第765話 トンデモメロン

 天界の間は、盛況……とは言い難い雰囲気だ。私達は侯爵家の中でも早くに入場した方なんだけど、天界の間全体が何だか物々しい雰囲気だ。


 中央にいる、ヒューモソン伯爵家のせいだろうね。控えの間付近で捕縛された三人は、そのまま衛兵に渡されて再び天界の間へ戻された。


 その様子を、ばっちり周囲に見られてたんだってさー。


 当たり前だわな。噂話大好き社交界が、こんな美味しいネタを放っておく訳がない。


 私達が入場した時も、周囲でひそひそしてたもの。


「恥を知らないというのは、怖いものね」

「本当に。あの区画、伯爵位では入ってはならないという事、知らないだなんて」

「あの嫁はともかく、ヒューモソン家当主と嫡男は知っていないとおかしいだろうに」

「まあ、二代続けてのぼんくらが確定だからな。知らなかったんじゃないか?」

「もしくは、その体で逃げようとしたか」

「そんな馬鹿な」


 まったくだ。でも、それが本当っぽいから、困るんだよねえ。


 現在、私とユーインの周囲には、認識を阻害する結界を張っている。つまり、私達が入ってきた事に気付いている人はほぼいないって事。


 魔法が使えて、この結界の事を知っている人なら気付く。現に、コーニーやヴィル様なんかは気付いているし。


 当然、シーラ様達も気付いている。あ、ルイ兄がいた。そっか。ペイロン伯爵として、今夜の夜会には出席しているんだ。


 ペイロンから王都まで、鉄道を使うと半日で到着するからね。昔のように、馬車で半月以上掛かる行程ではない。


 なので、地方在住の家も気軽に王都に来るようになってるそう。ただ、運賃はまだお高めなので、一般の人達にはまだ手が出ないらしいけど。


 そのうち、低所得者層でも簡単に鉄道で移動出来るようになるといいなあ。


 それはともかく。こちらの姿が見えないうちに、中央に近づいてユーインの姿をトンデモ嫁に見せる計画だ。


「ユーイン、頑張ってね」


 小声で伝えると、彼がこちらをじっと見てくる。はて?


「これが無事終わったら、褒美をねだってもいいか?」

「え?」


 珍しい事もあるものだ。でも、確かに餌にする以上、労いと共に褒美があってもいい。


「いいよ。私に叶えられる事なら……だけど」

「その言葉、忘れないように」


 にやりと笑うユーイン。あれー? これ、早まったんじゃね?


 ともかく、もう計画は動き出している。これからは、盛大にあのトンデモ嫁を踏みつけなくては。


 嫌いな相手に攻撃するのはいいんだけど、魔法攻撃でないのはちょっときついなあ。


 でも、これも淡水真珠の為。頑張らなくては!




 本日の装いは、ユーインと私で揃えている。飾りボタンであるスタッズ、袖元を止めるカフリンクスは全て黒真珠だ。


 ウエストコートから伸びるキーチェーンにも、小さな黒真珠をあしらっている。


 私の方は、新調した黒真珠のパリュール……髪飾り、ネックレス、イヤリング、指輪。


 腕輪に関しては、今回ユーインと同じデザインのものを付けている。ただし、私の方は魔力阻害が入っていない、ただの腕輪。


 これから盛大にやらかす訳だから、魔力を抑えてなんていられない。


 ちなみに、本日王宮で魔法を使う許可は、しっかりレオール陛下に取っている。こういう時、王族にすぐ話を通せる立場って、楽よねー。


 以前コアド公爵が我が家に来ちゃったした時の話にある通り、王家としても現在のヒューモソン伯爵家のあり方には困っているそう。


 王家派閥に属しているとはいえ、これだけ周囲からのヘイトを稼いでしまっては、庇いようもないんだとか。


 なので、今回の当主と嫡男をほっぽり出し、次男であるツフェアド卿に家を継がせよう計画は、王家としても渡りに船なんだとか。


 正直、一伯爵家の後継者云々なんて、王家が口出しする話じゃない。……とはいえ、我が家も王家のお声掛かりで私が家を継いでるからねえ。ない話ではないのだ。


 そして、それを王家主催の夜会でやる意味。周囲で見ている観客気分の貴族達。君達の家でも、問題が起こったらこういう事になるかもよ?


 今夜の茶番、見世物というよりは君達への教訓だからね?




 ユーインのみ認識阻害を取り払い、会場に放流する。周囲から、感嘆の溜息が聞こえてきた。


 そうだろうそうだろう。今夜の為に、念入りにお手入れしてもらったからね。いつも以上に人目を引くよ。


 ただし、付けている腕輪の機能で、一定以上の距離には近づけないようにしておいた。でないと、あっという間に女性陣に群がられて動けなくなってしまうからね。


 本人は渋い表情だけれど、あれがいいという層がいるんだとか。大変だなあ。


 あのトンデモ嫁も、そう思ってくれると助かる。とはいえ、あちこちの社交場で見

目のいい男性にはすぐすり寄るという情報もあるから、多分大丈夫じゃないかなあ。


『主様、ターゲットが動きました』


 早速釣られたのか。呆れるやら、餌の威力に驚くやらだわ。


 私は認識阻害の結界を張ったまま、ユーインのすぐ側で待機している。なので、鼻息荒くこちらに突進してくるトンデモ嫁が見えるよ。


 見た目は、そこそこ。あと、胸部装甲が凄い。昔懐かしいミスメロンを思い出すよ。こいつも、それなりのメロンだ。


 当主と嫡男、このメロンに惑わされたんじゃないの? ……何かムカつく。


 そのムカつくトンデモメロンは、意気揚々よ女性陣をかき分けてこちらにやってくる。それにしてもユーインの吸引力、凄いな。


「あの! 初めまして! 私、ヒューモソン伯爵家のプリーテサと言います!」


 この挨拶に、周囲の女性陣がドン引きだ。そりゃそうだよね。相手を知らずに声を掛けたのが丸わかりだから。


 オーゼリアでは、知らない相手にいきなり声を掛ける事はマナー違反とされている。いくつかの特例を除いて、やっちゃいけない事なのだ。


 普通は、初対面の相手の場合間に紹介者を仲介する。紹介者がいない相手とは、直接繋がれない。


 ただ、これは夜会に限っての事。舞踏会や晩餐会などだと、近場にいる人には積極的に声を掛けていけになるから不思議。


 そして、今夜は夜会。それも、王家主催の王宮で開かれる、一番マナーに厳しいと言われる場だ。


 そんな場所でマナー違反をすればどうなるか。周囲の目がそれを物語っている。


 私が周囲を観察している間にも、トンデモメロンはユーインに迫っていた。「誰か知らないけれど、お一人なんでしょ? 私が一緒にいてさしあげるわ」


 酒場なら、それでよかったんだろうなあ。でも残念。ここは社交界で、夜会の真っ最中だ。庶民の酒場のルールは適用されない。


 さりげなくトンデモメロンがユーインにボディタッチをしようとしているけれど、腕輪の機能で弾かれている。


 それに気付かないのか、ジリジリ迫ってきてるよ。ユーインが何も返答していない事に、気付いていないのかな。


 さて、じゃあそろそろいいだろうか。まずは認識阻害の結界を解除。


「痛!」


 めげずにユーインに触れようとしていたトンデモメロンの手を、扇ではたき落とす。


 扇にも、私の腕にも、軽く強化を使っておいた。その扇を開いて口元を覆い、視線は少し下がったトンデモメロンを見下す。


「キーキーとかしましいこと。どうしてこの場に、躾のなっていない猿が紛れ込んだのかしら」


 こういう時、タッパがある身でよかったなと思うわ。自然に上から目線が出来ます。迫力も出せるよ。胸部装甲は薄いがな!


 トンデモメロンは、私の威圧にもめげない。根性だけはあるなあ。


「な、何よ! 誰よ! あんた。私はその人と」

「お黙り」


 効果ないかと思ったけれど、トンデモメロンに効果があったよ。トンデモメロンだけでなく、何故か会場中が静まっちゃったんだけど。


 え……そんなに威力あったの? この言葉。


「私の夫に何かご用かしら? お猿さん。ああ、猿に聞いたところで、人の言葉は理解出来なかったわね。困ったわあ、猿に通じる言葉を使える方、どこかにいらっしゃるかしら?」


 わざとらしく周囲を見回したら、やっと静かな空気が消えて、代わりに笑い声が起こった。ウケたらしい。


 ただ、猿扱いされたトンデモメロンの方は、笑っていない。顔を真っ赤にして、怒っている。


「あ、あんた! 私を誰だと思ってるのよ!!」

「躾けのなっていないお猿さんよねえ? あら、いけない。猿と話をしてしまったわ」


 これにも、またしても周囲が沸く。あれ? これ、トンデモメロンを苦々しく思っていた人達が、わざと笑ってないかね?


 貴族って、そういう腹芸も出来てこそなのよー。


 ところで、トンデモメロンの背後で苦々しい顔をしているのは、ヒューモソン伯爵家の当主と嫡男でいいんだよね?


 君達、嫁が醜態をさらしているのに、何も言わない、しないでいいのかね? 家の評判を落とす形になるのだが。


 もっとも、こちらはそれを狙っているよー。


 こちらの狙いなど気付くはずもなく、トンデモメロンは背後にいた自分の旦那をひっつかんで、前に押し出した。


「うちはヒューモソン伯爵家なのよ! 偉い家なんだから!」


 トンデモメロンのこの言葉に、再び周囲から嘲笑が巻き起こる。うん、ヒューモソン伯爵家って、社交界では中の中……今回の件で、中の下か下の上くらいに下がったんじゃないかな。


 とりあえず、嫡男には見覚えがないので、更に後ろの当主に目をやる。


「あら、そちらにいるのはヒューモソン伯爵かしら? 狩猟祭以来ねえ」

「は……はい……」

「そうそう、先日奥様とお会いしたのだけれど、何やら嘆いておいでだったわよ? 大事な奥様を苦しめるなんて、よくないわねえ」

「は……」


 何も言い返せまい。こんな場で、家の内情を晒されるのは恥だけれど、それ以上に「私」に言われるのは恥だもんなあ?


 意訳すると、妻を苦しめて息子の嫁ばかり可愛がって、恥を知れ、って事だから。これを理解出来ないようじゃ、社交界は渡っていけない。


 そして、トンデモメロンは理解出来ないようだ。


「はあ? あの婆さんの事? 口うるさい婆さんなんて、家を追い出されても文句は言えないでしょ? お義父さんだって、あんな婆さんにいつまでも縛られたくはないと思うわよお?」


 そう言いつつ、トンデモメロンは自分のメロンを腕で強調してくる。おのれ……


 胸部装甲が強くたってなあ! この場では私の方が強いんだよ!


「……ヒューモソン伯爵、あなたも、そこの猿と同じ考えかしら?」

「え……いや、それは……」


 明言出来ないよねえ? この場には、アルジーザ夫人のご実家の方々も出席しているもの。


 下手な事を言えば、今まで投資してもらった分、全て一括で返せと言われるかもしれない。


 もっとも、夫人のご実家の狙いはそこにはないけれど。


 口ごもる舅、ヒューモソン伯爵家当主に対し、トンデモメロンはいらん事を口にした。


「どうしたのよお、お義父様あ。いつも言ってるじゃない。あんな婆さんより、若くて可愛い私の方がいいって」

「ば!」

「婆さんの実家だって、夫が継げば問題ないって、言ってたじゃない」


 慌てるヒューモソン伯爵に対し、トンデモメロンはとんでもない発言をした。周囲の空気の温度が、下がったのを感じる。


 アルジーザ夫人の実家って、既に夫人の兄弟の代に移っており、後継者はちゃんといる。


 今トンデモメロンが口にした内容って、ヒューモソン伯爵家当主主導による、他家の乗っ取り計画の暴露になるんだが。トンデモメロンは、わかっていないんだろうね。


「伯爵、今、そこの猿が言った事は、本当の事かしら?」

「ち、違う! 断じて違います! さ、酒に酔った時の戯れ言です!!」


 当主の慌てぶりに、さすがのトンデモメロンもそろそろ周囲からの視線に気付いたらしい。いや、もっと前に気付けよ。


「今聞いた事、陛下にもお伝えしなくてはね」

「待ってください! 本当に、違うのです!!」

「ヒューモソン伯爵。そうは言っても、彼女が言った言葉は、この場いる誰もが耳にしましたよ? 当然、陛下のお耳にも入ったでしょう」

「そんな……」


 その場でくずおれる当主。その様子に、やっと動いた嫡男。


「父上!」

「もう駄目だ……我が家はおしまいだ……」

「え? え? 何で?」


 父親にすがりつく嫡男、この先が読めて絶望する当主。一人意味がわからずにおろおろするメロン。カオスだなあ。


 とはいえ、望む形とはちょっと違うけれど、無事当主と嫡男夫婦を社交界から追放出来そうだわ。


 あとはツフェアド卿が無事ヒューモソン伯爵家を継げば、ミッションコンプリート!

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