第764話 場の支度は調った
王家主催の夜会は、定期的に開かれるものではない。その時の事情に合わせて、多くなったり少なくなったりするそうな。
今年は、平均的。多くもなく少なくもなく。それだけ、国内が安定しているという証拠なんだとか。
そんな王家主催の夜会で、茶番劇が繰り広げられる訳だ。
「何だかなー」
「依頼受けたのは、あんたでしょうが」
「いや、だってさ……」
あの場で「嫌です」とは言えまいて。何せシーラ様がお膳立てした場だもの。
という事は、王家派閥としても、アルジーザ夫人を全面的に擁護するって事だよね。攻撃してくる相手が、本人の婚家って辺りが笑えるんだが。
ともかく、ヒューモソン伯爵家の強制代替わりはもう決まった事。誰にも覆せない。
夜会までに、用意しておきたいものがあった。それが、本日本領の分室から届いたのだ。
「……よし」
届いた品を確かめる。分室でニエールが念入りにチェックしているだろうけれど、やっぱり自分でも確かめておきたくて。
届いたものは、腕輪だ。もちろん、魔力を封じる為のものなんだけど、これにはそれに加えて自動で結界を張り、周囲の攻撃から装着者を護る仕掛けが施されている。
これまで散々リラ用に開発した護身用の腕輪に、魔力封じを最大限強化して付与したもの。
何でこんなものが必要かというと。
「ユーイン、ちょっとこれ、嵌めてみて」
「腕輪か? 今しているものが気に入っているのだが……」
私と一緒にあつらえたやつですね! でも、ユーインには内緒で、私の腕輪はアップデートしているのだ。
詳しくは、魔力を抑える度合いが増えて、いざという時にはその抑制部分が任意に解除出来るようにしてある。
とはいえ、普通に魔力を抑えた状態で魔法を使っても、十分威力があるんだけど。
たまには、全力全開で魔法をぶっ放してみたい。
『魔の森中央の研究所にいらっしゃいますか? あそこなら、主様が全力で魔法を放っても、問題ありませんよ?』
うちの執事が悪魔の誘惑をしてくる。
それはともかく、今はユーイン用に新調した腕輪の調子だ。
「何か、ダルいとか体調に変化が出そうな事、ない?」
「特には。何か、今までとは違う腕輪なのか?」
う。これからユーインを巻き込む為に、新調したとは言いにくい。
「レラ?」
「ええと、装着者の魔力を完全に抑え込む品……です」
「なるほど。臭い対策か」
察しがよくて、助かります。
ユーインは、渡した腕輪を無言で見つめている。何か、不具合でもあったのだろうか。
「おかしなところとか、ある?」
「いや。私の魔力を完全に抑え込むという事は、相手は相当な臭いだという事なのだなと思ったんだ」
本当に、察しがよくて助かります。
正直、あのトンデモ嫁に魔力があるとは思えない。あったとしても、適切な教育を受けられていないだろうから、まず魔法は使えないはず。
適切な魔法教育を受けたなら、酒場で働く必要はないもん。魔法職って、大抵の現場で高給取りなのだよ。
だから、いくらユーインに下心を持ったとしても、そこまでの臭いにはならない……はずなんだけどなあ。
どうもその下心が強すぎて、激臭になってる気がするんだよ。なので、この対策。
餌になってもらう以上、なるべく不快な事はなくしておきたい。
だからこそ、この腕輪を用意したんだけど。ユーインは、視線を腕輪から私に移している。
「どうかした?」
「レラの目から見て、例の嫡男夫人はどう見えた?」
「え」
私の目から見て? うーん。
「……厄介?」
「なるほど」
言葉にすると、この一言に尽きる気がする。
脅威は感じない。恐怖も。ただひたすら、面倒で厄介な相手ってだけ。
本当なら、カストルに頼んで人知れず地下工事現場へ放り込むのが一番簡単なんだと思う。行方不明でも、周囲は納得してくれると思うんだ。
でも、それを納得しない人達がいる。ラビゼイ侯爵夫妻と、アルジーザ夫人。多分、ツフェアド卿もかな。
彼等を納得させる為にも、人前での茶番が必要になる。
私には向かない役柄だけど、依頼だから仕方ない。多分、私がちょうどいいんだろうし。
ラビゼイ侯爵家は、既に犠牲になっている。ゾクバル侯爵家は、下手をすればその場で物理攻撃に出てもおかしくない。
アスプザットは、手を出したが最後、ヒューモソン伯爵家そのものが吹き飛ぶ。
うちなら、程よい身分、程よい家格。そして何より、私の実績がある。面倒な連中は、私に押しつけてしまえばいいと、王家ですら思ってる節があるからね。
とはいえ、そこはギブアンドテイク。私としても、アルジーザ夫人が提示した報酬に納得したからこそ、引き受けたんだから。
そして、とうとう茶番当日がやってきた。今夜は夜会なので、夜の装い、それも派手にする。
いつもなら、デザインは控えめにするんだけど、今回は相手を威嚇する目的もあるから。
最近社交界で流行りだしたという、天然石を砕いて作ったビーズで全面刺繍を施したドレス。
これ、一回限りしか着られないよな。リフォームしようにも、やりようがないだろうし。
着付けたドレスを見下ろしていたら、リラに見られていた。
「何か、気になるところでもあるの?」
「いや、もったいないなあと思って」
「……貧乏性」
倹約家と言ってもらおうか。
とはいえ、私の立場でしみったれた事を言うと、下に影響が出るからなあ。一応、身分もお金も持っていますしい? セコい事ばかりは出来ないのよねえ。
いや、ケチ臭い事を言うのは、自分の身の回りに関してだけなんだが。
王家主催の夜会は、王宮の天界の間で行われる。ここも、すっかり慣れたなあ。
身分が高い人間は、低い人間より遅く会場入りする。なので、侯爵家である我が家は、開始から一時間以上経っての入場だ。
爵位が同じ場合、家格が低い方から入場していく。ヒューモソン伯爵家は、既に入場済みだとか。
入場は、これまた入る時間帯によって入場口が違う。子爵までは一番大きい出入り口からだ。
ここは王族がいるエリアの真向かいにあり、一番遠い。入ってから王族への挨拶に向かうまで、結構歩かされる出入り口になる。
伯爵位は、そこより少し王族エリアに近い、脇にある出入り口を使う。
そして侯爵家、公爵家は王族エリアにもっとも近い出入り口からの入場だ。つまり、リラとヴィル様とは別行動という事。
今私達がいるのは、天界の間へと続く控えの間。一家に一間ずつ貸し出されているので、室内にいるのは私達のみ。
本来なら部屋付きのメイドや侍従がいるものなんだけど、うちは陛下の許可を取ってオケアニスを連れてきた。
警戒して、というより、何事かあった時の後始末の為。王宮にも多くの衛兵や近衛がいるけれど、オケアニスは少数精鋭だから。
それに、ないとは思いたいけれど、あのトンデモ嫁ならこの控えの間のエリアまで入り込んできそうで。
その為、これも許可を取った上で、控えの間に至る場所に、オケアニスを配置しておいた。
そのオケアニスから、カストルを経由して連絡が入る。
『主様。例の三人をオケアニスが捕縛しました』
「マジかー……」
「どうかしたか?」
控え室にあるソファの隣に座るユーインが、聞いてきた。
「すぐそこで、例の三人をオケアニスが捕縛したって。トンデモ嫁が喚くには、ラビゼイ侯爵家に頭を下げてやる、だそうよ」
「……頭の痛くなる相手だな」
ええ、本当に。
現在、控えの間には私とユーインのみ。つくづく、デュバルは親族に恵まれない家なんだなと思うよ。
ユルヴィル家があるけれど、あそこは母方の親族になるから、「デュバル」の親族ではないんだよねえ。
ともかく、トンデモ嫁達に関しては、捕縛後衛兵達に任せて会場にもう一回放流してもらった。
茶番の会場は、あくまで天界の間なのだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます