第758話 渦中の人物

 夜会の場合、主催者は会場の建物内にいればいいのであって、ずっと会場にいる必要はないそうな。


 だって、夜会って長いと平気で五時間六時間やってるんだよ? そりゃ主催者だって、休憩入れたくもなるさ。


 今回の夜会の主催者は、王家派閥序列五位のブーボソン伯爵家。


 そのブーボソン伯爵夫妻も、こちらの別室へやってきた。


「さて、揃ったようだね」


 凄みのある笑顔で言ったのは、ラビゼイ侯爵。本日この集まりを計画したのは、彼だった。




「皆様ご存知のように、我が派閥に所属するとある伯爵家の嫡男夫妻が、各種社交の場で物議を醸している事について、派閥としてどうするかを決めたいと思いましてね。本日、ブーボソン伯爵にお願いして、このような場を用意してもらいました」


 なるほど。主催はブーボソン伯爵家だけれど、裏にいたのはラビゼイ侯爵家だったと。


 なら、最初からラビゼイ侯爵家が主催で夜会を開催すればよかったのでは?


「余計な事は言わないでよ?」


 隣のリラから忠告が。何故わかる!? まさか、リラにもカストルのような、人の考えを読み取る機能が追加されたんじゃ……


「ラビゼイ侯爵夫人、新たな話が届きましたよ」

「あら、聞かせてくださる? ブーボソン伯爵」


 しまった。びっくりしている間にも、話が続いている。


「ヒューモソン……いえ、某伯爵家当主の夫人ですが、先日ご実家に戻られたとか」

「まあ」


 当主の夫人って事は、例のトンデモ夫人の姑か。その人が実家に帰ったって……


 トンデモ夫人がヒューモソン伯爵家を牛耳ったそうだから、当主も手玉に取ったのかなあ。自分の旦那の父親を? 何かすげー。


「このまま当主夫妻が離縁という事になったら、いよいよヒューモソン伯爵家は先行きが暗いわね」


 既にシーラ様も、家名をぼかす気はないらしい。ばっちり口にしてます。


「あの家は、当主夫人の実家からの援助が大きいものね」


 鼻で笑うラビゼイ侯爵夫人。余程噂のトンデモ夫人が気に入らないらしい。


「ヒューモソン伯爵夫人とは、社交の場でもよく会いますが、嫡男が結婚してからこちら、笑顔が見えませんでしたね……」


 ブーボソン伯爵夫人にとっては、ヒューモソン伯爵夫人の様子が気になるようだ。ブーボソン伯爵夫人と仲がいいのなら、ヒューモソン伯爵夫人も生真面目な方なのかも。


 そんな方なら、嫡男の嫁が酒場上がりの庶民なんて、許せないだろうし笑顔もなくなるわ。


 ある程度話が出たところで、ラビゼイ侯爵夫人がきっぱり言い切る。


「派閥の序列上位の家が揃っているこの場で、ヒューモソン伯爵家を派閥から除名する事を提案します」


 やっぱりー。その為に今夜、ここにこのメンツが集められたんだな。


 ヒューモソン伯爵家のトンデモ嫁のせいで、とばっちりだわ。




 その場の簡易話し合いで、ヒューモソン伯爵家の除名が仮決定した。仮というのは、一応派閥人事? なので、もう少し人数の多い派閥内会議のようなもので決めるらしい。


「まあ、仮とは言ってもそのまま通るでしょうね」

「まあねえ」


 夜会の翌々日。王都邸執務室での雑談で、夜会の日に決まった話を共有していく。


 執務室にはいつものメンツとズーイン、それとルチルスとルミラ夫人に参加してもらった。


 派閥内の話となると、家として関わる事になるので、王都邸と本領領主館を任せている二人にも共有してもらう。


「凄い話ですねえ」


 ルチルスは、伯爵家嫡男の妻が酒場の女上がりで元庶民というところが引っかかるらしい。


 彼女の実家は男爵家だし、過去話ではあるけれどとんでもない結婚話が持ち上がった事がある。


 それだけでなく、貴族の世界に生きている以上、身分差……それも貴賤結婚がどういうものは、いやという程知っているからな。


 本当、貴族の世界なんてこんなに面倒なのに。


 軽い溜息を吐いたら、ルミラ夫人から質問があった。


「その、嫡男夫人の後ろ盾になった家は、どこなんでしょう?」


 通常、貴賤結婚の場合、身分が足りない方を嵩増し……というか身分の下駄を履かせる為にどこぞの家に養子として入れる事がある。というか、そのくらいしか抜け道がない。


 学院の後輩、子リスちゃんの父親で、彼女の家に婿入りした親父の後妻も、これを使って子爵夫人になった。


 その後妻を養子にしたのは、人身売買組織を作っていたノルイン男爵だったんだけどー。


 それはともかく、伯爵家嫡男に嫁げるよう、庶民を養女にするなんてね。


 大抵、こういう話の裏には金が動いているものだが。


 ちらりとリラを見ると、眉間に皺を寄せている。


「そんなに問題のある家?」

「逆よ。何の問題もない家だったの」


 あ、やっぱり調べさせたんだ?


「ヒューモソン伯爵家とは、それなりの付き合いのようね。養子縁組に関して、何かの便宜を図った形跡もない。もっとも、ヒューモソン家は典型的な領地持ち貴族だから、便宜を図るようなコネは何もないけれど」


 となると、相手の家にメリットが何もない。裏で金銭が動いたとか?


「ともかく、ヒューモソン家とその周囲は、これからの付き合いはなしの方向でいきます。二人も、覚えておいて」

「わかりました」


 二人共、いいお返事です。


「特にルチルス」

「わ、私ですか?」

「ヒューモソン家が何か言ってくるとしたら、我が家の場合王都邸になると思うんだ。もしあの家の者が来たら、オケアニスに対応させるように」

「わかりました。気を付けておきます」

「出掛ける際も、オケアニスを最低二人は連れて行く事。面倒だけれど、よろしくね」

「はい」


 相手がどんな手を仕掛けてくるかわからない以上、最大級の警戒をしておくべきだと思う。


 後で「そこまでする必要、なかったね」で終わるのが理想だ。


「カストル、ヒューモソン家の動きをしばらく探っておいて。特に嫁の行動をお願い」

「承知いたしました」


 会った事もない相手だけれど、話に聞いてる限り、どうも何かありそうな感じなんだよねー。


 何もなければそれでよし。何かあったら、その時に対処しましょ。




 夜会からしばらくして。シーラ様からお誘いがあった。アスプザット家での、お茶会だ。


 アスプザット家が主催するお茶会の場合、より公的な面を持つ時はオープンな場所……誰でもレンタル出来る会場を使う。


 逆に私的な場合は王都邸で開かれるのだ。今回は、後者。


 しかも、招待されたのが私だけ。リラは連れて来るなという事ですね。


 一体、どんな話題が出てくるのか。


 お茶会当日、支度をして王都邸を出る。今日は馬車はなし。歩きで行くのだ!


 これには、ちゃんとした訳がある。貴婦人が徒歩移動する際に、困る事、気を付けるべき事を調べる為なのだ。


 再開発地区内部は、全て徒歩移動を想定している。庶民も、貴族も等しく歩く。


 その際、庶民は歩く事に慣れていても、貴族はそうではない。なので、実際街中を外出出来る格好で歩いて、注意する点を洗い出そうという訳。


 それでも、一人で歩くのは駄目らしいので、オケアニスがお供に付いている。いつものメイド服ではなく、地味だがきちんとした外出着だ。


 ……まさか、これもポルックスがデザインしたとか、言わないよね?


 反応がない。どうやら、カストルによる念話禁止令は未だに解かれていないようだ。


 アスプザット王都邸は、うちの王都邸の目と鼻の先。本当にはす向かいとかその程度の近さなのだよ。普段はこの近距離でも、馬車を使えと言われる面倒くささ。


 もっと貴族も歩くといいと思うんだ!


「いらっしゃいませ、デュバル侯爵閣下」


 アスプザット邸で出迎えてくれたのは、ヨフスさん。彼は相変わらずここの一切を取り仕切っている。


「奥様がお待ちです」

「ありがとう」


 案内されたのは、庭に設えられた東屋。王都でも、この時期まだ外は肌寒い。お茶には本来、向かないんだけど。


 そこはアスプザット家。ペイロンの研究所が販売している結界装置を使って東屋を囲い、中の温度を一定に保っている。


「ようこそ、レラ」

「お招きいただき感謝します」

「どういたしまして」


 東屋には、既に客が一人いた。椅子の数から考えると、今日招かれたのは、私とこの人だけ。

 でも、私この女性、知らないんですが?


「紹介しておくわね。こちら、ヒューモソン伯爵夫人アルジーザ様。アルジーザ様、こちらがデュバル侯爵ローレル・レラです」


 うお! 噂の伯爵家の夫人ですか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る