第763話 後始末? 尻拭い?

 普段の歌劇場なら、チケットを持っていれば誰でも入れる。とはいえ、チケットそのものが高いから、庶民はなかなか買えないと聞いたけれど。


 その歌劇場も、貸し切り状態の時はチケットを持っていても入れない。当然ながら、貸し切りの時は公演がないので、チケットは売り出されないから。


 今夜はラビゼイ侯爵家主催の夜会なので、招待状がない人は入れない。例外はあっても、まず今押しかけてきている奴らには適用されないだろう。


 つか、本当に何しに来てんだよ!? トンデモ嫁とその旦那!


 カストル、ラビゼイ侯爵夫妻にこの情報、届いている?


『今、耳にしたようです』


 ちらりと見た夫妻の顔、表情が抜け落ちていてとても怖い。


『主様、追い返しますか?』


 ええと、それはとってもお願いしたいのだが、まずは主催者に確認を……


「デュバル侯爵」

「はいいい!」


 カストルとの念話に夢中で、周囲に気を配るのを怠っていた。背後から声を掛けてきたのは……誰?


「このような場所で、このような形でのお声がけ、誠に申し訳ない。ラビゼイ侯爵家が嫡男、ジョズウィッグ・ディドンと申します。こちらは妻のスモーノア」

「ごきげんよう、デュバル侯爵。お噂はかねがね」


 どんな噂かは、聞かない方がいいんだろうなー。


 本来なら、二人の事はラビゼイ侯爵から紹介を受けるんだけれど、今夜はそのラビゼイ侯爵家主催の夜会。


 嫡男は当主代行を務められる立場故、自家主催のイベントの際は、紹介を受けなくても、初対面の目上の存在に挨拶が出来る。


「ごきげんよう、いい夜ですね」

「侯爵、少しご相談が」


 声を潜めたジョズウィッグ卿の様子に、その場で遮音結界を張る。


「もしかして、今入り口で騒いでいる者達の事ですか?」

「ご存知でしたか」


 うちの有能執事が、しっかり把握しておりましたよ。


 ジョズウィッグ卿は、ちらりとラビゼイ侯爵夫妻の方を見る。


「このまま会場に乗り込まれでもしたら、我が家の面目が丸つぶれです。それに、ヒューモソン伯爵家にとってもよくない結果になるでしょう」


 そりゃそうでしょうね。今度こそ、表立ってラビゼイ侯爵家がヒューモソン伯爵家をぶっ潰すよ。


 面目を潰された貴族家が、黙っている訳がない。


「ご相談というのは、私に彼等を追い払えという事でしょうか?」

「……恥を忍んで、お願い致します」


 ジョズウィッグ卿夫妻が、揃って頭を下げる。


「頭を上げてください。私としても、一連の事を引き受けている関係から、今ここで乱入されるのは困るんです」

「では!」

「少し、お待ちください。それと、侯爵夫妻に、この事をお伝え願えますか?」


 正直、あんな怒ってるお二人に近づきたくないです。


 ジョズウィッグ卿夫妻が快く引き受けてくれたので、私は歌劇場の入り口の始末に向かいましょうか。


 本日は夜会なので、当然ユーインも一緒。ヴィル様もリラも一緒です。


「ちょっと入り口の騒動、掃除してきますね」

「レラ、一人で大丈夫か?」

「平気よ。逆にユーインやヴィル様は顔を出さないでください」


 インパクトは、後日に取っておきたい。


 私の言葉に旦那達は首を傾げているけれど、リラは理解してくれた。


「どうやら、私達がいては邪魔になるようです。ラビゼイ侯爵ご夫妻のご機嫌伺いでもしていましょう」


 ありがとう、リラ。旦那達のお守りは任せた!




 歌劇場の入り口にそっと近づくと、人だかりが出来ていてもめている。


「だからあ! うちは伯爵家なの! 貴族なら、入れるんでしょ!?」

「何度も申し上げておりますが、招待状がない方をお通しする訳には参りません」

「それも、さっき言ったじゃない! 招待状はなくしちゃったんだってば!」

「でしたら、お通しする訳には参りません」

「だーかーらー!」


 頭痛くなりそう。こりゃ確かに各方面で嫌われるわ。


 ぎゃんぎゃん騒いでいるのはトンデモ嫁……なんだろうね、あれ。その嫁の方なんだが、彼女の後ろで旦那らしき伯爵家嫡男がぼーっと立っている。


 しっかり夜会の支度をしているところを見ると、嫡男も入れると思って来たんだろうか。


 次男が殊更優秀……というのもあるんだろうけれど、長男が酷すぎるわ。


『物理的排除をしますか?』


 穏便に。催眠光線で二人を眠らせて、後は会場警備に任せましょう。ヒューモソン伯爵家の王都邸に送り届けてくれるんじゃないかな。


『では、そのように』


 カストルとの念話が終了した途端、集団の方から困惑する声が聞こえてきた。


「え? 何かいきなり倒れたんだが?」

「どれ……寝てるだけだな」

「急にか?」

「……詮索はやめておけ。今夜の招待客を考えれば、自ずとわかる」

「あ」

「それよりも、彼等をどうするか」

「乗ってきた馬車があるんだろ? なら、それに乗せて御者に帰るよう伝えればいい」

「男性はいいけれど、そっちの女には触りたくない……」

「大ぶりの布を持ってこい。それに乗せて運べばいい」

「ああ、なるほど」


 何だか気になるフレーズがあったけれど、無事トンデモ嫁とその亭主は送り返される事になったようだ。


 本当、手間の掛かる。君らを潰すのは、王家主催の夜会なんだから、それまでおとなしくしておれ。




 夜会は無事終了し、帰る間際、ラビゼイ侯爵夫妻には耳打ちで感謝された。


 今夜の一件は、噂として社交界を駆け巡る予定だ。王家主催の夜会まで、あと半月。その間、各所でヒソヒソされるんだろう。


 もっとも、あのトンデモ嫁なら気にもしないんじゃないかとは思うけど。


「それにしても、本当にとんでもない嫁なのね」


 王都邸に戻り、居間でお茶を楽しんでいる時、リラがこぼした。


「私も、あそこまでとは思わなかったわ」

「でも、あれなら下手に策を練るより、正攻法で叩き潰せるから、楽なんじゃない?」


 えー? そうかなあ?


 内心首を傾げていたら、話を聞いていたヴィル様が笑う。


「無茶を言うな、エヴリラ。レラにとっては、その正攻法が一番苦手分野だぞ」

「あ」


 いや、「あ」って何だ「あ」って。そこで納得すんな! いや、反論も出来ませんが。


 でも、確かに苦手な正攻法が一番の手だと、私も思う。しかも、察しろ的なものよりも、傍から見たら「やり過ぎ」と思われるくらいにやる。


 普通、そういった場合相手を釣り上げるのに工夫がいるんだけど、あのトンデモ嫁なら簡単なんじゃないかな。


 肩書きと外見。それに財産が付いていれば、簡単に釣れると思う。そういう意味でも、ヴィル様よりもユーインなんだよなあ。


 相手が既婚者かどうかなんて、ああいった人間は気にしない。それどころか、相手から奪ってやったと優越感に浸るタイプだ。


 そういう意味では、侯爵家当主である私から、侯爵家嫡男のユーインを奪うのはさぞかし面白かろう。させないけれど。


 ちらりと見たユーインは、何かを察したようでちょっと嫌そうな顔だ。


 ごめんね。これも王家派閥の為、我が家の為、引いては多分国の為。レオール陛下の為にもなるかもー。




 あの夜会から二日後、アスプザット家で開かれたお茶会に、ラビゼイ侯爵夫人とアルジーザ夫人が招待されたと耳にした。


 おそらく、その場でアルジーザ夫人から私的な謝罪があったんだろう。表向き、問題は起きていないから、これで双方とも手打ちって事にするんだろうな。


 でも、それはあくまであの夜会の一件のみ。他の部分に関しては、決して許された訳じゃない。


 それに、手打ちの内容はわからないけれど、これからツフェアド卿が跡を継ぐ事を考えると、家同士としての手打ちだろうな。


 当主と嫡男夫婦を生け贄にするので、家としての付き合いその他は存続してほしい。そんなところかと。


 その証拠に、私の元には依頼を取り下げる連絡が一切ないもの。これは、このままやっちまえって事ですね。

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