第766話 いつの間に
茶番劇の会場となった天界の間は、あの後主役三人が広間の外に連れ出された後、何事もなかったかのように夜会が続いた。
夜会って、翌日早朝までやってたりするからね。貴族って、色々タフだわ。 しかも皆様、先程までの茶番はもうなかったものとして扱ってるよ。本当、タフだね。
翌日は王都邸でしっかり休み、夜会から二日後。王宮から呼び出しを受けた。
ユーインもヴィル様も、夜会翌日は仕事が休みだったので、この呼び出しは翌日の夜に書簡で届いている。
なので、本日は旦那達と一緒に王宮へ。
午前中の装いは、肌の露出をこれでもかとなくす。そろそろ王都は暑くなる頃だから、厚手の生地はもう使わない。
胸元、袖の辺りはレースで、全体的に薄い生地を三枚重ねたドレスだ。その重ねで色に変化が出るようにしている。
この生地や染めを完成させるのに、職人達が苦労したそうだ。どちらにも、分室が技術提供で関わっている。
つまり、このドレスそのものが我が領の特産品の一つって訳。いやあ、広告塔も大変だわあ。
私がブルー系で、リラがピンク系。ドレスの型もそれぞれ違うけれど、今回の売りは生地だからいいのだ。
王宮に到着した後は、ユーイン達のエスコートでレオール陛下の執務室へ。まあ、当然あの夜会での事でしょうね。
執務室には、レオール陛下、コアド公爵、元学院長、イエル卿という普段の顔ぶれと一緒に、サンド様もいた。珍しい。
「父上もいらしていたんですね」
「うん、今日は派閥の長としてね」
ああ、そうか。ヒューモソン伯爵家は、ラビゼイ侯爵家からの申し出で、王家派閥から除名されるって決まってたっけ。
でも、当主も嫡男もいなくなり、次男であるツフェアド卿が跡を継ぐんだよね? なら、除名処分は撤回になるのかな?
そんな事を考えつつも、席についてお話し合い開始。
「過日の夜会での事、デュバル侯爵にはご苦労だった」
「恐れ入ります」
私がやった事といえば、トンデモメロンの手を扇ではたき落とし、当主に自分の状況を自覚させただけなんだけどなー。
あれだけ社交の場で恥をかかせたら、まず当主交代は確実。嫡男がその場にいて、当主に荷担……していたように見せる事が出来たと思うので、嫡男も同じく恥をかいたとして更迭。
跡継ぎには、独立した次男がいるから、彼で決定、ってところだと思うんだけど。
レオール陛下の裁可を待つと、手元の書類に目を落としていた陛下が口を開いた。
「ヒューモソン家当主リガン卿は、急の病で療養生活に、嫡男は思うところがあって修道院に出家。その妻プリーテサも同様に、女子修道院への出家が決まった」
急の病とか思い立っての出家とかは、表向きだよねー。実際は強制執行と見ていい。
ちなみに、トンデモメロンことプリーテサ夫人が貴族の扱いで修道院への出家になったのは、彼女が正式な嫡男の嫁だったから。
これが妾やただの愛人止まりなら、多分極刑になっていただろうね。公の場で、デュバル侯爵である私に不敬な態度を取ったから。
命が助かったのは、伯爵家当主であるリガン卿がトンデモメロンを知り合いの家に養女に入れ、そこからヒューモソン伯爵家に嫁入りさせたから。
これ、嫡男だけだったら詰んでたんじゃね? どちらでも、うちとしては構いませんが。
陛下の発言は続く。
「ヒューモソン家は、次男であるツフェアド卿が跡を継ぐ。彼は独身だそうだから、婚姻の申し入れが山のようになっているそうだぞ」
耳ざとい貴族なら、これからのヒューモソン家を考えて縁づこうとしても不思議はないね。
何せ評判を落とした家だ。訳ありの娘でも押しつけられるし、その際に嫁の実家の発言権を強める事も出来る。
評判が落ちたし、過去に領地で災害があったとはいえ、ヒューモソン家の領地はまだまだ使い道があるだろう。
そこら辺を考えると、ろくでもない家からの求婚こそ素早いんじゃないかなあ。
そんな事を考えていたら、陛下とコアド公爵の目がこちらに向いていた。
「……何です?」
「侯爵縁の者で、ツフェアド卿に嫁ぐものはいないか?」
「はい?」
どういう事? 本気でわからなくて首を傾げていたら、横のリラがそっと小さく手を挙げた。
「発言をお許しいただけますか?」
「許す。ここは公の場ではない。気軽にせよ」
「ありがとうございます。デュバル侯爵が理解出来ていないようですので、補足説明をさせていただきます」
「頼む。ああ、我々の前だからといって、かしこまる事はないぞ。普段通りにせよ」
え? どういう事? レオール陛下とリラを交互に見る。陛下達はニヤニヤしてこちらを見ていて、リラは額に手を当てて溜息を吐いている。
「何?」
「ヒューモソン伯爵家の後ろ盾に、デュバルがつくという事よ。それをもって、派閥からの除名を撤回するという事でしょう。だからお義父様がいらしているのよ。後ろ盾云々に関しては、ツフェアド卿に覚悟を迫った時にも、したでしょう?」
ああ、そういえば、そんな覚えが……
「で、それを強化する為に、デュバルと縁が深い女性をツフェアド卿の妻にと陛下達は仰ってるの。具体的に言うと、レフェルア、ツイーニア、ヤールシオール、ミレーラ、ルチルス、シズナニル、キーセア。このうちの誰かだと思うわ」
「えええええ!?」
何そのメンバー。誰一人欠けても困るよ。
それに、ツイーニア嬢はロイド兄ちゃんの想い人だし。とはいえ、ロイド兄ちゃんがへたれなおかげで、進展はほぼないみたいだけど。
ただ、ツイーニア嬢にはそのくらいのローペースの方がいいと思うんだ。魔法治療で精神的な負担はほぼなくなっているとはいえ、記憶を消した訳じゃない。辛さや恐怖は、どこかに残っているから。
混乱する私の耳に、陛下達の声が聞こえる。
「ゾーセノット夫人から見て、誰が適任だと思う?」
「……レフェルアか、ルチルスではないかと」
「ほう。何故?」
「レフェルアはボエロート伯爵家の次女です。伯爵位の家の事はよく知っているかと。ルチルスの場合男爵家の出身ではありますが、彼女自身は勤勉ですし、現在デュバルの王都邸を切り回しているのも彼女です」
「能力的に問題なしという事か。他は?」
「……シズナニルとキーセアは、現在ペイロンとの人材交流に携わっておりますので、異動させるのは難しいかと。ミレーラに関しても、仕事の関係で再嫁は難しいかと思います。ツイーニアに関しましては、別件で縁談が進んでおりますので」
「え!? そうなの!? ロイド兄ちゃんは!?」
リラの発言に驚いて問いただす。ツイーニア嬢に、縁談なんて聞いてないよ!?
「落ち着け! 相手はロイド様です!」
「あ、そうなんだ……え? 待って。いつの間にそんな話に!?」
我を忘れていた。そういえばここ、レオール陛下の執務室だったっけね……
気がついたら、サンド様の意味深な笑みと、陛下と公爵と元学院長の何とも言えない笑み。
そしてヴィル様がこめかみに青筋を立てていた。怖い。
とりあえず、ツフェアド卿の嫁斡旋の話は持ち帰りで。候補の挙がった人達の意見も聞きたいしね。
帰りの馬車の中では、リラがプリプリと怒っている。
「まったく、立場と場を考えなさいよね!」
「ええと、ごめん?」
「反省しなさい」
いや、本当。申し訳ないっす。
それよりも。
「ツイーニア嬢とロイド兄ちゃんがって、本当?」
「一応、内々でね。ロイド様のご実家であるクインレット子爵家と、ツイーニア嬢のご実家であるリューザー伯爵家との間で、二人さえよければって事で」
なるほど。リューザー伯爵家としては、相手がペイロンの分家の子爵家ってところが引っかかるだろうけれど、ツイーニア嬢は普通の家にはもう嫁げないだろう。本人のせいではないにせよ、悪評はついて回る。
その点、クインレット家なら悪評なんぞ気にしない。ペイロンで生き抜くだけの強さがあればいいと思ってるだろうな。
ただ、ツイーニア嬢にペイロンで生き抜く強さがあるかどうかは、謎だけど。
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