第761話 やらない手はないと思うんだけどー

 調べれば調べる程、トンデモ嫁はトンデモ嫁だった。


「貴族のマナーがなっていないのはまあ、わかるとして。ヒューモソン伯爵家より上位の家の方達に暴言を吐く、子爵家の令嬢を貶す、男爵夫人を貶す。子爵家令息にすり寄る」


 王都邸の執務室でリラが読み上げた内容を聞き、頭を抱えたくなった。何だこれ?


「苦言を呈した相手に対し、責められたと泣きわめいたり、周囲の人にさも自分が被害者のように振る舞う……頭が痛くなってくるわね」


 これは、社交界で嫌われるのもわかる気がする。


 また救いようがないのが、このトンデモ嫁の色香に惑わされる男性が少なくないときた。


 さすがは酒場で鍛えた腕ってところ?




 依頼は社交界での、ヒューモソン家の体面を潰す事にある。


「まずは参加する社交行事を選びましょうか」


 何故かリラがワクワクしている。いや、本当に何で?


 無言で首を傾げていたら、リラがこちらをちらりと見る。


「社交嫌いのあんたを、簡単に社交の場に出す事が出来るんだもの。依頼とこちらの利益を鑑みて、なるべくいいイベントを選ばないとね」


 何だろう? ゲームの駒になった気分なんだが。


「メインはラビゼイ侯爵家主催の夜会かしら。あそこも、次代の売り込みに掛かってるから、今期は大分主催するイベントが多いわね」

「そうなの?」

「そうなのよ」


 ラビゼイ侯爵家も、着々と次代への世代交代を考えているらしい。


「とはいえ、ラビゼイ侯爵家主催の夜会だと、ヒューモソン家は招待されないから、依頼達成は出来ないんだけど」

「そうなの?」


 そういえば、以前の除名に関する話し合いの場では、ラビゼイ侯爵家が中心だったっけ。


「もしかして、ラビゼイ侯爵夫人はトンデモ嫁に対する個人的な恨みでもある?」

「そうよ」

「そうなの!?」

「何で言い出したあんたが驚くのよ?」


 いや、当てずっぽうで言ったから。


「トンデモ嫁が、ラビゼイ侯爵夫人に何か仕出かしたとか?」

「侯爵夫人でなく、嫡男とその夫人に……ね」


 おおう。自虐趣味でもあるのか? トンデモ嫁。


 ラビゼイ侯爵は、音に知れた愛妻家。大分行きすぎてる気もするけれど、まあそれは置いておく。


 当然妻が産んだ子供達への溺愛ぶりも有名だそうで、最愛は妻に生き写しと言われる長女なんだそうだが、嫡男も当然溺愛対象なんだとか。


 そして、そのラビゼイ侯爵の嫡男は、恋愛結婚で六年前に結婚している。


「ただ、まだお子に恵まれないらしいんだけど、舞踏会会場で、それを当てこすったらしいの」

「トンデモ嫁は、命が惜しくないのか?」

「物騒な事言わない」


 いやだって。落ち目の伯爵家、その当主でなく嫡男の嫁なんて、いくらでもどうとでもするでしょ、権力者なら。


 確かにラビゼイ侯爵家はゾクバル侯爵家とは違って武門の家ではないけれど、その分人脈が広い。


 いくらでも金で片が付けられる人材を知っていても、不思議はないんだけどなあ。


 ともかく、大事な嫡男夫婦にいちゃもん付けられたラビゼイ侯爵夫妻としては、大変お怒りな訳だ。


「王家派閥にいて、序列上位の家を怒らせるとか。ヒューモソン現当主って何考えてんの?」

「結婚前のゴタゴタを結婚後も夫人に隠し、結局隠し通せなかった程度の男よ? 何も考えていないが正解だと思うわ」


 リラが厳しい。彼女は貧乏男爵家に生まれたせいか、家の力にあぐらをかくタイプの人間を大変嫌う。


 生まれた家にふさわしい努力をしろ、というのが基本方針なのだ。もっとも、リラ本人は生まれた家にふさわしい以上の努力を強いられていたんだけど。


「依頼達成の為の大舞台は、やはり王家主催の夜会かしら」

「王家主催のイベントで、侯爵家が伯爵家を虐めるのかあ……」

「人聞きの悪い事を言うんじゃないわよ。王家公認で相手を潰せるくらいに思っておきなさい」

「潰しちゃ駄目でしょ。ちゃんと次男坊に渡さなきゃ」


 そうでないと、淡水真珠を取り扱えなくなっちゃう。


「いっそ潰す勢いでやればいいのよ。瀕死の伯爵家にうちが手を差し伸べれば、色々と便利だわ」


 リラが黒い笑みを浮かべてるー。




 コアド公爵がいきなり参加した為、イエル卿に次男坊さんに繋いでもらうのを頼めなかったんだけど、コーニーがばっちり話を通してくれた。


「ああん、もう、コーニー大好き!」


 執務室で、コーニーからの伝言を聞いた私の言葉に、リラが冷たい目を向けてくる。


「その十分の一でも、ユーイン様に向けてあげればいいのに」

「え、いや、それはほら」


 み、見えていないところでは、ちゃんとしてますよ?


 それはともかく。ヒューモソン家の次男坊さんを連れて、明日我が家に来るそうな。


 そして、もう一つ先触れが。


「今、届きました」


 ルチルスが銀盆に載せて持ってきた封筒は、見覚えのある柄。これ……


「ラビゼイ侯爵家の封筒ね」

「やっぱりいいいいい」


 貴族の家って、自前の封筒と便せんを持っていたりする。差出人や封蝋を見なくても、その柄だけでどこの家かわかるんだよ。


 で、今手元にあるのは金と緑の蔦が縁を飾るデザインの封筒。これがラビゼイ侯爵家のものなのだ。


「あそこが先触れを出してまで、うちに何の用だよ、もう」

「このタイミングなんだから、ヒューモソン家関連に決まってるでしょ。もしかしたら、叩き潰すのに一枚噛ませろとかかも」


 それは心強いけれど、面倒でもあるわー。


 とりあえず、次男坊さんとの話し合いが先かな。




 イエル卿に伴われてやってきた次男坊さんは、そういえばどこかで見たような顔だ。


 内心首を捻りつつ「初めまして」の挨拶をしたら、次男坊さんに苦笑された。


「実は閣下にお会いするのは、初めてではないのですよ」

「え」

「学院時代、総合魔法で学院祭にやる出し物の話し合いの場で、お目に掛かっています」


 しまったー。学院生時代に会ってたのかー。総合魔法なら、確かにそうかも。


 事前に次男坊さんから話を聞いていたのか、イエル卿が彼の後ろで笑っている。いや、そういう情報は前もって教えておいてほしいのだが?


 とりあえず、お話し合い開始。


「私の実家が大変なご迷惑をお掛けし、大変申し訳ございません!」

「ああ、いや、迷惑を被ったの、うちじゃないので」

「存じております。特にラビゼイ侯爵家には、謝罪してもしきれない程の事をしたと」

「まあ、その辺りは当主と嫡男夫妻に負ってもらうから。ツフェアド卿には、その後の事に関して覚悟を決めてもらいたいと思います」

「……私が実家を継ぐという話でしょうか?」

「話が早くて助かります」


 にっこり微笑んだのに、ツフェアド卿の表情は苦い。んー?


「もしかして、ヒューモソン家を継ぐのは嫌?」

「嫌といいますか……そうですね。本音を言えば、何を今更と思ってます」


 家族だから、嫡男のポンコツぶりは幼い頃から見てきたんだろう。でも、「長男」というだけで、そのポンコツが家を継ぐ。


 そんな中にいたら、実家といえど見捨てたくもなるか。


 でも! 今回に限っては見逃してあげない! 卑怯でも、使える手は全て使うぞ!


「ツフェアド卿、母君との関係は良好かしら」

「え? ええ。実家を出て騎士団の寮に入りましたが、母からは定期的に手紙と差し入れをもらっています」

「その母君が、ご実家に帰られている事は、お聞き及びかしら?」

「……存じております」

「母君からの依頼で、私が動く事になったのも?」

「……」


 知ってるね? なら、簡単だ。


「大事な母君を、住み慣れたご実家に戻してさしあげたいとは、思わない?」

「……ですが、母は今自分の実家におりますし」

「代替わりした家って、実家と呼べるかしら? それに、いくつになっても出戻った女に周囲の目は厳しいとも言いますしねえ」


 ちらりと見たツフェアド卿は、迷っている! よしよし、そのまま迷ってこちら側に落ちてくればいい。


 最後の一押しは、どうしようね。


「父君が、兄君と似たような事を結婚前にしていた事は、ご存知?」

「え?」


 お、これは知らなかったな? 本来なら家の恥として外に出す話じゃないんだけど、アルジーザ夫人が私に語った内容だから、いいや。


 話す相手はヒューモソン家の人間だしな。


「ヒューモソン伯爵が若かりし頃、今の嫡男のように酒場の女性に入れあげて、子までなしたそうよ。それを隠したまま、アルジーザ夫人と結婚し、後に発覚して大騒動になったとか」

「父が……そんな……」

「アルジーザ夫人は、言ってみれば夫と息子、二代に渡って裏切られたようなものよね。おいたわしい」


 夫は当然として、息子も期待を裏切られたという意味では、そう言っていいと思うんだ。


 普通、結婚相手に酒場の女を連れてきたり、しないよね。しかも、それを父親である当主が認めるとか。


 ツフェアド卿が迷いに迷っております。こちらは使えるカードを全部使ったから、これ以上はなあ。


 と思ったら、意外なところから一押しが出た。


「ツフェアド卿。ヒューモソン家の評判は近いうちに地に堕ちますが、その後デュバルが支える予定があります。ご実家を潰すより、デュバルの力を使って再生する事を選びませんか?」


 同席していたのに、今の今まで黙っていたリラである。でも、この一言は大きかったようだ。


 しばらく俯いて考えていたツフェアド卿が、顔を上げた。その表情には、迷いが見られない。


「わかりました。家は私が継ぎます。今後とも、侯爵閣下にはよろしくお願い致します」


 これで、事後は決まった。次は……ラビゼイ侯爵かー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る