第757話 落ち目の家

遅刻した上文字数が少なめなのは、ラピュタを見ていたから。


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 ブーボソン伯爵家主催の夜会は、招待客を絞ったものらしい。会場も、夜会にしては小さなホールだ。


 おかげで、招待客とは嫌でも顔を合わせる。


「ごきげんよう、シーラ様」

「よい夜ね、レラ」


 王家派閥としては、絶対に外せない家であるアスプザット家。今宵もサンド様とシーラ様が参加だ。


「あなたが夜会に来るなんて、珍しいこと」

「リラに言われて仕方なく」

「……あとでエヴリラさんに労いの言葉を掛けなくてはね」


 えー? 頑張ってるのは私なのにー。




 シーラ様の側にいたら、ラビゼイ侯爵夫妻も来た。


「あら、珍しい場所で珍しい人が見つかったこと」

「ご、ごきげんよう、ラビゼイ侯爵夫人」

「笑顔が引きつっていてよ。もう少し頑張りなさい」

「はい……」


 駄目出しされた。夫人の隣では、ラビゼイ侯爵が笑っている。


「いやあ、相変わらずだねえ」


 何も返せない。これだから夜会は嫌いなんだよ。


 こういったオープンな場で交わされるのは、他愛のない話題。もっと重要な話は、この後別室で行われる。


 でも、こうしたオープンな場所で顔つなぎをしておかないと、その次の場所へは行けない。


 今いるこの場は、言わばテスト会場。合格したものだけが、次へ進める。


「さて、今夜次へ行けるのは、どの家かしらね?」


 ラビゼイ侯爵夫人が楽しそう。序列上位の家なら、テストを受ける必要がほぼないから。いわゆるシード枠のようなものかな。


 特にラビゼイ侯爵家は、自ら顔つなぎしにいく必要がない。ここにいる誰もが、この人達との繋がりを望んで、喉から手が出るほど求めている。


 そんな欲望が渦巻くのも、社交界だ。


 ラビゼイ侯爵夫人が、会場を見回す。


「今夜は、あの鬱陶しい家が来ていないようね」


 鬱陶しい家? 何の事だろう。内心首を傾げていたら、ラビゼイ侯爵が皮肉な笑みを浮かべる。


「さすがに、ブーボソン伯爵が呼ぶとは思えないよ。もっと雑な家が主催なら、来るかもね」


 話が見えないんですけどー。




 今夜は新しい取引先には恵まれないらしい。ラビゼイ侯爵夫妻に連れられて、会場から出た後、別室に入った。


 シーラ様達は、もうすこし会場に残るらしい。その後、こっちに合流するんだって。


「何で私まで……」


 隣に座ったリラがぼやく。ちなみに、ユーインとヴィル様はまだ会場。アスプザット侯爵夫妻と一緒にいるから、女性に群がられる事はないと思う。


「一人だけ逃げるなんて、許さない」


 死なば諸共、地獄へ道連れ。


「二人で何を言い合っているのかしら?」

「いえ」

「何でもないです」


 こういう時こそ愛想笑いだ。へらっと笑う私達に、ラビゼイ侯爵夫人が苦笑する。


「まったくあなた達ときたら」

「あの、ラビゼイ侯爵夫人、本日ここに私達を呼んだのは……」


 リラの問いに、ラビゼイ侯爵夫人が温度のない笑みを浮かべた。


「あなた達は社交の場に出てこないから、教えておこうと思ったのよ」

「教えて」

「おく?」


 一体何を? リラと顔を見合わせる。彼女にも、心当たりはないらしい。


「最近、社交界で一番の噂があるんだが、知っているかい?」


 質問してきたのは、ラビゼイ侯爵だ。夫人じゃないんだね。にしても、噂?


「その様子だと、やはり知らないようだね」

「だから言ったでしょう? この子達じゃあ、まだ耳に入れていないって」


 なんか済みません。




 ここ最近、社交界で話題の人物がいる。王家派閥に所属するヒューモソン伯爵家の嫡男リガン卿。


 といっても、本人が話題になっている訳じゃない。話題になっているのは、その妻だという。


「名前はプリーテサ。元は酒場の女よ」

「え」


 そんな身分で、伯爵家嫡男と結婚? どうやって?


 貴族の結婚には王家の承認が必要だから、貴賤結婚は認められない。抜け道はあるけれど、それを使うのはせいぜい子爵家までだ。


 伯爵家ともなると、普通は親が先に止めるんだけど。どうなってんの?


「ヒューモソン伯爵家……言い方は悪いですが、最近落ち目の家ですよね?」

「ええ、そう。その嫡男が結婚した相手が、庶民で酒場の女って訳」

「ヒューモソン家に未来はないですね」


 リラとラビゼイ侯爵夫人の会話が凄い。


 リガン卿は、学院時代から目立つ存在ではなかったらしく、可もなく不可もなくといったタイプ。


 ヒューモソン伯爵家は、学院で結婚相手を見つけるといいという方針だったそうで、嫡男の婚約を早く決める事はなかった。


 伯爵家には他に兄弟がいるので、何ならリガン卿の弟達が家を継いでもいいという事らしい。


 で、学院在学中には相手を見つけられず、少し焦り始めた頃に酒場の女に落とされたそうな。


 正直、それだけなら家の問題でいいんじゃないのと思うけれど、この嫁が食わせ物だったという。


 嫡男を落とした手練手管で、あっという間にヒューモソン伯爵家を牛耳ったようだ。何それ凄い。


「それはそれで、伯爵家の内々の問題だわ。でも、あの女は社交界にまで出てきた」


 ラビゼイ侯爵夫人としては、そこが一番許せないところらしい。実際、社交界でもプリーテサ夫人の毒牙に掛かった男性がいるそう。


 当然、女性陣には嫌われて、ヒューモソン伯爵家と付き合う家が減っていってるそう。


 貴族の家って、付き合いが大事だからねえ。




 話を聞いているうちに、シーラ様達がこちらに来た。


「話は聞いたかしら?」

「はい……」


 先程の話のヒューモソン伯爵家は、一応王家派閥の家。派閥としては、社交界を騒がす家にいつまでもいてほしくはない。


 そして、今夜は派閥の序列上位の家が揃っている。いないのはゾクバル侯爵家くらい。でも、それは仕方ない。


 あの家は南の国境を守るのが仕事だもの。


 ともかく、今夜はヒューモソン伯爵家を王家派閥から外すかどうか、序列上位の家で話し合うつもりなんだ。

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