第759話 奇妙な依頼

 ヒューモソン伯爵夫人アルジーザ様は、シーラ様達より少し年上に見える。でも、嫡男が最近結婚したばかりなんだよね。それだと、シーラ様達と似たような年齢?


 内心首を傾げていたら、アルジーザ夫人がくすりと笑った。


「噂の伯爵家嫡男の母親が、お婆ちゃんで驚かれたかしら?」

「え!? いえ、その……」

「気にしていないから、安心してくださる? 確かに私はアスプザット侯爵夫人達より、上の世代ですもの」


 コロコロと笑う姿は、これぞ貴婦人といった様子だ。品がある。


「無理にお呼び立てしてしまい、申し訳なく思っております、デュバル侯爵閣下。ですが、アスプザット侯爵夫人に相談したところ、あなたに任せるのが一番だと教えられました」


 シーラ様!? 驚いて視線を向けると、大変いい笑顔が返ってきました。なるほど。だから今日は私一人なんですね。


 リラが同席しても、多分彼女は何も言わない。でも、これから耳にするのは、おそらく余所の家の醜聞。


 直接聞く人間の数を絞らないと、情報漏洩が怖いですからね。仕方ないか。


 溜息を一つ。覚悟を決めた。


「わかりました。伺いましょう」


 身分としてはこちらが上だけれど、相手はシーラ様よりも年齢が上の貴婦人。敬意は払っておくべきでしょう。




 アルジーザ夫人によると、嫡男ネヴリー卿は、結婚が遅かったそう。


「我が家は長男の後に娘が続いて、末っ子に次男が生まれました。そのせいなのかなんなのか、ネヴリーは万事おっとりした子で」


 溜息を吐いているところを見ると、「おっとり」とはいい言い方をした場合だな。


 そのネヴリー卿、妹が四人に弟が一人。しかもこの弟、私と学院時代が被ってる。王家派閥だから、どこかで関わっていたかも。


 そんなネヴリー卿、学院を卒業するまで女性の影は一切なかったそう。心配したアルジーザ夫人が見合いを組もうとするも、父親であるヒューモソン伯爵がことごとく邪魔したそうな。


「二言目には『心配いらない、その時が来たら私が嫁を探す』と言っておきながら! まったく探そうともしないで!」


 わー。段々夫のヒューモソン伯爵への愚痴になってるー。大分溜まってるようだから、ここでガス抜きするといいよ。


 アルジーザ夫人によるヒューモソン伯爵の評価は、事なかれ主義。そのおかげで、家そのものが不利益を被る事も多かったそうな。


 その補填をしたのは、アルジーザ夫人の実家。こちらは中立派の伯爵家で、夫人の父親と先代ヒューモソン伯爵が親友同士だったんだとか。


 その縁で、夫人と現当主の結婚が決まったそう。ただ、向こうの都合とやらいう理由で、結婚時期は遅れに遅れたらしい。


「その実、夫には結婚前に懇意にしていた女性がいたんですよ。それも、酒場の女です」


 ん? それって。


「しかも、その女に子まで生ませていたんですよ! 私と父がそれを知ったのは、結婚した後です」


 事なかれ主義の現ヒューモソン伯爵、何と婚約者とその父親だけでなく、自分の両親にまでその事を黙っていたんだとか。


 ある意味、バレずに子まで作るのは、それなりの才能な気がする。いや、駄目な才能だけれど。


「一時期は、離縁という話も持ち上がりました。ですが、ちょうどその頃ネヴリーを身ごもった事がわかりまして」


 タイミングが最悪だな。


 とりあえず、その時点でヒューモソン伯爵家側がアルジーザ夫人とその実家に頭を下げ、領地でも一番価値のある湖を譲渡したそう。


 その湖で取れる淡水真珠が、高値で取引されてるんだとか。ペイロンで取れる魔物産真珠とは、また色合いが違うんだって。


 青銀色の真珠だそうで、今アルジーザ夫人が身につけているペンダントがそれらしい。見せてもらったら、確かにいい色の真珠だわ。


 一応、現当主……その頃はまだ嫡男も反省し、女とは手を切ったので、婚姻関係は続行が決まった。


 で、更に子供が五人生まれた訳ですが。今回、嫡男が父親と似たような女に引っかかったと。


「忘れようとしていた忌まわしい記憶が、甦りましてね……年甲斐もなく、婚家を出て実家に帰った次第です」


 それは、仕方ない事だと思います。




 ネヴリー卿の妻、プリーテサが掌握したヒューモソン伯爵家だけれど、実際は夫とその父親を籠絡しただけらしい。


「娘達は皆嫁いでいますし、次男は早々に独り立ちしましたからね。親の私が言うのもなんですが、長男よりも出来のいい子なんです」


 あらー。母だからこその言葉なのか、それとも余程今回の結婚が腹に据えかねているのか。


 ちなみに、次男ツフェアド卿は魔法に長けているので、白嶺騎士団に所属しているという。お、イエル卿の古巣じゃない。


 独立したとはいえ、次男も結婚はまだだという。


「いっそ、ツフェアドを呼び戻して家督を継がせた方がましなのではと思っているのですよ……」


 あー、確かに。ただ、家の跡継ぎって、一応家長が決める事なんだよねえ……


 オーゼリアでは、私のように女性が家長の家もあるけれど、大抵は男性だ。そして、件のヒューモソン伯爵家も現当主……つまり、目の前にいるアルジーザ夫人の夫だ。


 でもその夫、トンデモ嫁に籠絡されてるっぽいんだよねえ。


 シーラ様がそこを確認した。


「旦那様が、反対なさってるの?」

「ええ。あの愚か者は、自分が果たせなかった願いを息子で果たそうとしているのですよ! あの酒場女の養子先も自分で用意したくらいですからね!!」


 おう、これはまた。ヒューモソン伯爵は、離婚する気満々なのか? シーラ様の眉間にも、皺が寄っている。


 それには気付かず、アルジーザ夫人は喋る喋る。


 トンデモ嫁の養子先は、リラが調べた通りヒューモソン家との付き合いは平均的なもの。でも、アルジーザ夫人はこれから悪くなると予想している。


 その原因が。


「夫は、あの女を養子にさせる時、相手に嘘を吐いたんです」

「嘘?」

「あの女を、昔自分が酒場の女に生ませた娘だと偽ったのです」

「え」

「まあ」

「あの時生まれたのは、男の子だったのに」


 おうふ。それはまた、酷い追加情報だ。


 婚外子でも、男の子となると扱いが変わる家もある。どこも跡継ぎ問題はついて回るから。


 とはいえ、婚外子が跡目を継ぐのは、余程の事がない限りあり得ない。うちも、実父がやらかそうとしていたけれど、失敗したねえ。


「当然、そんな嘘はすぐにバレました。何せ、我が家の嫡男の嫁におさまりましたからねえ。おかげで相手方に不義理を働いたとして、しばらく社交の場では肩身の狭い思いをしましたよ」


 夫のやらかしで、妻が大変な思いをするのは違うよなあ。しかも、やらかしの内容が内容だ。


「長々と話してしまいましたが、侯爵閣下にお願いしたいのは、社交の場で、長男を嫁もろとも辱めてほしいのです」


 えー。そんな、もっとも苦手な場所で、面倒な事を。


 シーラ様をちらりと見たら、にこりと微笑まれた。いえ、違くてですね。


「ヒューモソン伯爵家は、このままでは潰れてしまいます。いっそそれでもいいかとも思いましたが、領民を思うと簡単には思い切れず……長男夫婦と、それに荷担した夫を潰せばいいと思ったんです。どうか、お願いします!」


 あーん、これ、逃げられないー。




 シーラ様と一緒にアルジーザ夫人を見送って、二人だけのお話し合いスタート。


「シーラ様、酷くないですか? 私が社交を苦手としているの、知っているのに」

「だからこそよ。あなたには、荒療治も必要かと思って」


 シーラ様がスパルタ。いや、今に始まった事じゃないけれど。


「それにしても、公の場で息子夫婦を辱めてほしいって。随分な依頼なんですが」

「貴族の家ですからね。表立って問題を起こしたら、立ちゆかなくなるわ。アルジーザ夫人も、それを狙っているんでしょう」


 ただ潰すのではなく、生き腐れていくように。何だか、婚家に対する深い恨みを感じるぞ?


「ヒューモソン伯爵家が恥をかいたら、次男に跡を継がせる道もなくなるのではありませんか?」

「逆ね。当主と嫡男が同時に表立ってやらかしたら、次男が跡を継ぐ事の正当性を主張しやすくなるのよ」


 もしかして、アルジーザ夫人が狙っているのは、それ? 自身で「長男より次男の方が出来がいい」って言ってたくらいだし。


 まあ、報酬も確約してもらったし、今回はちょっくら頑張るかー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る