。
「そうなんだけどさあ。そうなると、王都邸を任せられる人がいなくて」
「ルミラ夫人を呼び戻す訳にも参りませんしねえ」
そうなんだよなあ。ルミラ夫人は凄く有能な人だから、王都邸よりも大変な本領領主館であるヌオーヴォ館から動かす訳にいかないんだよ。
「もし、ルチルスをヒューモソン家に嫁に出すなら、レフェルアを王都邸管理に就かせるのがいいのではありませんか?」
「それ、リラも言ってた」
私の言葉に、ヤールシオールが私の隣にいるリラににっこりと微笑んだ。
「さすがですね、エヴリラさん」
「恐れ入ります」
「その態度はいただけませんけれど。まあいいでしょう。おそらく、レフェルアはアンテナショップから離れたがらないでしょうけれど、そこは私が説得します。ご当主様は、ルチルスを納得させてくださいまし」
「また、高難度のものを」
「あの子は敏い子ですから、自身とデュバルの為と言えば否やは申しませんよ。多分」
「多分!?」
曖昧だなあ。でも、確かにいい線はいってる。
彼女にとって、一番大事なのは家族だ。特に母親。父親は、以前にポカやらかしてるから、いまいち信用度がねー。
そして、デュバルの事も大事にしてくれている。
でも、今回の結婚で、デュバルは利を得るけれど、ルチルスの実家に何かメリット、あったっけ?
「なければ作ればよろしいのですよ。ヒューモソン家は果樹栽培が主な産業でしたね。なら、ルチルスの実家であるフラカンイ男爵家で苗を育てさせればよろしいのでは? フラカンイ男爵領は温暖な土地ですし、災害もほぼありません。そこで苗を育て、育ったところでヒューモソン伯爵家で果樹まで育てればいいのです。何でしたら、今までヒューモソン家で取り扱っていなかった果樹も、育成出来るではありませんこと?」
「それいい!」
今までだったら、育てた苗を移動させるのに手間も時間も掛かった。でも、今は鉄道がある。
フラカンイ男爵領にも鉄道は敷設中だし、ヒューモソン伯爵家にも近いうち敷設する。何せうちの一門だから。
これを機に、フラカンイ男爵家も取り込んじゃおうか。
それを提案したら、ヤールシオールから呆れた視線が飛んできた。
「今更ですの? 遅いくらいでしてよ、ご当主様」
えー?
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