第762話 助力は惜しまないよ?
ラビゼイ侯爵は、約束の日時に遅れる事なくやってきた。ご夫婦で。そういえば、ラビゼイ侯爵夫人がここに来るのは、初めてかな?
「ようこそ、お待ちしておりました」
「ごきげんよう、デュバル侯爵。忙しい時期に悪いわね」
「お気になさらず」
挨拶、夫人の方が先なのか。という事は、今日の訪問は夫人が主導していると見るべきかも。
ラビゼイ侯爵夫妻はどちらも社交上手で人脈が広い。侯爵は男性の、夫人は女性の知り合い、お友達が多く、社交行事では常に周囲に人がいる。
私とは正反対だね。
客間に通し、お茶を出してお話し合い開始。
「アルジーザ夫人から、何やら愉快な依頼を受けたのですって」
ラビゼイ侯爵夫人、のっけからかっ飛ばすなあ。
「そのお話、どなたからお聞きになったんですか?」
「シーラからに決まっているでしょう?」
シーラ様ああああああ!
まあ、目の前の夫人に黙っている事なんて、無理だってのはわかります。私だって無理だもの。
「その依頼にね、ぜひともうちも参加させてほしいのよ。どうせ実行するのは、王家主催の夜会の場でしょう?」
ははは。読まれてるううううう。
鼻息の荒い夫人の隣で微笑むラビゼイ侯爵が、貼り付けた笑みのまま口を開いた。
「侯爵、聞いていると思うけれど、あの嫁は我が家の長男夫婦に対して酷い言葉を投げつけていてね。ユティも僕もとても怒っているんだ」
怖。本当に、トンデモ嫁はなんというとんでもない事を仕出かしてくれたんだ。
「だからこそ、あの連中に目に物を見せたい。理解、してくれるね?」
「……どうせなら、ラビゼイ侯爵家でヒューモソン伯爵家を貶めてはいかがですか?」
「そうしたいのは山々なんだが、我が家の立場がそれを許してくれない。本当に、面倒な話だよ」
どういう事? と首を傾げていたら、侯爵夫人が教えてくれた。
「我が家は人脈の広さが自慢なのだけれど、広げ過ぎた故に、ヒューモソン伯爵家縁の家とも繋がってしまっているの。我が家が主体で動けば、そちらにも飛び火しかねないわ。だから、あなたに託したいのよ」
そうか。ヒューモソン伯爵家は当代で落ち目になったけれど、先代までは普通の伯爵家……というと語弊があるけれど、まあ普通にお付き合いのある家もあった訳だ。
今は激減しているけれど、離れるに離れられない家もある。親族とかの関係でね。
で、その家とラビゼイ侯爵家は家同士の付き合いがある。なら、その親族だか何かが当代ヒューモソン家にもの申してくれよと思うけれど、多分もうやったんだろうなあ。
そして、当主と嫡男がそれを聞き入れなかった。だからこそ、アルジーザ夫人が実家に帰る事態になったんだ。
「何もデュバル侯爵の邪魔をしようという訳じゃない。ただ、特等席でその様子を見たいだけなんだよ」
「私達の代わりに、あなたがあの女をへこませてくれれば、少しは溜飲が下がるというものですよ」
奇妙な依頼に加えて、過度の期待がかかりましたー。
「あの、今回の依頼に関しては、私としても全力で当たりますが、いつものようにはいかないかと……」
「まあ、何故? 相手を潰すのは、あなたの得意とするところでしょう? 一体今までいくつの家を潰してきたと思っているの」
「いや、それは誤解です! 私が潰した訳じゃなくて、相手が自滅しただけですよ!」
「そうだとしても、自滅するように仕向けていたんじゃないかな? 少なくとも、僕らはそう思っているよ?」
ぐぬう。夫婦揃って本当にもう。
「デュバル侯爵、重ねて言うが、君の邪魔をするつもりはないんだよ」
「ええ、そうよ。それに、王家主催の夜会なら、我が家も出席しない訳にはいきませんからね。どのみち、その場で見る事になるわ」
「結果が同じなら、僕達の力を少し、使ってみようとは思わないかい?」
悪魔の誘惑だ、これ。
ラビゼイ侯爵家の力。それはもちろん、人脈である。
つまり、今回の断罪劇……なの? に関する根回しは、全てラビゼイ侯爵側でやってくれるというのだ。
しかも、短期間で。
「近場で我が家主催の夜会があるでしょう? 他にも、出席予定の夜会がいくつかあります」
「その場で、それとなく周囲の者達に伝えておくよ。大丈夫、あの女は社交界では普通に嫌われているから」
「その嫌われ者に、デュバル侯爵が鉄槌を下すと伝えれば、喜ぶ者は多いと思うわ」
「ああ、安心してくれていいよ。彼等の口から、ヒューモソン家に情報が漏れる事はない。もう、そういう事を教えてくれる家は皆無なんだよ」
なるほど……ヒューモソン伯爵家は末期という事か。このまま放置しても自滅していくだろうけれど、それだと目の前の方々や依頼主のアルジーザ夫人は面白くない。
次男坊であるツフェアド卿に爵位継承させる為にも、ここで当主と嫡男夫妻をしっかり叩いておく必要があるのか。
うちとしては、当然契約内容の為。まだヤールシオールには話していないけれど、そのうち嗅ぎつけそうなんだよなあ。
とはいえ、もうツフェアド卿が跡を継ぐのは既定路線。あとは私がきっちり当主と嫡男夫妻に引導を渡せばいいだけ。
責任重大じゃね?
結果、ラビゼイ侯爵家からの申し入れを受けた。だって楽になるしー。こっちにデメリットがないんだもん。
王都邸の執務室で、そんな言い訳をリラにしたら、溜息を吐かれた。
「あのラビゼイ侯爵夫妻相手に、まあよく頑張りましたと言っておきましょう。それこそ、あの家の力を借りるのって、今回に限っては既定路線と言っても過言じゃないわ」
おお、リラも納得している。
ちなみに、ラビゼイ侯爵夫妻との場にリラが同席しなかったのは、あくまで彼女はこの王都邸における「居候」扱いだから。
実際は私の側で支えてくれる重要な人なんだけど、貴族的にはね。
リラやヴィル様が我が家に居候状態なのは、実利を重んじた結果。一応王家のお許しもあるので、周囲も何も言わない形だ。
ゾーセノット家が、新興の伯爵家だという事も、関係している。中身はアスプザット家の分家……というか、もう一つのアスプザット家のようなものだけど。
とはいえ、これで準備は調った訳だ。あとは本番までのんびり過ごそう。
と思っていたのにー。
「この時期の王都にいて、のんびり過ごせる訳ないでしょ?」
リラが冷たいー。
本日、ラビゼイ侯爵家主催の夜会に来ております。遠目に見る主催夫婦は、あちこちで談笑してるよ。
あれが、一伯爵家を叩き潰す為の根回しだとは。
「ほら、あんたもしっかり挨拶回りしてらっしゃい」
ラビゼイ侯爵夫妻を遠目に見ていたら、リラに脇腹を小突かれた。身分が高いと、周囲から声を掛けられないので、こちらから声を掛けにいかなくてはいけないのだ。
あ、付き合いのある家は別。あくまで声掛け出来ないのは、付き合いのない家、かつ相手より身分が下の場合。
なので、こういう場でも声を掛けてくる家はある。
「ごきげんよう、デュバル侯爵。よい夜ですね」
「ごきげんよう、ゴーセル男爵夫人。さすがはラビゼイ侯爵家主催の夜会ですね」
コーニーのお友達で、いつぞや子リスちゃんの父親を叩き潰した時に、場を提供してくれたゴーセル男爵家の夫人だ。
「何やら、また面白そうな事が起こるそうですね」
扇の陰、こそっと耳打ちしてきた男爵夫人の言葉に、苦笑が漏れる。どうやら、今回の事は退屈している貴族達にとって、余興扱いらしい。
それだけ、トンデモ嫁が嫌われているという事なのかも。
当然ながら、今夜の夜会にヒューモソン伯爵家の姿はない。主催が主催だから、招待される訳ないわなあ。
そう思っていたのに。
「何だか、表が騒がしいわね」
それに気付いたのは、リラだ。彼女が言うように、エントランスの方が騒がしい。
今回の夜会は、王立歌劇場を使っている。その歌劇場の入り口で、何やら騒動が起こったらしい。何だろう?
『件の夫妻が、突撃をしています』
はい!?
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