第760話 兄弟揃って
アスプザット邸から王都邸へ。戻ったら、ルチルスと一緒にリラもお出迎えに来た。
「どうだった?」
「ええと、変な事を依頼されました」
「詳しく!」
リラにしては、珍しくがっつくなあ。
「お二人とも、エントランスで話す事はないと思いますよ?」
ルチルスの笑顔で、居間に移動する事に。
「社交の場で、相手の家の当主と嫡男夫婦を罵倒しろと?」
「いや、罵倒じゃなくて、辱めるだね。何をすれば辱めになるのかは、よくわからないけれど」
情報共有の場には、ルチルスも同席してもらう。今後、向こうから何か仕掛けられたら困るからね。
「一般的な家でしたら、侯爵家にそれとなく社交での付き合いを断られたら、十分恥だと思いますけれど」
「今回、主な相手は酒場の女だから、その手は使えないかも」
ルチルスの言葉にリラが首を横に振る。
「ですよねえ」
困ったもんだと、ルチルスが頬に手を当て首を傾げた。
でも、方向性はそれでいいんじゃないかな。どのみち、向こうから食いつくようにと、私が選ばれたんだろうし。
「……ユーインのご機嫌、取っておこうかな」
「そうね。念入りにね。きっと一番の被害者になるでしょうから」
リラも、そう思うんだねー。あ、ルチルスもコクコク頷いている。
伯爵家の嫡男をどういう思いで落としたかはわからないけれど、上昇志向がある相手なら、多分食いついてくるでしょう。
あ、面食いでも食いつくか。
王宮から帰ったユーインとヴィル様を交えて、夕食の時間。ヒューモソン伯爵家のアルジーザ夫人に依頼された事を話す。
「今回の依頼で、報酬としてアルジーザ夫人の実家に鉄道を通し、駅をいくつか作る事の許可をもらいました。夫人の実家、山間で美味しいリンゴを栽培してるのよ」
大部分はリンゴ酒にするそう。小さく酸味がそれなりにある品種だそうで、きっとコンポートにしたら美味しいと思うんだ。
それ以外にも、長い期間リンゴを収穫出来る土地らしいので、余所だと季節外れの時期にリンゴのお菓子を提供出来るんじゃないかと。
その辺りも含めて説明したら、何故か全員に溜息を吐かれた。
「レラは相変わらずだな」
「話の内容はわかったが、私の負担が大きそうだ……」
「否定出来ないのがきついですね、ユーイン様」
いや、そうなんだけどさ。でも、今回の話はシーラ様経由で持ち込まれたものなんだからね? そこは忘れないで欲しいわ。
「それと、これは次男がヒューモソン伯爵家を継いだ暁には、という条件付きなんだけど、現在アルジーザ夫人の実家に権利がある淡水真珠の販売、ロエナ商会も出来るようになるんですって」
多分、報酬としてはこちらの方が大きい。後でヤールシオールに伝えておこうっと。喜ぶと思うんだ。
アルジーザ夫人の実家が何故そこまで今回の件で力を入れるかと言えば、ヒューモソン家の果樹栽培に出資しているからだって。
ヒューモソン伯爵領では、元々良質の果物を多く栽培していたそうなんだけど、大雨の影響で果樹が傷み、大損害を出したらしい。
で、その大損害を出した辺りで現当主とアルジーザ夫人の政略結婚が組まれた訳だ。夫人の実家からの援助を見込んでね。
アルジーザ夫人の実家も果樹栽培をしているので、色々とノウハウがある。資金も欲しいけれど、本当に欲しかったのはこちらのよう。
おかげで果樹園が盛り返したのはいいけれど、現当主に結婚前のあれこれがあったのがバレ、それ以来夫人とその実家に頭が上がらなくなったらしい。
その結果、斜め上の暴走をして、嫡男に自分の理想を見たのかも。
夫人の実家としては、金出した分、それなりの見返りが欲しい。でも、現当主と次期当主があれでは、回収の見込みがない。
なので、優秀な次男に跡を継がせて、資金の回収をしたい、あわよくばその次男にもう一度一門から嫁を出し、がっつり食い込みたい、という事らしい。
こちらは大変わかりやすいので助かる。
「私がやるべき事は二つ。一、ヒューモソン伯爵とその嫡男、更にそのトンデモ嫁を社交の場で徹底的に貶める。心をバキバキにへし折って、再起不能に至らしめる」
「依頼内容には、そこまで含まれていないんじゃないの?」
リラ、余計な事は言わなくていいんですよ。面倒ごとを押しつけられたんだから、徹底的にやらないと。
「二、ヒューモソン伯爵家は次男ツフェアド卿に継がせる」
「それはお前がやるべき事か?」
すかさずヴィル様から突っ込まれた。今回に限っては、YESです。
「だって、そうしないと皆が幸せになれないじゃないですか」
ヒューモソン伯爵家は優秀な当主を得て幸せ、ツフェアド卿がどう思っているかは知らないけれど、一般的に考えたら家を継げない次男が家を継いで幸せ。
アルジーザ夫人もお気に入りの次男が家を継げば、婚家に帰れて幸せ。実家の方が居心地いいかもしれないけれど。
最後に私も淡水真珠の取引に関われて幸せ。ついでにヤールシオールも扱い甲斐のある商品を扱えて幸せ。
不幸になるのは、現当主と嫡男夫妻だけだ。
「その為にも、ツフェアド卿に会っておきたいんですが……」
「確か、白嶺騎士団にいるんだったな。イエルの伝手が使えるのではないか?」
「ユーインもそう思う?」
それなら、イエル卿……じゃなくて、コーニーに連絡だ!
将を射んと欲すればまず馬を射よ。イエル卿にお願いするのなら、コーニーを通すのが一番だ。
という訳で、社交時期で忙しい中を縫って、コーニーをデュバル王都邸にご招待ー。
「この時期にレラが招くなんて、珍しいわね」
「えへへー」
「もしかして、ヒューモソン伯爵家絡み?」
「……よくご存知で」
さすがコーニー。耳が早いのは、シーラ様譲りかな。
「あそこの次男、白嶺にいるんですってね。イエルに紹介してほしいの?」
もう、何も言う事はございません。
「紹介ねえ。それなら、今夜ここの夕食に招待して、その場で直接イエルに頼めばいいんじゃない?」
「それも考えたんだけどさあ。やっぱりコーニーすっ飛ばして、イエル卿に話を持っていくのは違う気がして」
「もう! レラは相変わらずね! でも、そんなところも大好きよ」
「私もコーニー大好きー」
二人でキャッキャウフフしていたら、リラから呆れた目で見られた。いいじゃん、仲良きことは美しきかななんだぞ。
イエル卿は本日、普通に王宮でお仕事だそう。なので、簡単な手紙を言付けた。
返ってきた返事を見てびっくり。
「コアド公爵がやってくる……」
「ええ!?」
この内容には、さすがのリラやコーニーも驚いた。いや、そりゃ驚くよね?
コアド公爵って、公爵家当主である前に、王族だもん。
さすがにここに王族を招いた事は……アンドン陛下と王女殿下がいたなあああああああ。
そのせいか、ルチルスが一番冷静だった。
「では、ヌオーヴォ館に連絡して総料理長に来てもらいましょう。食材も、各地から取り寄せます。そちらは総料理長と私で手配しますので」
「ルチルスさん、私も手伝います」
「ありがとうございます。カストルさん。お三方は、お支度を進めてください。コーネシア様は、ご自宅に連絡してイヴニングをご用意した方がよろしいかと」
「そうね。すっかり忘れていたわ。レラ、通信機を借りていい?」
「いいよー」
私とリラのイヴニングは、王都邸にも用意してあるので問題ない。支度はオケアニス達が手伝ってくれる。
それにしても、まさかコアド公爵まで来るとはねえ。
その日の食卓は、何とも気詰まりな場となった。
「そんなに緊張する事ないのに。特に侯爵、君、いつもは陛下に対しても雑な扱いじゃないか」
「えー、それはー」
執務室で王族を雑に扱うのと、自宅に王族が来ちゃったするのとでは大分違うんですがねえ。
てか、兄弟揃って来ちゃったした形? いや、一応コアド公爵は「行くから」って先触れをくれただけ、ましなのか?
内心首を傾げていたら、コアド公爵が苦笑した。
「今日来たのは、ヒューモソン伯爵家の事でなんだよ」
「え」
どうしてそれを? ヴィル様を見るも、首を横に振っている。情報源はここじゃないのか。
「話はアスプザット侯爵から聞いたんだ」
「サンド様でしたか」
そりゃ、サンド様の職場も王宮だし? 王家派閥の筆頭だから、いつ陛下の執務室に行っても不思議はないし? その場にコアド公爵がいても、これまた不思議はないんだけど。
もう一回ちらりとヴィル様を見るも、渋い顔をしている。これは、ヴィル様も知らないところで、サンド様から陛下とコアド公爵に話があったんだな。
「側近の目まで欺くなんて。陛下もお人が悪い」
「まあそう言わずに。だからこそ、今日こうして私が来たのだから」
本当かな。
「最初に言っておくよ。ヒューモソン伯爵家に関しては、デュバル侯爵に一任する。これが王家の判断だ」
「……いいんですか? それ」
「逆に、王家派閥だからといって、犯罪を犯した訳でもない家を王家が処罰する事は出来ないよ。家同士の些細な喧嘩を見逃すのが、せいぜいじゃないかな?」
喧嘩? 喧嘩ねえ……
確かに、今回やろうとしているのは、社交の場での「喧嘩」だ。それなら、該当する家同士の問題になる。
まあ、やり過ぎるとこちらの評判を落とす形になりかねないけれど。
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